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BTSと戦略PR「6つの法則」

はじめに

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ある日、Amazonのおすすめに上がってきた『6 RULES OF 戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(本田哲也 著)。

私はマーケティングに携わる人間ではないが、編集・ライターという職業柄、世の中の流行や空気みたいなものにアンテナを張っていたいと常日頃から考えており、心が惹かれた。それで目次を見てみたところ、同著のタイトルにもある『戦略PRの「6つの法則」』にピンときてしまった。

戦略PRの「6つの法則」
1 「おおやけ」の要素 ――「社会性」の担保
2 「ばったり」の要素 ――「偶然性」の演出
3 「おすみつき」の要素 ――「信頼性」の確保
4 「そもそも」の要素 ――「普遍性」の視座
5 「しみじみ」の要素 ――「当事者性」の醸成
6 「かけてとく」の要素 ――「機知性」の発揮

最近、あらゆるものをBTSと絡めて考えたり、見たりする癖がついていて、めっきり「BTS脳」になっていることを自覚しているのだけれど、パッと彼らのことが頭に浮かんだのだった。これほどまでにBTSが世の中で爆発的に愛されている理由を、PRの観点からひも解けるかもしれないと。

そうして、早速ポチって読み進めてみたところ、やはりそうだった。PRが功を奏し、ある商品やサービスが消費者に支持されるためには、この6つの法則のうち1つでも当てはまっていれば良いのだが、BTSは全てを網羅していたのだ。さすがというか、当然というか。

というわけで、6つの法則それぞれをかいつまんで紹介しつつ、それになぞらえて、BTSの活動が(グループとしても、所属事務所としても)どうこの法則に当てはまっているのかを解説したい。そして、彼らが世界でここまで受け入れられることになった理由を、PRという観点から探っていきたいと思う。

※あくまで個人の分析・見解です。

PRとは何のためのもの?

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戦略PRの6つの法則について理解を深めるには、「PRとはなんぞや」ということを念頭においた方がわかりやすい。同著から引用してざっくり説明しよう。

PRとは、パブリックリレーションズ(Public Relations)の略。世間に商品やサービスを宣伝して、メディアで取り上げてもらう「パブリシティ(Publicity)」とごっちゃになっている人も多いと思うが、それはPR活動の一部に過ぎない。

同著には、「PRとは『世の中を舞台にした情報戦略』である。そしてPRの究極の目的は、『人の行動を変えること』にある」と書かれている。単に商品やサービスの情報がテレビや雑誌に掲載されるだけでは、PRの目的は果たせないということだ。

著者の本田哲也氏は、次のようなPRの目的構造を図式化したピラミッドを紹介し、「ハイボールブーム」の例を挙げてわかりやすく解説している。

PRのピラミッド

ピラミッドの最下位は、「パブリシティ(Publicity)」

これは、情報を露出すること。どれだけメディアに取り上げられたかを広告換算して測ることも可能だ。ハイボールブームでいうと、「今、若者にハイボールが人気」「酒造メーカーがこぞってハイボールの新作を発売」などと言った記事を、雑誌や新聞、WEBマガジンなどで書いてもらうこと。

真ん中は、「パーセプションチェンジ(Perception Change)」

これは、人々の認識や理解を変えるという意味。ハイボールブームでいうと、「ハイボールって昭和のお酒と思っていたけど意外といいかも」「ハイボールってレモンサワーよりも太らないんだ!それは気になるな」と、消費者にハイボールに対してそれまでとは違ったイメージを抱かせること

最上位が、PRが本来目指すところである、「ビヘイビアチェンジ(Behavior Change)」

これは、行動・振る舞いの変容という意味。これまでビールばかり飲んでいたが居酒屋でハイボールを注文してみたとか、晩酌にレモンサワーではなくハイボールを買ってきたとか、消費者がそれまでとは違った行動を取るようになること

「パーセプションチェンジ(Perception Change)」と「ビヘイビアチェンジ(Behavior Change)」の違いは、行動を起こしているかどうか。心の中で思うだけなのと、実際に行動することの間にどれだけ大きな差があるかは、説明しなくともわかるだろう。人々の「ビヘイビアチェンジ(Behavior Change)」が、世の中を動かし、流行が生まれていくのだ。

なぜPRが必要なの?

