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【トワイライト・オブ・ザ・シークレット・リリー・ガーデン】 #2

 

 庭園に一歩踏み込んだ瞬間、少女達はそこが勝手知ったる劇場の一部であるという先入観を捨てざるを得なかった。生垣は高く伸び上がり、ツキジ・ダンジョンめいた巨大迷路となっている。出現するイマジナリー・モンスターも徐々に凶悪さを増し、恐ろしい外見のものが増えてきた。「イヤーッ!」

 シホのトビゲリが大型黒犬の鼻面に突き刺さり雲散霧消! 「ハァーッ…」片手を着いて着地したシホの息が僅かに上がっている。無理もない。ここに至るまでの殆どの戦闘を引き受けてきたのだ。「シホ=サン、ダイジョブ?」「問題ないわ」短く答え歩き出す。ざわめくアイドルソウルが終着点を示す。

 迷路の果て、鬱蒼としたアーチを潜ると、石畳の空間に出た。ここは庭園の中心。美しい花と人口池に棲むバイオニシキゴイを愛でる為のアズマヤがあり、周囲には照明装置が設置され夜間でもイベントを敢行できる。そして四つに区切られた薔薇園の中には劇場設立を記念した社長像。その足元に。

「……ユリコ=サン」アンナが駆け寄る。「来ないで!」ユリコは膝を抱えたまま叫んだ。俯いた表情は窺えない。「ユリコ=サン、事務所に戻ろ?また一緒に……」「……私は、出来ない」「……エ?」「私は、みんなみたいに楽しそうにお芝居出来ない。私はこんなに大好きなお話なのに」「それは……みんな同じで……」

「違うの!」ユリコは立ち上がって叫んだ。赤く泣き腫らした目。「私はお話が大好きで! 大好きな役ももらえたのに!全然魅力的に演じられない! 分かってもらえない!」ユリコの胸に抱かれた本が怪しく輝き出す。すると少女達を囲むように庭園にイマジナリー・モンスターが湧き上がり出した。

「……ここでなら私は、完璧な私でいられる」ユリコは本を広げた。「……アイドルが天に向かってマイクを掲げると、風の戦士が舞い降りステージの暗闇を切り払った……」ユリコの足元から五芒星めいた魔法陣が浮かび、その中から鈍く輝く銀色の騎士甲冑が現れた。「ここは私の世界。邪魔はさせない!」

「待って! 私達は……」カナの声を遮り怪物達が殺到する。「……シホ=サン、カナ=サン。ユリコ=サンの相手は、アンナにやらせて……」「イヤーッ! 大丈夫なの?」「……うん……絶対連れ戻すから……」アンナは怪物を避けつつユリコ目掛け駆け出した。シホは了承した。アンナの体力を温存したのはこの為だ。

「で、どうしようシホ=サン」正面から押し掛けたミイラ男をケリで撃退したカナが問う。背中を合わせたシホも六連打で怪物を薙ぎ倒し、返答を……「イヤーッ!」「ンアーッ!?」シホは突然カナを突き飛ばし、己はブリッジ回避! その鼻先をロングソードの切っ先が掠める! 「私の相手はこれね」

 シホにアンブッシュを仕掛けたのは銀の騎士! 濃密な黄色のオーラ。そのワザマエは周囲の空想怪物を上回ることは明らかだ。剣が振り上げられ、シホとカナに叩き付けられる! 如何なアイドルといえど直撃を受ければ実際ネギトロ重点! 「「イヤーッ!」」二人はジャンプ回避! だがこれはウカツだった!

「ハレッ!?」周囲をよく見ずに跳躍した結果、カナは怪物の群れの中心に着地してしまった! モスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアのコトワザの如く! たちまち怪物達が殺到! 「スゥーッ……イイイヤアアア!」カナのウタ・カラテが炸裂! 吹き飛ぶ怪物! だが浅い! カラテ不足だ!

「アイエ……」カナの眼前でミノタウロスめいた獣人がオノを構えた。「カナ=サン!……くッ!」シホは救援に向かおうとするが、騎士が立ち塞がり剣撃を繰り出す! 「ライアールージュ・ジツ! イヤーッ!」シホの姿がブレる! それは視覚を誤魔化す幻影!敵に向かうと見せかけ、シホは脇を抜けようと……

「ンアーッ!?」騎士の裏拳がシホの後頭部を叩く! 回避できずもんどりうって倒れるシホ! (((ジツが効かない!?)))困惑しながら身を起こすと、今まさにカナの脳天を叩き潰さんとする獣人が見えた。カナは絶望に囚われ身動きがとれない! 勝ち誇った咆哮と共に無慈悲な一撃が下る! その時!

