WISSに初参加してきた

筆者: 荒川 (カーネギーメロン大学)

2023/11/29 - 12/01 で八ヶ岳で開催された WISS  (インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ) に参加してきた。日本国内のHCIの学会にきちんと参加するのは初めてだったので、その記憶が新鮮な状態で感想をメモしておく。

有り体に言えば楽しかった。独特の面白さ (後ほど触れる) を持つ研究に触れられたこと、日本語で多くの人と議論できたこと、夜遅くまで会場で懇親できたことなどが理由として挙げられる。運営していただいた方々に感謝である。国内学会の背景は詳しくないが、「国際学会との比較でいえばインタラクションがCHI、WISSがUIST」といった対応が近いと伺って、あーなるほどなと思えるほど、アーティファクトがある研究が多くdemoが重視されていると感じた。200名程度という参加者の規模も (大きすぎず) ほど良かった。

国際学会・国際論文誌採択論文発表

今回自分が関わったのは、新設された「国際学会・国際論文誌採択論文発表」だった。CHI2023で発表した以下の論文について、共同研究者の矢倉と発表をした。

IMWUT, ISMAR, CHI, Transactions on Graphics から合計7つの論文がこの枠で発表された。発表者がそれぞれ楽しそうに発表されていて、自信作であることが伝わってきた。最後には発表者が壇上に集められてパネルディスカッションが行われた。個別の研究内容に関する質問に加えて、メタ的なディスカッションが面白い時間だ。10月に参加したUbicompでも同様の時間が設けられており、シニアの先生が厳しく考えさせられるような質問を投げかけていたのを思い出した。今回のWISSでも、どのような論文の書き方を参考にしていたか、数年後のインパクトはどのようなものを想定するか、など刺激的なお話を聞くことができた。

それぞれの発表には、研究内容のみならず、どのようにしてトップ国際学会採択に至ったかの説明があり、これから国際学会を目指す人にとって有益な情報が散りばめられていた気がする。そして、この「国際学会を目指す」という点こそが、まさしく今回のWISSで大きく感じたことに関連する。

その研究はHCIのパラダイムにどう影響するのか

WISSで触れた研究は、その着眼や問題設定が面白いと思うものが非常に多かった。おそらく著者の方々の興味が出発点となって、ユニークなアーティファクトを作っていたのだと思う。特定のドメインに特化をして、その中で課題を発見し、技術によって解決するというものが多い印象を受けた。便宜上これをボトムアップ的HCI研究と呼ぶ。

相対的に、自分が現在所属しているHCIコミュニティでは、研究の早い段階で、トップダウン的な考えを求められることが多いんだなと気付かされた。ここでトップダウン的HCI研究とは、HCIのパラダイムにおいてどういう位置付けの研究なのかを主張する研究という意味で使いたい。個々の論文が具体的なものになるのは当然なので、それを1-2段階抽象化した時に、人とコンピュータの関係性という学問分野に、その研究がどのような影響をもたらすのかという点である。

誤解しないように述べると、自分は興味ドリブンのボトムアップ的HCI研究は大好きである。学部4年生の頃に初めて書いたCHI論文も、人の会話解析に興味があったので、コーチングというドメインに特化して、課題を明らかにして、システムを作って、評価をした。そのプレゼンテーションの仕方も当時はボトムアップ的な側面が強かった。ボトムアップ的HCI研究もトップ国際会議/学会誌に多く存在するし、むしろ初めからトップダウンに考えると面白いアイデアは出難いと思う。

しかし、今でも覚えているのは、Ph.D.の受験時のインタビューで、教授から「君はコーチングの専門家になりたいのかい?コーチングのジャーナルを目指すのかい?」と言われたことだ。なるほど、HCIの研究者を目指す以上、HCIのパラダイムの未来を紡ぐ必要があって、特定ドメインでのアーティファクトはそのビジョンへのエビデンスとして扱うことが求められると実感した。

そしてその時から、トップダウン的HCI研究としてのプレゼンテーションを心がけることで、コミュニティの他者から研究を評価してもらえることが増えたと感じる。別に彼らは必ずしも自分の興味のあるドメインに興味があるとは限らない。そのような聴衆・査読者に面白いと思ってもらえるには、アーティファクトに加えて、抽象度の高いストーリーが効果的なのである。

HCIは応用性の強い学問分野である。だからこそ「なぜプロダクトとして世に出すのではなく、HCI論文として研究コミュニティに出すのか」という問いを時折自身に問いかけてみて損はないと思う。言ってしまえばプレゼンテーションの方法なので小手先なのかもしれない。ただその小手先が、自分の興味から生まれたボトムアップ型HCI研究の価値や展望を大きく変えることになる。

WISSで触れさせてもらった研究は、普段自分では想像のできないような着想のものが多く、きっと世界からも面白いと思ってもらえるアイデアだと思う。実際、Googleのとてもすごい研究者の方にも、日本のHCI研究にはユニークな面白さと大きな可能性があると言ってもらって嬉しかったのを覚えている。

HCIのパラダイムを知るには?

今述べたようなメタな議論は実は分野では絶え間なく行われてきた。以下に自分が読んだ中で参考となったものをいくつか記載する。

個別の論文については、学会で賞 (ベストペーパーもそうだが、10年後に振り返って与えられる賞など) を取っている論文などは参考になる。ストーリーの組み立て方については、先輩研究者のトーク (例えば教授職の就活時の通称ジョブトークはYouTubeに公開されているものも多い) が参考になる。古典を読むのも有効である。この点については明日のShutaro AさんによるHCIアドベントカレンダーを楽しみにしている。

最後に

今回交流させてもらった方々には研究年数で自分より若い方々も多かった。話をさせてもらう中で、自分が以前抱いていた感情 (研究に対するピュアな楽しさやキャリア的な葛藤)を思い出すことができた。同時に、このコミュニティに対して自分がどういう役割を果たせるか/果たしたいかという観点を持つことに至った。これは普段の国際会議では経験できていないもので良かったなと思う。2日目の夜には突発的にナイトセッションで海外大 Ph.D. について話させてもらったが、ひとまずは「留学は良いぞお兄さん」をやっていこうかな。

そして、こう考えると、これまで学会で出会ったシニアな研究者の方々はコミュニティの将来を考えて様々な役割を演じてくださっていたのか、などと真偽のつかない考えが浮かんできた。

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