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企業がビジネスにおいてPRを行うのは、もちろん商品やサービスを購入してほしいから。とは言え、数え切れない商品やサービスが生まれては消えていく昨今、もはや商品の性能やデザインの良さをうたっても、人々の心には響きにくい。

それを踏まえて今、ビジネスやマーケティングの現場で起こっているのは、「買う理由」同士の戦いなのだという。消費飽和の時代に、商品そのものの差別化は難しい。消費者の「物欲」のあり方も刻々と変化している。そんななかで、「商品やサービスそのものよりも『買う理由』の方が重要になっていく」と、同著にはある。

「買う理由」。確かに、自身の日常の購買行動を振り返ると、商品やサービスが生まれた背景やストーリー、それを生み出した人の人間性に惹かれたとか、買うことで別の誰かにいい影響を与えられる仕組みに共感したとか、そういう他にはない特別な理由によって購入を決めるケースが多いように思う。すでにモノは十分なほど手元にあるにもかかわらず、買ってしまう。それは、買いたいと思う理由があるからだ

本田氏は、「買う理由」を生み出すのは、商品のネーミングやパッケージに凝ることでも、効果的なプロモーションを考えることでもなく、まったく別のアプローチが求められると述べている。そのアプローチとは、あるカテゴリーにおいて、「『いい〇〇』とされている定義を変えること」なのだという。

これについても、わかりやすい例が挙げられていたので、引用して紹介しよう。

<「いい〇〇」の定義の変容例> ※日本での事例
●「いいアイドル」 = 遠く憧れの存在 → 会いに行ける存在
●「いい洗剤」 = 白さ → 除菌
●「いいベビーカー」 = 軽い、ファッショナブル → 安全性の高さ

同じカテゴリーの商品なのに、なぜ「売れるもの」と「売れないもの」が生まれるのか?それは「商品力」や「宣伝力」の問題ではない。その商品が売れるための「空気」ができているかどうか、だ。商品を売るためにつくり出したい空気=「カジュアル世論」をつくり、売上につなげる。それが「戦略PR」なのだと、本田氏は述べている。

これに則ると、毎年何十組ものグループがデビューしては消えていく韓国のアイドル業界において「売れるグループ」と「売れないグループ」がはっきりと分かれるなか、前者のなかでもトップに君臨するBTSには、世の中に「売れる空気」ができていて、「買う理由(=支持される理由)」があるということができるだろう。

価値観が多様化する現代社会において、世論の形成は簡単なことではないが、「社会関心をどう料理するか」という観点で考えれば、PRは功を奏す。その観点を盛り込んだ戦略PRの法則を6つ、本田氏は提唱している。

BTSはどのように「売れる空気」と「支持される理由」を獲得したのだろうか。ここからはその6つの法則を一つ一つ挙げながら、BTSをPRという観点から見ていきたい。

法則1「おおやけ」の要素 ――「社会性」の担保

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広告やマーケティングの分野で、一大ブームとなっているのが「ソーシャルグッド」。これは、「社会を良くする」、「社会課題を解決する」ことを目的とした活動のことで、とにかく社会性の高さを打ち出しておけばイマドキだと、企業はこぞってソーシャルグッド感のあるPRを展開しているのだという。

とは言え、なんとなく社会に良さそうなことをしているというだけでは、消費者には受け入れられない。大切なのは、社会にある課題を見極めること。そして、それに対してその会社や商品、サービスが介在する価値があるのか、またその会社や商品、サービスが課題の解決に対して有効性のあるものかということだ。

そして、「その社会の課題と商品やサービスとの距離感が大事だ」と、著者は主張する。「あまりに大き過ぎるイシュー(社会問題)は危険だ。身の丈に合っているかどうかは、PR戦略をたてる上での重要なポイントとなる。それには、社会問題そのものから入るよりも、自分たちのフィールドを起点にしていった方が良い」と。

BTSが「自分たちのフィールドを起点に」、「身の丈に合った形で向き合った」社会の課題と言えば、複雑化、二極化し、混沌とした社会で失われつつあった若者たち一人一人の自分らしさや尊厳、人権についてだ。「ヒップホップをするアイドル」という目新しいスタイルでデビューした彼らは楽曲を通して、学歴重視、いい会社に入ることが人生の成功だと言われる世の中に対し、「本当にそうだろうか?もっと大切なものがあるんじゃないか?」と、意義を唱えた。

自分自身が学歴よりも好きなことをする道を選んだ張本人であるからこそ、メッセージは説得力を持つ。彼らの等身大の言葉とスタンスは、少しずつ若者たちの支持を得ていった。そうしてコツコツと築き上げた「若者たちの代弁者」という存在感は、次のステップへと進む。