「GRRRRRR!」

上空から何者かが落下! そのアイドルはシャウトを発し、肉食獣めいて張った五指で獣人を脳天から真っ二つに両断した! サツバツ! ぎらりと獰猛に金の眼が輝くと、長いポニーテールが天も地もなく舞い跳ね、取り囲むモンスターを次々と切り裂き雲散霧消させた! なんたるワザマエか!

「ダイジョブ? ヤブキ=サン」カナはその声を庭園より遥かな空で聴いた。額を風が撫でる音がする。力強い羽ばたきと腕の温もり。カナは己を抱えるアイドルを見た。「あ、ああ……!」背中から蒼いカラテ粒子の翼を生やした少女は、穏やかに微笑んで地上に舞い降りた。アイドル達はアイサツした。

「ハイサイ! ヒビキ・ガナハだぞ!」「オハヨウゴザイマス。チハヤ・キサラギです」「オ、オハヨウゴザイマス……カナ・ヤブキです」ヒビキの眼は澄んだ海めいた緑に戻り、チハヤの背の羽は消えていたが、アトモスフィアは普段劇場で過ごしている時とは大違いだ。これがアーチアイドルの風格か!

「今回はナナオ=サンね。ハルカが帰って来るまでに収めるわよ」「ハルカは心配症だからなー」2人のアーチアイドルは散歩に出かける様に歩き出した。彼女達は何の苦もなく暴動を鎮圧するのだろう。それでいいのだろうか。カナは叫んだ。「待ってください!」先輩が振り返る。「なに? ヤブキ=サン」

「あの! ユリコ=サンを止めるの! 私達にやらせてください! オネガイシマス!」

 その場でドゲザせんばかりにオジギしたカナを、チハヤが見つめる。「そうね。それが良いと思うわ」「……え?」カナは目を丸くした。反対されると思っていたのだ。「こういうことも大切だって思うわ。私達には」「昔はチハヤも大変だったからなー。ハルカと散々……」

「ガナハ=サン!」

 チハヤが声を上げたのは照れ隠しの為ではない。ヒビキの背後から巨大な怪物が襲い掛かったのだ! だが次の瞬間、怪物は何かに全身を喰い抉られて雲散霧消した。ヒビキの肩越しに幾つもの赤い光点が蠢く。「……ナンクルナイサー」

「少し払うわ」チハヤは両手を広げると、短く息を吸って口を開けた。……そして、世界から音が消えた。「……!?」衝撃波に耐えられなかった怪物達は悉く塵と化し、シホに剣を突き立てんとしていた騎士はハンマーに殴られたかのように吹き飛んだ。しかしアイドル達には何の影響もない。タツジン!

「これが……『蒼い歌姫』のウタ・カラテ……」振り向いてシホは呟いた。胸の奥に熱い何かが込み上げてきたのを感じる。「シホ=サン」チハヤが呼ぶ。「やるからには、全力よ」歌声が背中を押す。あのステージと同じ様に。シホのカラテが澄み渡って行く。疲労など風に消えた。

「それじゃー自分達の相手はあいつらだな!」言うが否やヒビキはビースト・カラテを構え、怪物の群れに飛び込みネギトログラインダーめいて撒き散らした。「はしゃいじゃって。まったくもう……それじゃ、ヤブキ=サン。久しぶりにレッスンを見てあげるわ。行けるわね?」「ハ、ハイヨロコンデー!」

 鎧騎士が立ち上がる。その頑強な躰は頑ななユリコの心を表しているようだ。「でも、あなたになんて負けない」シホを白い光の粒子が包み込み、純白のアイドル装束を纏った少女が現れた。「ドーモ、ルーントリガーです」夕日を照り返す二挺のリボルバー拳銃を胸の前でクロスさせ、アイサツした。

