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読切小説「三日月太郎と死神」

読切小説「三日月太郎と死神」

平日の夜、街灯が一つもない夜の公園で人と待ち合わせをしていた。

暗闇の中、携帯電話の待ち受け画面だけが乏しく光っている。心許ない月明かりがなかったら、きっと心細くなって帰るところだ。

本来ならもっと明るい場所で待ち合わせをするべきなんだけど、今夜の相手に関しては特別なんだ。

女は明るい場所や、にぎやかな場所を嫌って、なるべく暗い場所を選んでいた。だから仕方なく、私は携帯電話の光を頼りにして、こんな寂しい場所で待っているのだ。

女からのメールで少し遅れると送られて来た。そんな文面を読んで、こめかみに鈍い痛みを感じるのだった。仕方が無いかも。女の性格を考えると、遅れることに一種の美学があるからと言っていた。

それがどんな美学なのかは知らないけど、きっと女にとっては大切な美学なんだろう。遅れることは美学である。

そんな女の決めゼリフが聞こえてきそうな気がした。

煙草を取り出して、私は火をつけながら待ち合わせ場所を眺めた。

街灯もないこの場所は、元々病院が建っていた。六年前に病院は経営不振で潰れてしまったのだ。

実際のところは怪しいけど。何故ならこんな噂を聞いていたからだ。院長の男が病院の金を持ち逃げしたとかしないとか。

もしくは何人かの先生が患者をわざと殺したとか。などなど実は、数え出したらキリがないほどの噂が飛び交っていた。

だから、正確な情報はわからないが、とにかく病院は六年前に潰れて、今となっては廃墟に変わり果てた。そんな病院の姿を眺めながら、私は暗闇の中へ優雅に煙を吐いた。

優雅に煙を吐くには理由がある。そこに、私は美学を重んじているからだ。なんて言ってしまえば、先ほど紹介した女の美学と被ってしまうが。

なので、これ以上は説明をするつもりはない。

それにしても、廃墟というモノは気味が悪い。ここを待ち合わせ場所に選ぶようになってから、私は来るたびに思っていた。

外壁はヒビ割れ、所々崩れ落ちていたし、地元の不良がスプレーで落書きしたのか、壁には卑猥な言葉が描かれていた。

病院は十二階建てだったけど、屋上付近の壁にまで落書きされていた。私はあの落書きを見る度に、あんな高い場所をどうやって落書きしたのか気になっていた。

まさか地元の不良が梯子を持っているとは思えない。これに関しては、謎が深まるばかりである。

今宵は風が生温かく、肌にキモチワルイ感じを塗りたくった。それこそ、恐ろしいほどに恐怖に似た感触を私に記憶として与えた。

記憶と言うのは、時に生きてる間、見えない束縛みたいな感覚を与える。そんな見えない感覚が、生きるために強い意識を与えてるような。

そんな気持ちにさせるのが、不思議と人を強くさせるのだ。

恐怖はある意味、自分自身を失わないために存在しているかもと、思えるのだった。

今夜は風がヌルいせいか、首筋が少しずつ汗ばんでくるのだった。
まあ、どっちにしろ女が来たらラブホに直行だろう。汗をかくにしても洗い流すことに変わりない。

それにしても、今夜は遅いな。やけに来るのが遅い。今までこんなにも遅れることはなかったのに。もしかして何かトラブルが発生したのか?

そんなわけないだろう。女は遅れることに美学があるんだ。きっと今宵の遅れにも、女にとっての美学が何かしら関係しているのだろう。

なんて考えながらも、私は女の下着の色はなんだろうか。なんてくだらない事を考えた。どっちみち脱がすのに。

それはそうだけど、脱がす前の愉しみを想像するのも割りかし好きなんだよな。

今夜はパープル。レッド。ブルー。ホワイト。それはあり得ないな。やっぱりブラック?

