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【マチメグリ】HBPワールドツアー訪問記:岸本編『都市における食の役割①北欧における食の取組とNomaの体験レポート』(2018/8/10公開)

3週間に及んだ研修旅行。

市場、レストラン、スーパーなど、食にまつわる様々なスポットに足を運びました。
私(岸本しおり)のパートでは、研修旅行を通して感じた、都市における食の役割を「シビックプライド」「持続可能性」「選択肢の確保」「地産地消」の4つの視点よりレポートしたいと思います!

シビックプライド~食を通じて、新たな自国の誇りをつくり、その文化を産業と結びつける~
◯共有の価値の創造
近年、世界的に評価されるレストランの評価軸がコンテンツからコンテクストへ変化しています。

かつては、本場の◯◯から食材を輸入し、本場に近い味で食べることができるレストランが評価されていました。
また、評価されていたレストランは、名物料理があり、その料理を食べることを求めて、人々が集まってきました。

しかし、現在は、料理人の世界観が体験できることに価値が置かれ、その料理の背景にどのような料理人の思想があるのか、ということが重要な点となってきています。

例えば、世界的に日本で有名なレストランである東京にあるNARISAWAのテーマは「里山」、大阪にあるHAJIMEは「地球との対話」です。

NARISAWA
Hajime

このように「共有価値の創造」へレストランの価値は変化しています。

◯世界一予約が取れないレストランNoma
このような価値観の変化の中、世界中から注目されているレストラン「Noma」がコペンハーゲンにあります。

Noma WEBサイト

Nomaは、世界のベストレストラン1位(イギリスの飲食専門誌「レストラン・マガジン」が毎年発表するランキング)を4度獲得し、ミシュランの二つ星を獲得しています。
世界から注目されるNomaは、「Nomanomics」と呼ばれるほどの経済効果をデンマークにもたらし、“食”を目的にデンマーク観光に訪れるという今までにない文化を生み出しました。

Nomaは食の実業家であるClaus Meyer(クラウス・マイヤー)氏とスペイン・サンセバスチャンで食の革命をおこした「エル・ブリ」でも働いたことがある料理人René Redzepi(レネ・レセッピ)氏によって2004年に設立されました。
(マイヤー氏は現在、Nomaの経営から離れています。)

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△料理人 René Redzepi

なぜ、Nomaが世界中から注目されたかというと、今まで「食の不毛地帯」と呼ばれていた北欧で、地産地消にこだわり、最新技術と組み合わせ、「新北欧料理」として最高レベルの料理に昇華させ、その「独創性」と「革新性」により今までにない体験ができるレストランだからです。

温暖な冬と涼しい夏をもつデンマークでは、豚肉をはじめとした酪農や小麦の栽培は盛んでしたが、土地が肥沃とは言い難く、収穫可能な食材が限定され、特に、野菜類の生産量が貧弱でした。
設立者のマイヤー氏は、学生時代にケータリングの会社を立ち上げて以来、20年以上、食のビジネスに関わる中で、生産者の力でデンマークの食材、特に野菜の品質がよくなっていること気づきました。

また、マイヤー氏は、デンマーク人のシェフが海外で修行し、帰国してオープンするのは、ほとんどフレンチスタイルのレストランで、ローカルフードに着目したレストランはなく、見栄えがするというだけの理由で料理が評価されている状況に違和感を感じていました。

マイヤー氏は、当時の課題意識をこのように語っています。

『料理というものは本来、南ヨーロッパでみられるように、季節や風景を表すものであり、食べる人が料理に挑むというより、料理のほうから食べる人に挑むようなものになりえます。料理は、レストランの中だけにとどまらず、それ以外の場所でも人々を動かし、何らかの影響を与えます。ところがデンマークではそういうことはまったく起こっていませんでした。』

(出典:世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ 発想力の鍛え方/クリスチャン・ステーディル著)

この課題意識より、マイヤー氏は、フランス料理ばかりが評価されている現状を変えるために、まず料理自体を評価する仕組みをつくりました。
それが「ディッシュ・オブ・ザ・イヤー」(のちの、ゲーリケ・オブ・ザ・イヤー)という、デンマークの料理評論家を一堂に集めて、地元で取れた季節の食材を独自の調理法で料理したもののみを審査対象とするコンクールです。

そのような活動を続けていくうちに、コペンハーゲンのクリスチャンハウンという、グルーランドやフェロー諸島、アイスランドの貿易の拠点として300年ほど前に使われており、今でも文化の発信地として認知されてているエリアにある古い倉庫内でレストランを経営することになりました。

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これがNomaです。
(現在は、Nomaは移転しており、別のエリアで営業しています。)