 黄昏の庭園の空には、既に濃紺の闇が広がり星が瞬いていた。その下で二人のアイドルが見つめ合う。「……ユリコ=サン」「もうヤメテ……私を放っておいて……」「出来ないよ……皆待ってる。それに……今は大変でも……絶対にタノシイだから」どんな困難も乗り越えてきた戦友に語り掛ける。ユリコは頭を振る。

「でも、私は……」「コワイよね……でもダイジョブだよ。だって……」「私は……私は……」「だって、皆が……」ユリコが叫ぶ! 「私は! リリーナイトだ!」少女の足元から稲妻が瞬き、全身を覆うとセーラー服めいたアイドル装束を形成した。そしてアンナも負けじと声を張り上げる! 「アンナも、一緒だから!」アンナが首元のウサギ型アイドル機構を操作すると、ウサギ耳パーカーはたちまちアイドル装束へと変形した。

「ドーモ、ビビッドラビットです!」

 緊迫したアトモスフィアが爆発! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者のカラテが激突する! ここに最後の決戦が幕を開けた!


 BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 激しい銃撃が騎士に浴びせかけられる。それは実弾ではなくカラテを込めたエネルギー弾だ。破壊力は申し分なし! だが騎士は物ともしない! なんたる戦車装甲めいた騎士甲冑の頑強さか! 弱点を狙おうにも距離を置いては困難。故にシホは自ら飛び込んだ! 騎士の懐に!

「イヤーッ!」構えたるは暗黒武道ピストルカラテ! リボルバー銃の射撃反動はカラテを生み出すエネルギーに変わる! BLAM!見よ! 銃を向けたシホがコマめいて回転しながら華麗に宙を舞う! そして騎士の側頭部にカラテキック! 「イヤーッ!」騎士はこれを腕でガード! 

「イヤーッ!」

 BLAM! BLAM! 超至近距離からの2連射! 後方に宙返りを打ったシホの下を刃が通過する! 片膝立ちで着地をしたシホの額に汗が滲む。すかさず騎士がロングソードで薙ぎ払う! 「イヤーッ!」ブリッジ回避! 攻防に優れた騎士にシホは攻めあぐねる! 騎士は獲物を追う殺人マグロめいて休む暇を与えない!

「イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM! 銃撃で迫る剣の軌道を逸らしつつ反動カラテが唸る! 銃底で殴りかかるシホ! 騎士はこれを空いた腕でガード! だがこれはフェイント! 「イヤーッ!」シホの鋭い回し蹴りが胴部に直撃! 「……ヌウーッ!」シホが不自然な体勢で後ろに退く。鎧の強度に押し負けたのだ。

 怯んだシホの下から掬い上げるような斬撃! シホは跳躍しようとしたが痺れた足が動かない! 「チィーッ!」間一髪、重ねた拳銃でガード! アブナイ! BLAM! 反動で上体を捻り退避! 無理な攻撃を仕掛ければ即座に命取りとなるだろう。ではこのまま千日手か? 否、与えられた猶予は無限ではない。実際時間がないのだ。これはイクサだ。セイシンテキを保て。シホの中で相容れぬトモエめいた衝動がせめぎ合う。

「イヤーッ!」

 一際高くシャウトを発したシホの首元に白と黒のボーダー柄のマフラーが形成された。騎士もまた、敵対者のアイドルソウルの昂ぶりに呼応するように鎧をざわめかせた。



「イヤーッ!」

 ユリコの鉄拳が直撃! ガードしていてもアンナの細腕が軋みを上げるのが分かる。そのまま吹き飛ばされるアンナ! 土煙が舞い上がる! ユリコはクラウチングスタートめいたポーズから暴走特急めいて飛び出した! 「イヤーッ!」アンナの位置すら確かめず拳を撃ち放つ! 揺らめく影!

 突き抜けた拳に手応えなし! 風圧で土煙が吹き散らされた。「ッ!」背後からアンナの奇襲! 「イヤーッ!」ユリコは恐るべき反応速度で後方へ回し蹴り! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」アンナはブリッジ回避! すぐさま立ち上がりストンピングをバックフリップで回避! アイドル反射神経!

「どうしたの、リリーナイト=サン! ビビッときてる?」トントンと小刻みに跳ねるアンナの姿が消える! 駆け抜ける紫の風を追い切れない!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」ユリコの肩に痛打!反撃当たらず!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」ユリコの背中に痛打!反撃当たらず!ハヤイ!

