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合作小説「きっと、天使なのだと思う」

合作小説「きっと、天使なのだと思う」

第3話

少女の言うとおり素直に従って、僕は恐る恐る後部座席へ乗り込んだ。テトラと名乗るウサギは、どこから用意したのか謎だけど、青いワイン?を手渡した。

恐縮しつつ僕は素直にワイングラスをもらった。飲むべきか飲まないべきか迷っていると、隣に座る少女がクスクスと笑い出した。

何がそこまで可笑しいのか、まったく理解できないが、上品に視線を僕に移しながら少女は笑うのだった。

「クラリネットお嬢様、ホントに彼でよろしいのですか?私はいささか不安ですが」とテトラが片方の耳を折りながら言う。

すると、運転席でクラクションが二回連続で鳴るのだった。もちろんその音にビックリした僕は思わずもらった、青いワインをこぼしそうになるのだった。

それを見て、お嬢様はますます笑い出すし、ウサギのテトラは困ったようにフサフサの耳を折ったり伸ばしたりした。

二人の動きに合わせては、クラクションはファンファーレみたいに音を連呼して、この状況を楽しんでるように思えた。

「アルファベット、彼を屋敷に招きましょう。ここでは落ち着かないわ」クラリネットの命令は絶対なのか、何の説明もないまま車が走り出そうとするのだった。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!!どこに行くって?」慌てて聞くと、「そんなことはどうでも良くってよ。さあ、青ワインを頂きましょう。せっかくテトラが用意してくれたのよ」クラリネットはそう言うと、上品に人差し指と親指でワイングラスを差し出した。

「飲み終わる頃には屋敷に到着してますよ。お話しは、それからにしましょう」と魅力的な瞳と魅力的な声でクラリネットはグラスワインを傾けた。

真夏日の雲が世界を覆うように、僕は知らない少女と言葉を話すウサギ。そして姿の見えない運転手は乾杯の音を聞いてから屋敷へと車を走らせるのだった。

青いワインがグラスの中で揺れては、僕の不安な心も右へ左へ揺れていた。

もう後にも引けない状況になってしまっていた。

初めて飲む青いワインは、全く味がしなかった。おそらく、極度の緊張から味覚が働いていないのだろう。

無味無臭の不思議な液体を、クラリネットは美味しそうに一口、また一口とワイングラスに口づける。

「‥‥‥お口に合いませんか?」

テトラが耳をパタリと折りたたんだまま、僕に尋ねる。見た目はふわふわとした可愛らしいウサギなのだが、外見と声が全く一致しないのだ。

例えるなら、古い洋画の吹き替えで耳にする渋い脇役の声だろうか。いや、それ以前にウサギが喋ること事態、おかしいのだが――

「このワインは、私どもの庭園で栽培しているブドウから製造しております。イロイロという品種なのです。赤や黄色や青、緑や紫など‥‥‥それはそれは美しい果実でございますよ」

恍惚の表情を浮かべながら、テトラが呟く。その話を僕は、ワイングラスを持ったまま、ただ耳を傾けることに集中した。

そうでもしなければ、急に連れ込まれたこの異空間に溺れてしまいそうで怖かったのだ。

ブドウやワインといった洒落た物には疎い僕だが、黄色や青や緑のブドウ、また、イロイロという品種は見たことも聞いたことも無い。

もし存在するとすれば、それは確実に『違う世界』の植物なのだろう。

ふと手元のワイングラスに視線を落とすと、車の振動に合わせて、ワインに映る僕の顔がゆらゆらと揺れていた。

その揺れは僕の心を表しているのか。それとも、現実と異空間に揺れる僕自身を表しているのか――

「‥‥‥‥‥‥」

その間クラリネットが、ワイングラスに口づけたまま僕をじっと見ていた。緊迫した空気が、体中にべっとりとまとわりつくようだ。

そして、少しだけ残った青いワインを飲み干すと、ワイングラスをテトラに渡し、小さなため息をついた。

第4話につづく‥‥‥

葉桜色人×有馬晴希

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