2017年11月、BTSと彼らの所属事務所Big Hit Entertainment社(現:HYBE)は、韓国ユニセフ協会と「#ENDviolence(暴力をなくそう)キャンペーン」を支援するためのパートナーシップを結んだ。翌年、日本でも日本ユニセフ協会とパートナーシップを締結。「子ども及び青少年に対するあらゆるかたちの暴力を撲滅すること」を目指して、ユニセフとともに「#ENDviolenceキャンペーン」をスタートさせた。

このキャンペーンで打ち出されたのが、もはや彼らの代名詞ともいえる「LOVE MYSELF」というキーワードだ。他の誰でもなく、まず自分を愛してこそ、夢や希望や自信を抱くことができる。そんな想いが込められた「LOVE MYSELF」を、彼らは楽曲を通して、ステージ上での発言を通して、公の場でのスピーチを通して、ことあるごとに発信し続けている。

そして実際、「彼らが放つメッセージに救われた」という多くの声が世界中から届いているのだ。高い学歴や優秀な経歴、マジョリティであることが何よりの美徳だった社会に一石を投じ、「いい生き方」の定義を変えた。それがBTSの成功の足掛かりとなった「社会性」を持った活動の一例である。

また、彼らは今、「世界で評価されるアーティストの基準」や「男らしさ」について、従来の価値観を変えようとしている。欧米一辺倒、特に白人アーティストばかりがリスペクトされてきた世界の音楽シーンに彗星のごとく躍り出た彼らは、多くの人種差別的な発言や評価を浴びつつも、それを堂々と批判して自らの人気と実力を証明しようと努力している。

男性でありながらメイクをしていること、煌びやかな衣裳を身に着けていること、メンバー同士の仲が良過ぎるがゆえ、そして韓国特有の文化も手伝って男性間のスキンシップが多いことなどによって、「男らしくない」「性的マイノリティを彷彿させる」などという声も、彼らに対して上がっている。しかし、それに対しても「昔と今では男らしさの定義は変わってきている」と、しっかりとした意見を打ち出して反論。彼らの存在は今、白人のムキムキな男性が主役だった男社会に一石を投じている。

このように、人気のあるアーティストという域を超え、人々の見方を変えて、新しい価値観を生み出そうとしている彼らが、社会的に果たしている役割は想像以上に大きいのだ。

法則2「ばったり」の要素 ――「偶然性」の演出

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同著によると、「人間は偶然に惹かれる。出会い方に意味を求めるもの」なのだという。確かに、そう言われてみればそうかもしれない。パートナーにはアプリで出会うよりも、職場や街中で出会う方が断然ステキだとたいていの人が思っているし、押し売りをされたものよりも自分で見つけてピンときたものを手に入れた方が、満足度が高い。

BTSのメンバー・JIMINのソロ曲のタイトルにもある「Serendipity(セレンディピティ)」は、「幸運な偶然」と訳されることも多いが、「何かを探しているときに、探していたものとは別の価値あるものを見つける能力」を意味する。「人はそうした力が自分にあると信じたいものだし、セレンディピティの結果だと信じた対象には、価値を見出すものだ」と著者は述べている。そして、「それは広告・PRコンテンツも同じ。自然なかたちで出会った(と思える)コンテンツ、偶然に見つけた(と思える)コンテンツに、価値を見出す」のだとか。

その逆が「いかにも狙われている感」、「売らんかな」という姿勢。ゴリゴリに商品やサービスがアピールされるよりも、何らかの文脈のなかに自然に盛り込まれていて、気が付いたらそれが気に入っていたとか、「この情報にばったり出会ったのには意味があるのだろうな」と思わせる偶然性の演出が重要なのだ。

この偶然の出会いを効果的に演出するコンテンツは、「現時点では『動画』である」と著者は言う。「そして、言わずもがな、ばったりコンテンツの主戦場はソーシャルメディア上になる」と。動画のメリットは「ビジュアル的なインパクトが大きい、ストーリーテリングができる、言葉の壁を超えるポテンシャルがある。そして一番はソーシャルメディア上に供給されやすいフォーマットであること」

以前は、情報をチラ見せして自社サイトに流入させるスタイルを取る企業が多かったが、最近は専らソーシャルメディア上で完結するスタイルに移行している。それは、消費者がばったり感を好むからだ。出会った場所から別のどこかに移動しないと詳しいことは知ることができないという誘導感のあるものよりも、出会った場所でさまざまな情報を見せてくれる方が自然だと、誰もが感じるだろう。

言わずもがな、BTSはソーシャルメディアを上手に活用しているアーティストだ。さまざまなメディアで、BTS成功の理由はデジタルプラットフォームやアプリなどを通じてファンと直接コミュニケーションをとるスタイルをとっているからだと、言及されている。

