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合作小説「きっと、天使なのだと思う」

合作小説「きっと、天使なのだと思う」

第8話

ハハっとかすれたような笑い声をこぼす。傍らに居た母親が不思議そうな顔をしたのは言うまでもなかった。

そして頭の中で浮かべたのは、あの奇妙なアーチとクラリネットやウサギのテトラだった。最後まで姿の見えなかったアルファベットは誰だったのだろうか?

僕は安堵と生きている感謝で、再び深い眠りへと誘われた。

あれから三ヶ月後、僕は無事に退院した。一人の時間が長かったのもあって入院中は色々と考えることがあった。あの不思議な世界は夢だったのか?

それともホントに、あの世とこの世を繋ぐ異空間!?

「まさか………」と声に出しては自問自答を繰り返した。

そんな日々を過ごしたある日、僕は一人で滋賀県大津市にある遊園地に来ていた。びわ湖タワーという名前の遊園地。子供の頃、よく親に連れらて遊びに行っていた遊園地だった。

上京してから行かなくなったけど、今回の事故をきっかけに、心配かけた両親の元へ帰ることが多くなったので、久しぶりに遊びに来たというわけだ。

子供の頃に感じた広さはなかった。こじんまりとした園内に園児たちや母親の姿がちらほら来ていた。
僕は当時、世界一の高さと言われてた観覧車を選んだ。

ホントに世界一なのか?と大人になった僕は疑ってしまう。それでも世界一になったことは、滋賀の誇りなんだろう。

チケットを係りの人に手渡した時、若い女性の係り員が変な表情をした。そんなに一人で来てるのが珍しいのか、女性は観覧車のドアを閉める時でさえ、僕に不信感のある表情を見せた。

『なんだよアイツ』と突然、僕の背後から声が聞こえた!?

びっくりして振り返るが、僕以外に観覧車の中には誰もいない。そんなのは百も承知で、一人で来た僕に連れがいるわけがないだろう。

額にイヤな汗を滲ませて、辺りを見回してみる。その時、ガコンガコンと鈍い音と共に、観覧車はゆっくりと上昇するのだった。

この感じは妙に、あの不思議な世界で体験した感覚を思わせた。奇妙なアーチをくぐった感覚なのだ!!どうやら心に染み付いているのか、僕は観覧車に乗ったことを早くも悔やんだ。息抜きのために訪れた遊園地。

なのに、ここに来てあの夢のような世界がよみがえる。

しかし、ここまで来て地上へと戻れるわけがない。僕はあきらめて、硬くて最高に座り心地の悪い観覧車のイスへ腰を下ろす。座った瞬間、無意識に後悔の溜め息を吐いた。

どうやら僕はそうとう長い間、この観覧車に乗らなければいけないようだ。ナマケモノが地上を歩くみたいに、観覧車は無機質な音をさせながら上昇していた。

二度目の溜め息を吐いては、琵琶湖が広がる景色を眺めた。ゆっくりと上昇しては、地上と空が切り離される感覚に陥った。

僕は遠くの空を見つめては、動きのない雲を眺めた。飽きたら地上へ視線を移して、また飽きたら空を眺める。

そんな繰り返しが、永遠に感じるほど観覧車の回転速度はゆっくりだった。

首を動かして地上へ視線を落とした。

すると、先ほどの係り員が僕の乗った観覧車を見つめていた。

帽子を被った女性の顔ははっきりとは見えないけど、確実に僕の方へ視線を移している。

『なんだよアイツ、気持ち悪いな』

その時、奇妙な声と気配を背後で感じた!!

さっき聞こえた声に間違いない。僕は振り向くことができなかった。何故なら、目の前で遠くの空に無数の色とりどりの風船が浮かんでいたからだ。

一瞬、あの奇妙な植物、イロイロと連想してしまう。風船は遥か彼方の空へ飛んで行くことはなく、ただただ観覧車の周りを浮遊していた。

首筋に汗を感じて、僕は地上へと視線を落とした。あの係り員はまだ見上げていた。僕の観覧車から目を逸らさない。何かを訴えるように、帽子のツバで隠れた視線を送っていた。

ゴクリと唾を飲み込んでしまう。一体何なんだよ!!俺はまだ異空間から出ていないのか?

あの声は誰なんだ?この観覧車は異空間なのか?それとも僕は今度こそ死ぬのか……!?

焦る僕を乗せた観覧車は、それでもゆっくりゆっくりと無機質な音をさせながら上昇を続けた。

第9話へ続く……

葉桜色人×有馬晴希

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