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なぜMac proが今更intel macとして出るのか?その理由を考える

新しいMac Proが、再びintel macとしてリリースされるらしい、という話が出ている。Apple SiliconのほうがIntelより強いのになぜ?という話が当然出てくるが、実はApple Siliconの優位はそれほど確かではなかったのではないか、とも思えるので、覚書を書いていく。

Mac proが使われる映像編集は桁違いの力が必要

Macは前世紀から画像・映像の編集に強く、映像業界では伝統的にMacが一定の存在感を持つ。Mac proはそのような映像業界向けのワークステーションに合わせた商品となっており、最低価格でも50万円越えで、ラックマウントできる製品すら売られている。

そういった映像業界では、どのような機能が必要とされているか、「Ryzen Threadripper PROの“自作PC”が映像制作で使われていた! STUDの岡田氏を訪ねる」という記事から垣間見てみよう。インビュー先の岡田氏は、AMD Ryzen Threadripper PRO 3995WXを採用する理由として、単独でも重い映像編集ソフトをパイプライン化して並列運用しようとすると、64コアというコア数が必要となり、かつ映像用の周辺機器を多数つなぐのにPCI Express 4.0を128レーン備えていることが重要であるとしている。

通常のデスクトップ向けのintel CoreやRyzenでも全く足りないのでRyzen TR PROが採用されているわけだが、ノート向けのM1ファミリーはPCIe等の足回りがさらに貧弱なので、M1 maxをそのままの形でワークステーションに流用するのはまず無理である。

M1は言われているほど速くない

CPUの速度を測るベンチマークは様々な種類があるが、そのうちCPUレンダリング速度で計測するCinebench R23(Apple Siliconネイティブ対応済み)のマルチスレッド得点を先ほどのAMD Ryzen TR PRO 3995WX、最新デスクトップCPUのIntel Core i9-12900K、およびApple M1 Maxの間で比較すると、

Ryzen TR PRO 3995WX  73220
Core i9-12900K       27198 (intel一般向け最高CPUCore i7-12700H       18501 (1月に出るMBP級ノート向けCPUApple M1 Max         12402
Core i9-11900K       16211 (M1 max以前のintel一般向け最高CPU

となり、それぞれ3995WXはM1 Maxの6倍、12900KはM1 Maxの2倍となっている。さらに来年頭には、MBP級(1.5~2.0kg)ノート向けにintel新CPUが出るが、CinebenchでM1 maxの1.5倍の数字と報告されている。Cinebenchだけを見ると、M1/M1 maxはそれぞれ来月リリースの普及版Core i3/i5(1~2万円)と同程度になり、「デスクトップ並みかそれ以上」と言われた威勢はなくなってしまう。

……ここにはトリックがある。M1が出た当時、intel CPUとApple Siliconに両対応したベンチマークはGeekbenchというソフトしかなかったのでこれで比較が行われていたのだが、こちらを使うと差が埋まるのである。

                     Cinebench    Geekbench
Ryzen TR PRO 3995WX    73220        36215
Core i9-12900K         27198        17595 (intel一般向け最高CPUCore i7-12700H         18501       11000? (1月に出るMBP級ノート向けCPUApple M1 Max           12402        12636
Core i9-11900K         16211        11645 (M1 max以前のintel一般向け最高CPU

Geekbenchはスマホでも動作し、スマホ用ベンチマークとしてAnTuTuと並んで用いられているが、Geekbenchはスマホの利用体感に合うほどコンシューマー向けに設計されており、ガチの数値演算性能を求めるプロユースに見合った指標とは言い難い。少なくとも、コア数に1:1で比例して数字が伸びるような指標ではない。

iPhoneやMacbook Airを使う上ではGeekbenchの数字を体感に当てはめもよいが、Macbook ProやMac Proでバリバリに重いワークロードを走らせようとすると、Geekbenchの数字はあまりあてにならないかもしれないのが実情だろう。

冒頭に挙げた記事では「ベンチ上は高性能なM1 Max、実用途では高価格な割に性能控えめとの報告」という話も取り上げられているが、Apple Siliconはまだハイパフォーマンス・コンピューティングの分野では未知数な部分が多い。

Apple Siliconはワークステーションを担えるか

Mac Proが属するハイエンドデスクトップ (HEDT)からワークステーション向けのCPUは、需要が微妙なのか特に後回しにされがちである。

それらの分野では現在AMDの製品が最も強いが、その最新アーキテクチャ(Zen3)を採用した製品は、サーバ向けEPYCやPC向けRyzenでは2020年末に発売されたが、ワークステーション向けのRyzen TR PROは2022年春頃の予定で1年半遅れており、HEDT向け(Ryzen TR無印)は出るか否か怪しい状況となってしまっている。

Intelも同様で、HEDT向けのCore-Xはブランド廃止がほぼ決まりで、新型のXeonがサーバー用により特化しそうなためワークステーション向けはその流用という地位になりそうである。

両社とも、需要の高いサーバを基準に置きワークステーションやHEDTはその流用になりそうだが、AppleはMac proのためだけに需要が微妙なHEDT/ワークステーション用のチップを開発するのか、したとしてスケールメリットがない中で元が取れるのか、というのは疑問である。

ワークステーション用のチップをトップエンドとして生産すると、今のMacの商品構成では選別落ちの製品を消化する枠がないのが厳しい(intel製品やEPYCは10種類を超えるラインナップを用意することで選別落ちから利益を得ている)。

Appleがサーバ向けCPUを作ることについては、Appleはハードを持たずiCloudは物理的にはAmazonやGoogleのクラウドを借りてその上に構築されているとセキュリティガイドラインで明記されているので、難しいと思われる。ARMのサーバ向けCPUは存在し、例えばAmazonはAWS用に大規模に導入しているが、AWSのサーバ数はおそらくMac proの出荷数をも超える水準(数百万台)にあり、そのレベルでないと厳しいだろう。

Intelの追撃に備える

そしてもう一つ、Intelが最近急激に強くなっている、というのも考慮すべきポイントだろう。Intelはこの数年、抱えていた製造上の問題が覆い隠せないレベルに露呈してしまい、1年前のM1発表時はIntel製品はM1に比べ2倍の消費電力で半分の性能という厳しい状態で、Appleの判断は誰もが妥当だと考えていた。

ところが、intelは2021年に製造上の問題をある程度解決し、さらに創業以来のピンチに「普段なら賛否両論あるためやらなそうなことでも、なりふり構わずやれることは何でもやる」という戦略を取った結果、「起死回生の一手」が3~4個まとめて当たって一気にフィーバーが来そうな気配がある。

早いところでは、3カ月以内に出るノート向け新CPUが、性能面で、下手をすると消費電力面でも、まとめてApple Siliconを抜き返すかもしれないというレベルに達している。さらにその後は「怒涛の」という形容詞を付けてよいレベルの開発計画を発表しており(しかもそれはハッタリとは思えない)、AppleはM2/M3に相当力を入れないと、2023年夏のintel第14世代に抜かれるどころか水をあけられてしまう恐れさえある。

Appleとしては、そのような状況の中で、Apple SiliconとIntel Macの両にらみを続けていくというのは、悪い選択肢ではないように思う。


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