著者が偶然性を演出する最たる手段であると語る「動画」を切り取ってみても、BTSはいち早くYouTubeやVliveなどを用いて多くのコンテンツを世に放っており、非常に効果的な「ばったり感」を生み出していると言える。ミュージックビデオはもちろん、撮影やライブの裏側を追ったドキュメンタリー映像、ダンスの練習動画、メンバーの素顔がわかるバラエティ番組などなど、数え切れないコンテンツを無料で見ることができることに、BTSを知った当初の私は驚いたものだった。

また、これら公式チャンネルで公開されている動画に加えて大きな役割を果たしているのは、ファンが独自に編集して制作した動画だ。日本のアーティストしか知らなかった私は、YouTubeやTwitter上にこういう動画が数え切れないほど上がっていることに目を丸くした。「これは違法じゃないの?」と。

正式なことは詳しくわからないのだが、公式動画やライブ中にファンが撮った動画を切り張りして編集したファンメイドの動画は、限りなくブラックに近いグレーながらも、事務所によってある程度許容されているものなのだと聞いた。ファンによる拡散力の大きさを理解し、取り締まるよりも見て見ぬふりをした方が、次なるファンを増やすきっかけになるという考え方。それはある意味、賢いやり方だと思う。

私自身、とあるK-POPガールズグループの映像をYouTubeで見ていたところ、そのメンバーの1人とBTSメンバーの1人が熱愛中なのでは?という勝手な考察動画(もちろん個人の憶測の範囲を超えないもの)がおすすめに上がり、「え、そうなの!?」とびっくりして見てみたら、その後、BTSのパフォーマンス動画をリコメンドされ、過去から現在までの歴史を追った動画、メンバー1人1人のキャラクターを紹介する動画などに出会い、どんどん深みにハマっていった経緯がある(その途中に日本の音楽番組で『MIC DROP』を見たことが、ファンになる決定的な出来事だったのだが)。

なので、公式・非公式問わず、このYouTube上の無限とも思われる動画コンテンツに偶然出会うという感覚は、身をもって理解できる。先日日本でデビューしたBE-FIRSTというボーイズグループのプロデューサー・SKY-HY氏が、アーティストの肖像権について述べたコメントに、日本におけるファンによるデジタルコンテンツ拡散の考え方の変化を見ることができた。

一部を引用して紹介しよう(SKY-HY氏の公式Twitterアカウントより)。


「誰もが撮影し、誰もがそれを見せ合う。〝シェア″の時代がやってきました。(中略)断然口コミの力が強くなりました。誰でもSNSでバズれるようになったからです。
(それを)フルで活かしたコミュニティ…K-POPは象徴的ですね。ファンの方がライブ中に勝手に撮影したファンカムがバズってワールドスターになったK-POPアイドルは数知れず。
テレビでのかわいい一面、ライブでのかっこいい一面、二次創作、結局、スタッフや本人がオフィシャルのSNSでいくら〝見てください!″と言ってもそれで見るのは既に好きな人たちですが、〝こんな人いるんだけど超素敵じゃないですか!?″と、たまたまタイムラインで見かけたりすると、やっぱりつい見ちゃいますよね。圧倒的にそこには差があります。
なので、出演シーンやライブ映像の素敵なシーンを拡げてもらうことは、会社からするとメリットしかないんですよね。(中略)
正直に言って、例えば切り取って販売したり、YouTubeチャンネルでお金を稼ごうとしたり(まぁそれもよほど悪質じゃなければ気にならないけど)しない限り、切り取って使ってほしいですよね。拡げるためにやっているので(後略)。」

ツイート全文はこちらから。

これを見て、私は韓国の研究者、イ・ジヘン氏が書いた『BTSとARMY』の帯にある「最高のファンが、最強のプロモーター」という言葉を思い出した。ファンによる拡散が、次なるファンを呼ぶ。この潮流を昨日今日ではなくデビュー当時から許容して、プロモーションの一つの柱としていたことが、BTSのファン増加の基盤となり、強いファンダムが築かれることになった要因だと思う。

法則3「おすみつき」の要素 ――「信頼性」の確保

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おすみつきとは、第三者の「支持」や「推薦」をもらうこと。著者は「権威の存在や自己判断の限界は、近代社会以降どの時代にもあった普遍的なもの」で、「情報過多、価値観の多様化で誰もが誰かのおすみつきを求めている」と書いている。そして、PRにおいて商品やサービスをおすみつきにする、インフルエンサーの活用を勧めている。