マイヤー氏は、北欧の食文化を世界に伝える拠点として、Nomaを立ち上げ、このレストランをきっかけに、「北欧料理を立て直し、素晴らしい味と個性で北極圏を包み込み、世界を照らす」ことを目指しました。

食材に関しては、デンマークに限定してしまうとバリエーションに乏しいため、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの北欧3カ国に、フィンランド、アイスランド、グリーンランド、フェロー諸島まで範囲を広げ、自ら北欧を旅しながら、食材のリサーチをはじめ、Nomaで扱う食材を発掘していきました。

自ら探した食材と世界の最高レベルのレストランで修行をしたレネ氏の技術と組み合わさり、新北欧料理と呼ばれるNomaの料理は生み出されたのです。

2010年に世界のベストレストラン1位を獲得したことをはじめ、Nomaが有名になるにつれ、北欧の食材の価値、新北欧料理が世界に発信されていくようになりました。

途中に休業期間をありますが、オープンから14年たった2017年に、北欧での地産地消にこだわり、新しい料理をつくり続けたレネ氏は、その野菜や海藻など、自然に生息する食材についてまとめたスマホアプリ「VILD MAD(デンマーク語で”野生の食べ物”)」をにリリースしています。
このアプリは、自然と触れ合うことで、季節ごとに移り変わる風景を深く理解し、食と自然との繋がりを楽しむ学べるよう、植物採集のサポートツールとして生み出されました。

これは、レネ氏が「noma」における知見をオープンソース化したもので、花やハーブ、葉、キノコ、ベリー、海藻などのカテゴリー別に、北欧に生息する105種類の食材を網羅し、それぞれの食材ごとに、採集に最適な時期や採集方法などが調べられるほか、その食材を使ったレシピも収録されています。

★VILD MAD

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△VILD MADのWEBサイトより引用。 見た目も美しく紹介されている

このように、Nomaは、自店の利益だけにこだわらず、北欧食材の可能性を世界に発信する、というこオープン当時の想いを今も忘れず、北欧料理を発信する拠点としてあり続けています。

◯新北欧料理(ニュー・ノルディック・キュイジーヌ) 10か条
レストランをつくることではなく、北欧の食文化を変えることが目的としているマイヤー氏は、Nomaを開業してから間も無く、「新北欧料理」で目指す姿を明確にするために、料理人、農家など食に関わる様々なステークホルダーとともにと共に新北欧料理のマニュフェストをまとめました。

【新北欧料理(ニュー・ノルディック・キュイジーヌ)のマニュフェスト】
1. 北欧という地域を思い起こさせる、純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、道徳を表現する。〔文化創出〕
2. 食に、季節の移り変わりを反映させる。〔地産地消〕
3. 北欧の素晴らしい気候、地形、水が生み出した個性ある食材をベースに料理する。〔地産地消〕
4. おいしさに、健康で幸せに生きるための現代の知識を結びつける。 〔健康〕
5. 北欧の食材と多用な生産者をプロモートして、その背景にある文化的知識を広める。〔地産地消〕
6. 動物の反映と、海、農地、大地における健全な生産をプロモートする。〔地産地消〕
7. 伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる。〔地産地消〕
8. 外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える。〔進化〕
9. 自給自足されてきたローカル食材を、高品質な地方産品に結びつける。〔地産地消〕
10.消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品加工、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、 このプロジェクトの専門家が協同し、北欧の国々に利益とメリットを生み出す。〔産業〕

↑〔〕は岸本が追記。

「10.消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品加工、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、 このプロジェクトの専門家が協同し、北欧の国々に利益とメリットを生み出す。」とあるように、国や様々な食の関係者に利益をもたらす産業として新北欧料理を捉えています。
マニュフェストは、国家や言語の障壁をこえた協力関係の下、デンマークだけでなく北欧諸国全体を巻き込み、北欧閣僚会議が正式なプログラムとして採用され、新北欧料理は、一部の高級レストランや美食家のためのものではなく、マイヤー氏が目指した北欧の食文化を豊かさのために、北欧各国の国家プロジェクトとして推進されていきます。

私が注目したいのは「8. 外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える。」の進化を前提としている点です。

今、日本で美食都市として有名な都市にスペイン・サンセバスチャンがあります。
サンセバスチャンは、フランスで修行した料理人たちが、地元スペインに帰り、分子調理法など独自に生み出した技術とフランスで学んだ技術を組み合わせることにより、新たな料理を生み出し、美食都市として世界に有名になりました。
Nomaの料理人・レネ氏も、そのスペイン・サンセバスチャンの伝説的なレストラン「エル・ブジ」で修行をしており、その時に学んだ技術と自ら見つけた北欧の食材を組み合わせることによって、新北欧料理を生み出しています。
このように、今、世界の美食と呼ばれる都市は、外国で学んだ文化を取り入れながら、進化しオリジナルのものを生み出しています。