プル、プルルと私の携帯電話に着信があった。相手は待ち合わせしている女からだった。

電話に出ると、あと五分で到着すると言われた。私は了解したと返事を返して、再び廃墟の病院を眺めた。

生温い風が足元に忍び込み、廃墟の方から足音が聞こえて来た。あの独特の足音は女だろう。私は特技の一つとして、数いる女の足音を見分けることができるからだ。

今夜、待ち合わせをした女の足音は、右足を少し地面に擦って歩く癖があった。だから一番、わかりやすく馴染みある足音と記憶していた。

「お待たせしました。ごめんね。少し待たせちゃったかしら?」と女が悪気のない表情で言う。

「別に待ってないよ。それより今夜はどこのホテルに行くんだい?」とさっさと薄気味悪い廃墟から立ち去りたかったので、ストレートに女へ向かって言い返した。

「そうね。あそこが良いわ。ほら、三日月さんが好きな部屋よ」と女が腕を絡ませて寄りかかる。

豊満な胸の持ち主だった女。二の腕に胸を押し付ける仕草は、女の得意とする行動だった。私はそんな女の行動を好んでいた。自分の魅力を理解してるところが気に入っていた。

他の女には、到底無理な行動だったからだ。因みに、他の女は胸が小さいことにコンプレックスを持っている。

まあ、そんなことは関係ないので、私は女と廃墟から立ち去ろうと歩き出した。すると女が、歩きながら胸元を強調するようにして話しかける。

「ねえ、今日は三日月さんの好きな下着の色を着けてきたのよ。何色だと思う?当てて」と女が言う。

「君が私の好みを知っているか怪しいけど。ホントに知ってるのかい?間違ってるかもしれないよ。何を根拠に言ってるのか、さっぱりわからないな」そんな感じで言うと、女は決まってムキになり、自分で着けてきた下着の色を言ってしまうのだ。

私は女の性格を、かなり正確に理解していた。

「赤、今夜はあなたの好きな赤色を着けてきたわよ」と女が自信満々な顔して言う。

「残念だね。私はどっちかと言うと赤は嫌いなんだ。狙いすぎと言うか、攻めすぎな感じが萎えてしまうんだ。それに君は、私の好みをわかっていないよ。今夜はやめよう。なんか君を抱く気持ちが無くなった」私はそう言って女の腕を振りほどいて、女を廃墟に残して立ち去った。

廃墟の広場から公園へ戻ると、街灯の灯りから女が現れた。我々は今さっき別れたばかりなのに、公園の方から現れるはずのない女と鉢合わせをする。

そんなことは絶対にあり得ないんだけど、私は女の顔を見て、ゆっくりと廃墟の方を振り向いた。

前にこんな噂を聞いたことがある。廃墟に住む死神と出会った時、死神は必ず命を奪ってしまうと。

死神は誘惑の質問をして、誘い出しては魂を奪う。そんな嘘みたいな話しを行きつけのキャバ嬢から聞いたことがある。それを今、私は思い出して振り返ったのだ。

もしかしたら、私の魂は奪われる可能性があったかもしれない。

「ねえ、どうしたの?遅れたのを怒ってる?」廃墟の方を振り向いたまま、顔を背ける私を、不安に思って女が肩を揺らす。

「いや、怒ってないよ。あのさ、今日の下着の色は、私の好きな水色だったりして」と私は女に向かって訊いた。

「いやね、三日月さんって透視とか出来るの?そうよ、あなた好みの水色の下着を選んだのよ」

やっぱりと小さな声で呟いた。廃墟から現れた女は死神で、今、目の前に居る女がホンモノだ。私の好みをわかってらっしゃる。

そんな私は、女の肩を抱いて夜の街へと消えて行った。きっと私はまだ、死神を必要としていないのだろう。

死神もさ、私の魂が欲しかったら少しは私の好みを勉強するんだな。そんなことを思いながら、私は女の下着を脱がした。

今宵は時間をかけてね。

〜おわり〜

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