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山下達郎のファンク路線。リゾート路線と離れても知ったこっちゃない。

  山下達郎が1982年1月にリリースしたアルバム『For You』が、アナログ盤でリリースされ、話題を呼んでいる。5月15日付のオリコン週間アルバムランキングでは、4位を記録した。41年という時を経てチャートインするという快挙だ。
 当時の山下達郎といえば、シングル「RIDE ON TIME」が大ヒットした直後である。レコーディングにかける時間や予算が十分に与えられた状態で、満足のいく音作りができる環境になった。1978年頃までは、制限ある中での作品作りを強いられていたが、このアルバムのレコーディングでは、1曲を完成させるのにトライアンドエラーを繰り返すことができるようになったわけである。用意された27もの楽曲の中から厳選された8曲(「Interlude」も入れると12トラック)が収録された、まさに粒ぞろいの名盤に仕上がった。
 このアルバムはやがて、ヘッドフォンステレオの普及とともに、リゾートミュージックの代名詞として語り継がれることになる。海などの行楽地で、あるいはドライブなどで聴かれるようになった。つまり、音楽が野外へ積極的に持ち出され、余暇を盛り上げるためのツールとして使われるようになったわけだ。
 
 大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION』も、1981年3月のリリース以来、時間をかけてベストセラーを達成し、同じような聴かれ方をした。当時、「君は天然色」がCMソングとしてテレビから流れていたが、そこに使われていたヨットの映像が印象的だった。海、空、夏…そういったキーワードとともに私たちの記憶に焼き付いている。リゾート地でもずいぶん聴かれたことだろう。このアルバムはそういった印象と役割とをもって大衆に受け入れられた。
 ところが、アルバムをきちんと聴いてみると、夏のイメージとはずいぶんかけ離れた楽曲が収録されていることに気がつくはずだ。特に、「スピーチバルーン」「さらばシベリア鉄道」は明らかに冬の楽曲だ。冬の情景が歌われ、冬を連想させるサウンドが奏でられる。作った側が夏のアルバムを作ろうとしたわけではないのだから、当然といえば当然だ。聴く側が勝手に夏の海に持ち出してイメージを作り上げていったにすぎない。
 
 山下達郎の『For You』も同様の運命をたどり、「夏だ、海だ、タツローだ」とまつりあげられることとなった。本人はそのことに危機感を感じ、1983年のアルバムでは大きな方向転換をすることになるのだが、それはまた別の話。この時点では、リゾートミュージックとして大衆に受け入れられた。
 大滝詠一のアルバムがそうであったように、山下達郎の場合も、夏をイメージさせる楽曲ばかりが集められたわけではない。多くの楽曲で爽快なサウンドが奏でられるということは間違いないが、一方で、リゾートのイメージから大きくかけ離れた楽曲も収録されている。その代表格が、「HEY REPORTER!」だ。ここで聴かれるのは、ブラック・ミュージック、それもファンクのサウンドだ。
 山下達郎のアルバムには、多くの場合、ファンク路線の楽曲が収録されている。「Bomber」や「メリー・ゴーラウンド」などが有名なところだろう。この「HEY REPORTER!」もそうした1曲にあたる。
ファンク路線のこのサウンドに対する詞の表現として、山下達郎は社会へのアイロニーを選んだ。当時の山下達郎は、竹内まりやとの交際をマスコミに知られることとなり、記者に追い回されていたようだ。そのときの体験をもとにしており、皮肉めいた言葉がずいぶんと並んでいる。
リゾートミュージックをイメージしてアルバムを聴いた場合、この楽曲はずいぶん異質な印象を受ける。そのことに関し、山下達郎は今回発売されたアナログ盤のライナーノーツで、以下のように書いている。
 
「自分ではこのトラックは一世一代の名演だと思っていますが、リスナーによっては拒否感を表明する方も昔からおいでです。」
 
そして、自分の(リゾートとしての聴かれ方の)イメージとは合わないであろうことも十分承知の上で、「知ったこっちゃありません。笑」と言い放つ。
自分の好きな音楽を奏で、気に入ったトラックをアルバムに収録する。ただそれだけのことだ。どのような聴かれ方をしようが、「知ったこっちゃ」ない。痛快である。
 
さて、実際のところどうなのか。この曲は本当にイメージに合わないのか。本当に「私らしくない」のか。
 
今回のアナログ再発を機に、改めてこのアルバムを聴いてみた。ヘッドフォンで、ドラムとベースを中心とした楽器のアンサンブルに着目して、通して聴いた。じつに骨太なサウンドが並ぶ。冒頭の「SPARKLE」からして、青山純と伊藤広規がKISSの「DETROIT ROCK CITY」を参考にしたというサウンドである。「LOVE TALKIN’(Honey It’s You)」だって、決して甘いラブソングではない。ポリ・リズムを使ったファンクナンバーだ。山下達郎と吉田美奈子のコーラス、そして山川恵子のハープからは爽快感が感じられる。しかし、ベースとギターが奏でるリフは実にファンクだ。音が太い。
そういった流れの中で聴けば、「HEY REPORTER!」は必ずしも異質であるとはいえない。このアルバムに通底する、ドラムとベース、ギターの強力なアンサンブル、そのバリエーションと考えることができる。アルバム全体にアクセントを加えるためのちょっとしたスパイス、あるいは起承転結の「転」くらいのイメージだ。3人のアンサンブルに重ねられる難波弘之のピアノも重要な役目を果たしている。ジェイムズ・ブラウン好きの山下達郎の真骨頂ともいえる楽曲だ。
 
2010年代の終わり頃、山下達郎は、ミニアルバムを作りたいといっていたことがある。ライブ映えするファンクナンバーを何曲か収録したいと言っていたように記憶している。もちろんそれも聴いてみたいものだが、過去のファンクナンバーにも改めて目を向け、楽しみたいものだ。

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