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有機栽培ってこういうこと……大西ハーブ農園を訪れて(2012年)

世の中では、オーガニックや有機栽培の野菜が何よりおいしくて安全と思われていますが、実際のところはどうだかご存知でしょうか。
オーガニック農家の中でも有名な久松達央さんあたりに言わせると、有機栽培そのものが時代遅れなのだと言いますね。
実は有機栽培の野菜は、農薬を散布することがなかったり、少なかったりすることから、野菜や果物自体が自分を守ろうとするために、自ら毒素を出して身を守るので、アレルギーを持っている方にはかえって良くない、というのは、農業系のお仕事をしている人の間では常識となっています。
でも、それでも有機栽培を標榜するというのはどういうことなのか。
その答えがこの農園にありました。

大西ハーブ農園は青森県上北郡にあるハーブ園で、都内の名だたるホテルや有名レストランにハーブを納めている、知る人ぞ知るハーブ園です。
私がこのハーブ園のハーブに出会ったのは、2007年頃のことでした。
青森県のPRで催された食事会へ取材に出向いたとき、お店の入り口に大きな花が活けられていたのですが、それがハーブの花だということは、植物好きの自分にはすぐにわかりました。
ささやかで小さな野の花も、大きな花瓶にいけられてどこか誇らしげで、これから始まる食事会への期待を高めてくれました。
食事会ではハーブを使ったサラダなどで提供されたような記憶がありますが、その鮮烈な香りや味わいに魅了され、ホームパーティーをするときなどに何度か取り寄せて使ったことがありました。
トップに入れた画像はその時のもので、農園に咲くヴィオラや菜の花などが盛り込まれ、蓋を開けるとわあっと歓声が上がるような美しい詰め合わせでありながら、花の下からさまざまな種類のハーブがこれでもかと出てくるのが印象に残っています。

そして5年が過ぎ、2012年のGWに大西ハーブ農園を訪れる機会を持つことが出来ました。
一面の緑に囲まれた開けた土地に、いくつものビニールハウスが建てられていて、いかにも寒い土地でハーブを育てているのだということがわかります。
当時まだご存命だった園主の大西正雄さんに招かれるまま、ハウスの中を見て回りました。

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最初に案内されたのはイタリアンパセリの植えられたハウス。
こんもりと、そしてしっかりとしたイタリアンパセリが茂っているその横では、他のハーブが虫たちに根こそぎ食べられてしまっている様子を見たりして。
「もうね、こういうときは食べてもらえばいいの。片方は無事なんだしね」
大西さんはそんなふうに言ってほほえみました。
ひと枝ちぎったものを口に運ぶと、パセリのさわやかな香りが口いっぱいに広がります。

大西さんは南フランスを旅したときに、ハーブの素晴らしさに触れて、これはいずれ日本で流行るに違いないと考えたのだといいます。
そして、日本で南フランスのようなハーブ園を作るには、どこが適しているのか、徹底的に研究をしたのだそうです。
青森県の上北郡は緯度でいうと南フランスと近く、その上、馬を飼う牧草地だったことがハーブ園をこの地に開くきっかけになりました。
「馬は、農薬のかかった草は食べないんですよ。だから牧草は無農薬。馬の糞尿で出来た堆肥でハーブは育つんです。だから、いつも詰めているけど、花だって食べられる」

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そうしてハウスの中の花壇にかかったビニールを開くと、そこにはベゴニアの真っ赤な花が咲き乱れていました。
「ベゴニア、食べたことないでしょう?食べてみて」
促されて初めて口にしたベゴニアは、さわやかな酸味がキュッとして、サクサクとした食感。今までに食べたどんなものとも違う味だったのです。
「箱に詰めたときに、ビオラとか、ガーベラとか、いろいろ入れるけれど、無農薬だからみんな食べられる。ここにある植物はみんな、無駄になるところがないんです」

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次のハウスで目に入ったのはシブレット。
ネギの仲間でもあるハーブですが、紫色の可愛い花が咲きます。
通常、ハーブの場合、花が咲くと葉が固くなってしまうのを嫌って、花芽は摘み取ってしまうことが多いのですが、大西さんはそうしたことを一切せず、自然に任せてハーブを育てています。
「いつもね、ハーブの花も箱に入れるんです。これまでの経験を考えたら、たぶんハーブの花なんて使ったことがないんですよ。だから、使ってみろよ、と。私からのメッセージなんです」

