岡潔とシラサギ

多摩川を散歩していると1羽のシラサギに会いました。

その佇まいに機能美を感じました。
ただ立っているだけできれいなのです。
シラサギにとってはボケーっとしているだけかもしれない。
でも外から見ると美しい。

ふと、数学者の岡潔の随筆『春宵十話』の一節を思い出しました。

私は数学なんかををして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えてきた。

数学者は数学者らしく数学をするだけ。
スミレはスミレはらしく咲くだけ。
シラサギはシラサギらしく佇むだけ。

本分を全うするだけということなのだろうか。
自分の本分は何なのだろう。
あと10年くらいで見つけられると良いなと思います。

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