 これは如何なることか!? アイドル聴力をお持ちの方は耳を澄ませていただきたい。アンナの脚部から微かなモーター音が聴こえるだろうか。それが答えだ。アンナのアイドル装束には幾つものアイドルギアが仕込まれており、電子機器を操るジツを用いてそれらを適宜運用しているのだ! 

「ヌゥーッ!」ユリコの瞳の中でスパークが弾ける! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」アンナとユリコは目にも止まらぬ速さで突きをぶつけ合った! ワン・インチ距離でのカラテの応酬! 庭園に二色の嵐が荒れ狂う! 衝撃で各所の石畳破砕! 隕石の衝突した月面の如し!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!?」

 破滅的カラテコーヒーカップムーブメントが乱れる! 果たして弾き出されたのは!? 

「……う……く」

 アンナだ! シューズから煙が昇っている。脚力強化ギアはアイドルのイクサに耐えきれなかったのだ。決断的な足取りでユリコが歩み出す。今やその背には純白のマントが靡いている。裏地の真紅が威圧的にアンナの目に映った。アンナは更に装束の機構を操作した。すると……ゴウランガ! アンナの姿が文字通り消失した! ユリコが眉を寄せる。

 それは奥の手のステルス機能! ハイテック光学迷彩アイドル装束は黄昏の景色に融け込んだ! アンナは息を殺してユリコの周囲を巡る。そして十分に溜めてからアンブッシュ! 右手のスタングローブがバチバチと音を立てる! シャウト無しのカラテパンチ! ZZZT! 高圧電流が爆ぜる!「……アイエッ!?」

 ユリコは正面を向いている。だがアンナの拳はしっかりと受け止められていた。感電している筈だが全く堪えた様子はない。それどころかユリコの全身が雷を帯びているではないか! 

「イヤーッ!」「ンアーッ!?」

 アンナの拳を握ったまま勢い良く石畳に叩き付ける! KRASH! 石畳粉砕! 「……アバッ」

「イヤーッ!」

 ユリコが高く跳躍! そして、おお、見よ! 少女の体が空中で停止した! 「キネティックパワー解放!」謎めいたシャウトと共に恐るべきカラテが漲っていく! 右手にエネルギー集中! 「ハアアア……!」アンナはジツ行使を試みた。だが間に合わぬ!

「イヤーッ!」

 ユリコが落雷めいて急降下!



「イヤーッ!」

 BLAM! BLAM! カラテエネルギー弾と反動カラテを受け騎士が後ずさる。シホは即座に間合いを詰め、再度反動カラテ! ハンマーめいた銃身が甲冑に叩き付けられる! 騎士は剣で刺突攻撃! シホはワン・インチで躱し脇で剣を挟む! BLAM! BLAM! 騎士のヘルムに重点射撃! 騎士が蹴り上げる!

「イヤーッ!」シホは足の裏で受け、その勢いで跳ね上がり射撃! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 驚異の耐久を誇っていた騎士が……よろめく! シホのリボルバーは禍々しい装飾が施された大型拳銃に変化している。カラテ弾の威力は倍増! シホの右眼がジゴクのサイリウムめいた白い光を灯す! 着地!

 BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 騎士のロングソードが右腕ごと吹飛ぶ! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 騎士は銃撃を浴びながらじりじりと接近。遂にシホの眼前、銃口のゼロ距離にまで達した。ガシャン。騎士は頽れ、シホを下敷きに倒れた。シホはボロボロの騎士甲冑を見上げた。罅割れたヘルム。

 スリットからローソクめいた黄色い炎が見える。ちっぽけな灯だ。それ以外に中身はない。空っぽの鎧。くすんだ鋼が鏡めいてシホの顔を映す。「……通りで堅い訳ね」シホは呟き、鎧に両手の銃を押し当てた。

「ファイナルトリガー・ジツ!イイイヤアアアアアアア!」

 拳銃から打ち出された巨大なビームが、星空を引き裂いた。



 ユリコが落雷めいて急降下!