インフルエンサーは大きく次の2つに分けられる。一つは、「事実のおすみつき」主に専門分野の実証や実行の役割を果たすもので、「あの人がやるのだから間違いない」という信頼性を確保する。化粧品やサプリメント、健康器具などヘルス系の商品やサービスに、医師や医療の専門家からのおすみつきがあると安心感を抱くというようなことだ。

もう一つは、「共感のおすみつき」。影響力や発言力のある人物による発信によって「あの人が言うから心を動かされる」と購入を決めるパターンだ。憧れのカリスマモデルや人気タレントが使っている商品やサービスを手にしたくなるのは、その商品やサービスが気に入ったというよりも、紹介している人物に共感しているからだ。

このように、第三者のおすみつきがあると消費者の食指が動く。その「第三者」に権威があればあるほど、人気があればあるほど、その効果は大きくなる。BTSが得たのは、誰か特定のインフルエンサーによるおすみつきではなく、それ以上の圧倒的な権威からのおすみつきだった。それは、Billboard Music Awardであり、ユニセフであり、国連であり、Grammy Awardsである。

とりわけ、2017年のBillboard Music Awardで「Top Social Artist」を受賞し、世界的権威のある組織からのおすみつきをもらったことが、彼らの大きな転機だったと言えるだろう。

『BTSを読む』の著者である音楽評論家のキム・ヨンデ氏は、「2017年にBillboard Music Awardで賞をもらった時、BTSは韓国国内でそこまで大きな人気のあるグループではなかった。しかし賞の獲得や、American Music Awardでのパフォーマンスが韓国でニュースになり、すごいグループが韓国にいると話題になって、国内の知名度が上がっていった。そして、2018年にBillboardチャートで彼らのアルバムが1位になったことで、韓国での人気を不動のものにしていった」と、あるトークイベントで語っている。

世界的に知名度の高い音楽メディアのおすみつきを得たことで、逆輸入的に韓国国内で人気になったことは、BTSの歴史を語る上で特筆すべき点だ。もちろん、韓国国内でだけでなく、実力のある東アジアのボーイズグループとして、これをきっかけに世界的に知名度を上げ、全世界にファンを増やしていった。

また、ユニセフとの協同や、国連での若者に向けたスピーチとパフォーマンスは、BTSがアイドルという枠組みを超えた、社会性のあるグループであることを証明し、他のグループにはない品位や風格を付与した。また、残念ながら受賞は逃したものの、2020年に世界で最も権威ある音楽賞と言われるGrammy Awardsの「BEST POP DUO/GROUP PERFORMANCE(最優秀ポップデュオ・グループパフォーマンス賞)」にノミネートされたことは、これまで以上に彼らの人気と実力を証明する機会となった。

ほかにも、アメリカのシンガーソングライター・Halseyやイギリスの人気バンドColdplayとのコラボレーション、グラミー賞を4度も受賞したアメリカのシンガーソングライター・Ed Sheeranによる楽曲提供など、世界的に著名なアーティストとの数々のコラボレーションも、おすみつき的な役割を果たし、BTSの音楽性やパフォーマンス力の高さを示す一助となっている。

法則4「そもそも」の要素 ――「普遍性」の視座

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戦略PRに大切なのは社会性だが、「何でもかんでも話を大きくすればいいというものではない」と著者は語る。表面的なトレンドや議論ではなく、本当に大切なことは何かを見出し、人々が「よくぞ言ってくれた」と思うような価値転換を起こすことが重要だ。

「みんながそう思っていること」は意外に表面化しない。点在している実感を、大きな「そもそも」を打ち出すことで連結させ、たくさんの気づきを一気に起こす。あまりにも普遍的で誰も語ってこなかったけれど、これってものすごく大切なことだよね、というものを打ち出すこと。それが戦略PRの「そもそも」要素のポイントなのだという。

「PRの役割の一つは、社会に何がしかの合意形成をもたらすこと。戦略PRは、空気をつくることで、ある商品やブランドや企業に対する世の中のパーセプション(見え方)を変える。カンバセーション(語られ方)を変えていく」と同著にはある。

「社会性を帯びるという点で、『おおやけ』ともかぶる」と著者も述べているのだが、BTSが社会にもたらしたそもそも感のある合意形成の一つが、「社会性(おおやけ)」の段落で述べた「LOVE MYSELF」という概念である。「自分を愛そう」という普遍的なメッセージは一見ありきたりだが、大きな声でこのことを語り、誰もが自分を愛する権利があるのだと真っ向から主張したアーティストはこれまでいなかったのではないだろうか。このメッセージを打ち出したことによって多くの人が救われ、BTSに対する世の中の見え方や語られ方は、大きく変わった