自国文化が生き生きと残り続けるために、文化を保護するのではく、様々なエッセンスを取り入れ、時代に合わせた形に常に進化し続けるという選択をし、表明している点に、新北欧料理の革新性を感じました。

◯食の本質的な楽しさが体験できる「Noma」
コペンハーゲンを訪れた際に、泉と二人でNomaを体験したので、そこでの様子をレポートします。

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△レストランの中心にあるオープンキッチン

レストランの中心にはオープンキッチンがあり、客席から調理している様子を見ることができます。
本格的な仕込みは別のキッチンで行われますが、最後の仕上げなどはこのキッチンで行われ、料理人はサービスマンとともに料理をテーブルに運ぶ役目も担います。
オープンキッチンの良さは、客の反応を直接感じることができる点にあると言われています。
自分たちの料理の感想が直接届くという点は、プレッシャーでもありますが、その反応により、料理人のやる気も生み出されているように感じました。
Nomaで驚いたことの1つに、料理人・サービスマンの全てのスタッフが気持ちよく・明るく働いており、このような充実して働いている人のオーラにより、店内の明るく、気持ちよく感じられる空気感がつくらていた点があります。

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△今日初めて会ったお客さん同士が楽しく会話をしている様子。/デザートに出てきた4人分のケーキ。

客席はまさかのロングテーブルです。はじめて会う方々と相席で食事をします。
このロングテーブルに座るお客さんは、全て同じタイミングで料理が運ばれ、サービスの方がお客さん全員に向けて、料理の説明をします。
その説明は、サービスマンからお客さんへの一方的な説明ではなく、お客さんとコミュニケーションを取りながら、ユーモアたっぷりに、時にはお客さんへ質問を投げかけるなどして行われていました。
このようなサービスマンの説明により、お客さんは同士の距離も近くなり、今日はじめて出会ったお客さんどうしが食事中の楽しくおしゃべりしていました。
また、最後に出てきたケーキは、隣のお客さんと会話することが前提に4人分が切り分けられることなく1ホールで出てきており、客同士の会話のきっかけもデザインされていました。
サービスの方に聞くと、別々に来たお客さん同士が仲良くなり、何年後かに今度は1つのグループとしてNomaにまた一緒に訪れてくれることがあるそうです。
このようにNomaでは、食事を料理だけではなく、食事と一緒にする会話も大切な要素として捉え、さり気ないデザインで、お客さん同士の会話のきっかけをつくっていました。

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Nomaを訪れて、「気持ち良い空間で、美味しい料理を気のおけない仲間と、楽しく会話をしながら食べる」といった食事という行為のの本質的な楽しさを最高レベルの料理で表現していることに感動しました。

元々、デンマークでは、厳格なプロテスタントの方が多く、プロテスタントでは食に快楽をもとめることは罪、とされており、そのことにより、「食」をあまり重要視しない文化でした。
このような文化背景を覆し、世界に誇れ、世界中から人々を引き寄せる食文化まで持ち上げている点が新北欧料理の凄さと感じました。

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この泉と写っている左の男性は、Nomaの入口でお客さんが初めて会うNomaのスタッフです。
この写真の笑顔からわかるように、とても明るい男性で、「日本から来たの?」「僕も日本に行ったことあるよ!」などと気さくに話かけてくれて、食の最中も全てのテーブルを周り、「楽しんでる?」など声をかけてくれ、この方がいるだけで、店が明るくなるような、そんな不思議な魅力を持った方です。

実はこの方は、Nomaの共同経営者の一人のアリさんといいます。
彼は元々はNomaで13年間皿洗いとして働いていて、Nomaが今の場所に移転するタイミングで、共同経営者の1人に迎え入れられました。

この時に、レネ氏はこの新体制の発表の時に、アリ氏のことを「Nomaの心であり魂」と表現した上で、下記のように述べています。

『アリさんのような人が仲間にいる価値を、あまり人々は重視しないよね。12人の子どもがいて、生活は苦しいはずなのにいつだって笑顔なんだ。私の父もアリって名前だった。彼がデンマークに来たときにも、皿洗いとして働いていた。』

このことからわかるように、Nomaは、「食」だけではなく、全ての物事に対し何が大切なのかと本質を問い、彼らなりのシンプルな答えを、妥協することなく表現しているということが最大の魅力だと思いました。

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(参考文献)
「フランス料理の歴史」(著・ジャン=ピエール・プーラン他/出版社・KADOKAWA)
「世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ 発想力の鍛え方」(著・クリスチャン・ステーディル他/出版社:クロスメディア・パブリッシング)

(おすすめ映画)
ノーマ、世界を変える料理(2014年)
ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た(2016年)

レポート②に続きます。

(しおり)


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