「マイティイイパァアア、ア……あれ……?」

 唐突に減速停止! 茫然と右手のエネルギーが弱まっていくのを見、彼方を振り向いた。ナムサン! 今まさにシホが騎士を雲散霧消せしめた瞬間だった! アンナにはボタモチめいた好機! 「ビビッドイマジネーション・ジツ! イヤーッ!」

 FLAAAAASH! すぐ傍の照明装置が極大発光! ユリコの目を突き刺す! 「ンアーッ!?」アンナは全身を奮い起こし渾身のタックルを仕掛けた! 目を覆うユリコは避けられない! 「イヤーッ!」「ンアーッ!?」アンナはユリコの腰を抱えタタミ10枚分の距離を押し戻し社長像に激突! KRAAASH!

 衝撃で社長像の首がへし折れる! ナムサン!そのまま後ろにいたイマジナリー・モンスターに直撃し雲散霧消! ポイント倍点! するとどうしたことだろうか。庭園に召喚されていた怪物達が次々と塵と化していったではないか! アイドル達は社長像の台座を見た。

首のない社長像の下ではアンナが固くユリコを抱き締めている。2人のアイドル装束は融けて消えていた。「……ユリコ=サン」「……アンナ=サン」「1人に……なりたい気持ちは……アンナも、分かる……でも、独りで抱え込まないで……」ユリコは目を閉じて優しくアンナの頭を撫でた。「うん……ゴメンね」

 そこへシホとカナも駆け寄ってきた。息を切らせてカナが言う。「そうだよ、またみんなでガンバロ! 私達ならダイジョブダッテ! ……ね、シホ=サン?」「わ、私!?」シホは咳払いをした。「……出来ないなら、出来る様になるまで何度でも付き合ってあげますよ。……って、何よその顔」「アイエッ!? 別に!」

「……でも、色々壊しちゃった。事務所も……私のせいで」庭園を見てユリコが言う。その有様は実際爆発事故が起こったとしかいいようがない惨状だ。「それなら心配ないぜ」「アイエッ!?」一同が庭園の入り口に注目する。新たに2人のアイドルがエントリーした。「スバル=サンに、トモカ=サン?」

「ドーモ」
「ドーモ~」

 手短なアイサツを終え、スバルは頭を掻いた。「帰ってきたら事務所がスゴイなことになってたからさ。オレ達も大変だったんだぜ?」ユリコが赤面する。涙目になった彼女をトモカが制した。「ごあんしんください~。私達には実際心強い味方が付いていますから~」

 そう言ってトモカは後ろに回してあった手を突き出した。「……ア……アア……」そこには1人のアイドルが吊るされていた。ナムサン! 泡を吹いて白目を剥いている! 「アイエッ!? ロコ=サン!?」カナが悲鳴を上げるが、トモカは意に介さない。「ロコ=サンが、以前迷惑を掛けたお詫びだと言って~」

「でも、ロコ=サンのロコモーション・ジツは……」シホがやや不安げに尋ねた。確かにロコのジツは物体の修復に向いている。だが、そのディティールは明らかにオリジナルとはディファレントにロコナイズされることは良く知られていた。

「ダイジョブです~。私がしっかりと監督していますから~」

 トモカはロコの耳元で囁いた。「それでは、ドーゾ、ヨロシクオネガイシマス~」ロコはビクリと痙攣すると、震える手で絵筆を持ち上げた。「……ア……アア……オブジェッ……」筆の先から淡い光の波が立ち昇ると、ゴウランガ! それらは庭園の破壊箇所に絡みつき瞬く間に元の形状に完全修復したではないか!

「と、まあこんな感じで事務所は元通りって訳」今度こそユリコは大粒の涙を流し出した。雫が石畳を濡らす。「ス、スミマセン……私……」「……あー、もうダイジョブダッテ! ホラ……」助けを求める様にスバルは仲間を見た。クスリと笑ってトモカが言った。「ロコ=サンにスシ補給をさせて上げませんと~」

「それだ!皆でファミレスでも行かないか?」カナは目を輝かせ、シホは肩を竦めた。「……アンナも……行くよ……」「よっし! 決まりだな!」スバルを先頭にアイドル達はぞろぞろと庭園を出ていく。その後ろから、首を修復された社長像が豊かに蓄えた金色の髭を誇らしげに逆立て、彼女達を見送った。

「これで一件落着かしら」
「メデタシって感じだね」

 チハヤとヒビキも頷き合って事務所を目指す。その途中、事務所方向から歩いて来たやや煤けた姿のシズカとミライが合流するのが見えた。空はいよいよ暗く沈み、不夜城めいたネオサイタマの威容がアイドル達を迎え入れた。




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