「そもそも的なメッセージは、人を原点に立ち戻らせ、そのうえで意思を統一させ、本来あるべき方向に向かわせる。そんなパワーを持っているのだ」(本田氏)。

人を原点に立ち戻らせる。本来あるべき方向に向かわせる。2021年7月にリリースされた『Permission To Dance』という楽曲もまた、そんなパワーを持っている。あらゆることが制限を受けるコロナ禍の世の中に向け、「ダンスをするのに許可なんていらないよ」と歌い、希望を与える楽曲だ。

ミュージックビデオでは飲食業や教育職、介護職、運送業に従事している人や老人、子どもなどコロナ禍でつらい立場に立たされた人たちがフィーチャーされ、振り付けの一部には国際手話が使われている。どんな人にも幸せになる権利があり、それを自分たちは応援したいんだという彼らの想いを感じ取ることができる。この曲では、平等、幸福、助け合いなど多くの普遍性をはらんだ概念が表現されており、世界を明るく照らす存在として、BTSが語られることとなった

著者によると、「『おおやけ』がその時点での『社会的な横の広がり』だとしたら、『そもそも』は『縦の時間軸』。時代の流れを見る視点だ」とのこと。まさに、『Permission To Dance』のリリースは、時代の流れを見て、自分たちには何ができるのかを思案した結果、世に放たれたものだと思う。一見当たり前であることがスルーされずに、強いメッセージとして人の心に響くのは、彼らのこれまでの功績や真摯な姿勢の賜物であるから。先に記した「おおやけ」と「おすみつき」との相乗効果とも言えるだろう。

戦略PRとは文脈が異なるが、私は彼らの何気ない振る舞いや言動に、あらためてわが身を振り返えらせられることが多く、「そもそも」人として大切にしなければいけないことをたくさん教えてもらっている。

例えば、感謝の言葉。メンバー同士で旅をする企画一つとっても、誰かが料理を作ったら、ほかのメンバーは必ず「ありがとう」と言う。誰かが車を運転してくれたら、皿を洗ってくれたら、手を貸してくれたら、気遣ってくれたら……いつだってその相手に「ありがとう」と、きちんと言葉にして伝えるのだ。

ひとつ屋根の下で暮らし、家族同然に過ごしてきた間柄なら、そういう部分がおろそかになってもおかしくないと思う。実際、なぁなぁになって、感謝の想いを伝え合わなくなった先に、仲違いや相手への不満が生まれ、家族内の雰囲気が悪くなったという話もよく聞く。そういうことを耳にするたび、「そもそも」相手への感謝を忘れてはいけないんだなと思わされるし、BTSってやっぱりすごいとあらためて感じるのだ。

このような「そもそも」の人間性の高さが、大きな魅力として見ている側の目に映り、どんどん彼らに惹かれていく要素の一つになっていると思う。

法則5「しみじみ」の要素 ――「当事者性」の醸成

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消費者にビヘイビアチェンジ(Behavior Change)をさせるには、「感情に訴え、当事者意識を持たせることが欠かせない」という。そのためにPRにおいて重要なのは、「しみじみ感」だ。著者の言う「しみじみ」とは、「深いレベルでのエモーションの介在と、当事者性。感情が揺さぶられるだけではなく、自分ゴトになっているかどうか」

しみじみ感をつくるのは、ストーリーテリング、自己投影、インサイトで、「情報を物語として伝えることで、しみじみ感はいっきに増す」という。

BTSは、しみじみ感の醸成に非常に長けたグループであると思う。本人たちに「しみじみ感を醸成している」という意識はないかもしれないが、受け手であるこちらが勝手に感情移入して、号泣したり、心の底から笑ったり、祈ったり、エールを送ったりする場面が驚くほどにたくさんあって、彼らを好きになってから、私はだいぶエモーショナルな人間になった気がしている。

私たちが彼らから受け取るストーリーの一つは、華々しさだけでは語れない、彼らの活動の過酷な裏側だ。表舞台で輝いている人であればあるほど、輝く姿だけを見せたいと思う気持ちは強くなるのではないだろうか。しかし、BTSはライブの舞台袖でのしんどそうな様子や、次の公演先に移動する飛行機でのぐったりと疲れた様子、調子を崩して声が枯れてしまい悔しくて涙を見せる様子など、決して完ぺきとは言えない姿を、ドキュメンタリー映像を通して見せている。

それを見て、彼らも私たちと同じ人間なんだと思うと同時に、これほどまでに努力ができる彼らの素晴らしさや、人間としての成長ぶり、舞台に上がる人としてのパフォーマンス力の向上などに感銘を受ける。完ぺきではない姿なんて見たくないとは、まったく思わない。それどころか、栄光の裏側を見ることで一層彼らを好きになるし、応援したくなるし、誇らしく思うのだ。