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そうして差し出されたのはシブレットの淡い紫色をした花。
口にすると、ちゃんとネギのかおりがするんです。
ああ、シブレットのあの香りだ、というと、大西さんは微笑んで、
「でしょう?こういうのをスープに浮かせたり、オードブルに飾ったりしたらきれいだし、おいしいでしょう。そういう冒険を、もっともっとしてほしいんです」
持ちうるすべての知識を料理人にぶつけることで、ひと皿の料理を通して、生産者と料理人が対話をするなんて、とてもドラマティックだと思いました。

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この畝はルッコラセルバチカが植えてあるところ。ところどころ花が咲いていたりもしますが、しっかりピリッと辛く、ごまのような香りがふわっと鼻腔を抜ける感じは、スーパーなどで売っている水耕栽培のものとはひと味もふた味も違った、1本筋の通ったしっかりした味わいです。

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レタスのような葉物野菜も、もちろんハーブのひとつとして植えています。やわらかく、でも香りが鮮烈な、食べていて楽しくなるようなレタス。
味のしっかりしたものの良さを、口いっぱいに噛み締めている感じがします。

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もちろん、虫よけになるようなハーブも植えていたりします。
これは、ルーという名前のハーブです。
はるか昔から魔除けのハーブとして使われたり、防虫効果があることからタンスに入れて使ったりしたというものだそうです。
「でもねえ、ルーには虫がつかないけど、隣のハーブには虫がついちゃうんだよねえ」と笑う大西さん。
よく、ワイナリーの畝にバラの苗を植えて、病気を知らせる役目をさせるとか、いろんな民間の言い伝え的なものがありますが、やっぱりそういうものなのかなと思わずにはいられません。

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そして大西さんが「必ず料理人が来るとこのハーブのところに真っ先に連れてくるんですよ」というハーブの植えてあるところに連れて行ってくれました。
「ソレルですか?」
「そう、よく知ってるね」
フランス語ではオゼイユと呼ばれる、酸味のある葉が特徴のハーブです。
「料理人さんは男性が多いでしょ。酸っぱいもの嫌いなんだよね。でも女性はこういう酸っぱいものが大好き。だから真っ先に食べさせて、こういう味が求められているんだって教える。そうすると、料理が変わっていくんです」
その場で食べたソレルのレモンのような酸味がフレッシュな感じで、私は好きだなあ、とその場でつぶやいたのを思い出します。
そして、写真が残っていないのがとても残念なのですが、ハウスから別のハウスへと移動するとき、ハウスの足元に生えていたカタバミを大西さんが見つけました。
「こういうのもね、うちのはみんな食べられるよ。たべたことないでしょう?カタバミなんて」
摘んだカタバミを促されるままに口に入れると、これもまたやさしい酸味があって、心地よいのです。
「馬を育てる牧草地を選んだのは、農薬を一切使わなくてもハーブが育てられるから。すべてが循環して、作物になる。オーガニックってそういうことだよね」
大西さんは言います。

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これは赤辛子菜の花かな?
「じゃあ、サラダバーをしましょうか」と大西さんがおもむろに花や葉を摘み始めました。
「自分が好きなものを摘んでみて」
私も大西さんを倣って、レタスやルッコラ、辛子菜といろいろなものを摘んで手のひらの上にのせました。

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「ほら、こんな風に葉や花を摘んで包んで、それをそのまま食べる。ちょっとしたサラダバーでしょう?」
このハーブ園でしか出来ない、贅沢なサラダバー。
口に入れると香りの爆弾が次から次へと破裂するように、それぞれの香りと持ち味が口いっぱいに広がります。

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今は六戸町の道の駅でしか売っていない、一般向けのハーブサラダとハーブティー。
一般消費者は飽きっぽいからと、業務用販売のみに切り替えたのがちょうどお邪魔した頃でした。
今どうなっているかはわからないけれど、当時はパークハイアット東京を始めとした有名ホテルで食べることが出来ました。
料理人を叱咤し、刺激し合いながら新たなものを生んでいく姿勢はとてもエキサイティングだと感じ、さらに全てが農薬などを使わない循環で出来ている、究極のオーガニックの姿がそこにはありました。

そして、最後に大西さんが言っていたことが忘れられません。
「チューリップの球根あるでしょ?あれを使った料理があるんですって。オードリー・ヘップバーンの好物で、おいしいらしいんです。それをいつか作って食べてみたくてね。」
世の中には、農薬をかけないと実現できないこともある一方で、無農薬でないと出来ないこともあるのだということを、改めて突きつけられ、考えた1日になりました。

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園主の大西正雄さんは、連絡が取れずにいるうちに、何年か前にお亡くなりになられたそうです。
あの朴訥とした語り口と、ハーブに対する情熱を思い出します。
今は別体制でハーブ園は続いているとのことなので、これからもそっと見守り続けていけたらと思います。

大西さん、ありがとうございました。

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