また、アーティストとしてパフォーマンスをする以外の、素の様子もふんだんに見せてくれる。メンバー7人で海外に旅行をする企画、自然豊かな田舎の家で休暇を過ごす企画など、さまざまなリアリティショーを展開し、ファンに向けて発信しているのだ。メンバー同士で会話したり、遊んだりしている様子はもちろん、寝室にまでカメラが設置され、ここまで見せてくれるの?とびっくりするくらい、余すところなく素の姿が堪能できる。

これらのリアリティショーで明らかになるのは、メンバー同士の関係性や、メンバーそれぞれの性格や振る舞い、癖や好み、グループ内での立ち位置などなど。それを見て私たちは、アーティストとしてではなく、一人の人間としてメンバー一人一人を好きになる。しみじみと、それは本当にしみじみと、「めっちゃいい子たち…」「ものすごいかわいい…」「なんてやさしいんだろう…」など、好ましい想いを抱かずにはいられない。彼らに対して愛があふれて止まらなくなるのだ。

そうして抱いた「大好き!!!」という気持ちは、音楽やパフォーマンスが好きだというレベルよりももっと深いファン心理を生み、強い愛に下支えされた揺るぎないファンダムをつくり出す大きな要因になっていると、私は思う。

法則6「かけてとく」の要素 ――「機知性」の発揮

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日本でかつて長期にわたってテレビ放映されていたアニメ、一休さん。彼はとんちが得意な小坊主という設定だったが、そのとんちのように「かけてとく」という要素がPRには有効だと、著者は語る。「ユーモアでもなく、エスプリでもなく、ウィット(機知)が最も近い。これは一本取られた!というその瞬間を演出するアイデア」が効果的なのだという。

同著でそれは「やられた感エフェクト」と命名されているが、巧妙に練られたアイデアに対して「一本取られた!」「なるほど、そういうことか!」と消費者がうなることが、「かけてとく」のポイントだ。この「やられた感エフェクト」は、「受容効果」そして「共有効果」の段階を経て、消費者の心をつかむ。

「受容効果」は、「やられた!」と気付き、笑顔になって、感心し、うなずき、受け入れるという段階。そして、「気の利いた話やひねりのきいた話題はそれを話す自分の印象にも影響する。発信している自分も気の利いた人間に見えてくる。無性に人に話したくなる、シェアしたくなる」、それが次の「共有効果」の段階だ。この「かけてとく」アイデア自体が、シェアラブルコンテンツ(拡散性の高い情報)になっており、どんどんと世の中に広まって、話題沸騰という状態を作り上げる

『BTSとARMY』の著者、イ・ジヘン氏によると、「BTSのファンであるARMYは、史上最も〝語りたがるファン″」とのこと。それは、それだけファンの想いが強いという側面もあるが、BTSサイドが、「語りたくなる要素」「シェアしたくなる要素」をふんだんに提供してくれるからでもある。

例えば、BTSのミュージックビデオは、単純明快な展開ではなく、さまざまに解釈できる奥の深いものであることが多い。そもそもの構成やテーマ、ストーリーはもちろん、映像のなかに散りばめられたモチーフ、メンバーそれぞれに割り当てられた役柄などから、「これはこういうことなのでは?」などと考察をするファンが多発する。一つのミュージックビデオが前のミュージックビデオの世界観とつながっていたり、アルバムの楽曲の世界観とリンクする部分があったりと、一つのミュージックビデオ単体で完結しないケースも多く、それがますますファンの考察意欲をかきたてる。

独自の考察の結果をブログに綴ったり、動画に編集してアップしたりして、他のファンへ自論を共有する人も多いし、TwitterなどSNS上で考察論議を繰り広げるファンもたくさんいる。とにかく、気が付いたことを誰かに言いたくて仕方なくなる、非常に「共有効果」の高いコンテンツが盛りだくさんなのだ。

これについて、ソウル大学教授で韓流研究者であるホン・ソクキョン氏は著書『BTS オン・ザ・ロード』のなかで「トランスメディア」と表現している。同著によると、「トランスメディアとは、(中略)コンテンツがメディアの境界線を越えてほかのメディア空間へ拡張する現象を意味する。もととなる物語を拡張・変形させていったり、互いに関連する、さまざまなかたちの物語の断片を多様なプラットフォームで同時に発展させたりしながら、各ストーリーが合わさってひとつの世界(universe)を構築していく展開形式だ」

BTSには、2015年リリースの『I NEED YOU』から始まった、『花様年華』と題した同一コンセプトのシリーズが存在する。『I NEED YOU』のミュージックビデオ、その後に公開された『花様年華 on stage : prologue』というタイトルのショートフィルム、『RUN』のミュージックビデオと、続けてストーリーに関連性のある映像コンテンツが展開されており、その後もさまざまなコンテンツに『花様年華』の要素が散りばめられているのだ。

ホン氏は、「BTSのトランスメディアの原点である『花様年華 on stage : prologue』をBTSファンは解説し、SNSでシェアした。そして同一人物が登場する新しい物語のピースを盛り込んだコンテンツが登場すると、このピースを過去の解説にもっともらしくはめた新しい理論を生み出すために、それまでに作った『世界』をアップデートさせた」と書いている。

このBTSのトランスメディア戦略を、最近はドラマやほかのアイドルも取り入れ始めているというが、「これらの例と比較すると、BTSのトランスメディア戦略はさまざまな面ではるかに際立っている」とホン氏。こうした非常によく練り込まれた連続性・複雑性のあるストーリーを、誰がどのように作り出しているのかはわからない(きっと企業秘密なのだと思う)。しかし、このような見る人を深く引き込む手法を、BTSはかなり早い段階から展開してきたことは確かで、それが大きな効果を上げていることは間違いない。

BTSによる「かけてとく」で、一つ私が最近「わぉ!」と思ったものは、先に挙げた「Permission To Dance」のタイトルにまつわる仕掛けだ。文字を入れ替えると、「No Pandemic Stories」もしくは「Stories on Pandemic」になることがわかり、ファンのみならず世間がどっと沸いた。私は、いち早くこの仕掛けに気づいたファンがTwitter上で拡散したものをたまたま見かけたのだが、本当に素直に「わー!やられた!」と思ったのだった。そして、速攻、友人にシェアした。

この件について、BTS側から公式な見解は示されていないが、常に何かしらひねりのあるメッセージを投げかけてくる彼らだから、きっとこれは偶然ではないだろうというのが、大方の見方だ。

また、IQ148の天才で、読書家のリーダー・RMは、BTSの楽曲で多くの作詞を手掛けているのだが、その詞で表現される世界観が、彼が読んだ本にインスパイアされて出来上がったケースも数多く、楽曲がリリースされると「あの作品から影響を受けたのでは?」などと、さまざまな憶測が飛び交う。

余談だが、『BTSとARMY』の著者、イ・ジヘン氏も、『BTS オン・ザ・ロード』の著者、ホン・ソクキョン氏も、あるトークイベントで「推しのメンバーはRM」と話しており、「めちゃくちゃ頭の良い知的ヌナふたりに愛されるキム・ナムジュンよ!!!」と、私は一人大興奮。彼の秘めたポテンシャルをもっともっと見たくて仕方ない!という気持ちに駆られる。

とにかく彼らが世に放つものは、一筋縄ではいかず、その複雑な魅力が多くの人を沼に引きずり込んでいく。たとえ正解にたどり着けなくても、そこに片足を突っ込んでいる自分がなんだか誇らしくなるし、単純に、おもしろい。彼らのファンになって良かったと思える要素がこれでもかというくらい多いのが、BTSというグループなのだ。

おわりに

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HYBEはおそらくマーケティングのプロフェッショナルをたくさん抱えているはずだから、PRにおいて計算づくの手法をとっているとは思う。とは言え、「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選出されたPR専門家が主張する6つの法則に、ここまでキレイに当てはまっているのはすごいことだ。

あらゆるコンテンツ、パフォーマンス、立ち居振る舞いによって「売れる空気」と「支持される理由」を獲得した彼らは、やはり奇跡のグループ。BTSは、理由もなくこんなにも世界中から支持されているわけではない。すべては、これまで積み重ねてきたさまざまな活動の賜物なのだ。

この本を読んで思ったことは、戦略PRには「意志」が必要だということ。意志がなければ、「おおやけ」も「ばったり」も「おすみつき」も「そもそも」も「しみじみ」も「かけてとく」も生まれないし、成り立たない。

BTSはいつだって自らの意志を大切にして、それを貫き通してきた。「意志あるところに道は開ける」とはリンカーンの名言だが、彼らはその強い意志によって、道なき道を切り開いてきた。そのなかには、確実に険しい道もあったはずだ。そこへ果敢に分け入って、今いる壮大な道へとつないでいったその健気さに、拍手と感謝を贈りたい。これからも私は、彼らが歩むその道を、後ろからそっとついていこうと決めている。(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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