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wRC+をさがして


1.wRC+の算出方法

wRC+(ダブリューアールシープラス)とは、リーグ平均的打者を100とした場合の一打席あたり得点貢献度をあらわした、打率や出塁率と同様のレートスタッツである。

wRC+の算出方法として、まずはDELTAによる計算式を見てみる。

wRC+=(パークファクターを考慮して計算したwRC/打席)÷(リーグ総得点/リーグ総打席)×100

上記リンクのDELTAのグロッサリーでは最後の「×100」が抜けてるので補った

この計算式は大変わかりにくい。その原因は、「パークファクターを考慮して計算した」の部分は一旦置くとして、あらかじめwRCを計算しておかなくてはいけないところにある。
ちなみにwRCの計算式はこうだ。

wRC={(wOBA-リーグ平均wOBA)/1.24+リーグ総得点/リーグ総打席)}×打席

これを上の式に代入して整理するとこうなる。

wRC+=〔{(wOBA-リーグ平均wOBA)/1.24÷(リーグ総得点/リーグ総打席)}+1〕×100

これならwRCの算出を省略することが出来る。
この計算式の意味を説明すると、

①.最初の引き算で、一打席あたりでリーグ平均と比べて余分に稼いだ(または失った)得点を算出する。wOBAはそのまま得点を表す単位ではないのでwOBAスケールで割って得点単位に直す。この場合はスケール=1.24。

※考案者トム・タンゴですらうっかり忘れることもある、一部マニアに不人気なwOBAスケールは、出塁一回あたりの平均値が1になるように調整するための数値で、リーグごと、また年度ごとに異なる。

➁.後ろの「リーグ総得点/リーグ総打席」は、平均的打者が一打席立つごとに期待される得点である(MLBの場合、通常は0.12点程度)。

①を➁で割ると、ある打者が平均的打者と比べて一打席あたり何割多く(または少なく)得点を稼いだかがわかる。
それに1を足して100倍すれば、リーグ平均を100とした場合の、得点創出度を示す指標になる。一打席あたり30%余分に得点を稼いだ打者の場合、wRC+は130になる。
こうして見ると、wRC+は偏差値に似ている。ただし偏差値は、集団の得点の分散具合を元に測った集団からの傑出度を示すものだが、wRC+は分散を考慮しない。その代わり、wRC+は得点そのものの傑出度をダイレクトに示している。例えば偏差値75は偏差値50(平均)から25隔たっているが、何パーセント余分に得点したのかは分からない。一方、前述のようにwRC+130はリーグ平均得点と比べて30パーセント余分に得点を創出している。

※なお、冒頭で一旦脇に置いたパークファクターはwOBAの部分で補正する。すなわちwRC+算出式の中の「wOBA」は「パークファクターを考慮して計算したwOBA」となる。
本稿では、パークファクターの議論はこれ以降は省略する。

2.wOBAとの関係

上述の算出方法について疑問を持つ人もいるであろう。「一打席あたりの得点創出力の傑出度を求めるなら、シンプルにwOBAをリーグ平均wOBAで割ればいいのではないか」と。
実際、傑出度を求める他のプラス指標(またはマイナス指標)はシンプルな算出方法を採用している。

BB%+=(四球/打席)÷(リーグ総四球/リーグ総打席)×100
ERAー=防御率÷リーグ防御率×100

※数字が大きい方が優れている指標は「プラス」を、その逆は「マイナス」を用いる。

BB%+120の打者は、同80の打者に比べて同じ打席数あたり1.5倍の四球を獲得している。ERA-70の投手は、同140の投手に対して、同じイニング数あたり半分の自責点しか許さなかった。

では、wOBAについて考えてみよう。wOBAは出塁率から派生した指標であり、出塁の種類に応じて加重をつけたものである(w=weighted「ウエイトを課した」)。出塁率.400の打者は.200の打者に比べて同じ打席数あたりの出塁数が2倍である。これにウエイトを付けた指標wOBAが.400の打者と同.200の打者の、2倍という比率は何を意味しているか。これが実は、何も意味しないのだ。wOBAは比率においては意味を持たない指標である。

wOBA.400は同.200に対して得点力は2倍ではない。なぜなら、wOBAは元が出塁率であるため、出塁率と同じくアウトがゼロとなるよう調整された指標だからだ。

DELTA公式から作成

本来、得点を稼ぐことにおいて、アウトの価値はゼロではない。アウトカウントを増やすことによってチームが得点を得るチャンスは減るのだから、打者が凡退すれば得点期待値は打席前と比べて減少する。だからアウトの得点価値は(上図でいえば)-0.257なのだ。しかし出塁率と同じように計算するためアウト打席をゼロとして、各イベントにアウトからの差に応じて係数を割り振っているのである。

上図右端の欄がwOBAにおける各イベントの係数である。例えば本塁打の係数2.065は、単打の係数0.861の2.4倍にあたる。では、得点創出における本塁打の価値は単打の2.4倍なのか。そうではない。左端の得点価値を見れば分かるように、1.408÷0.437=3.2倍である。各イベントのwOBA係数の比率は得点創出とは関係ないことが分かる。

では、比率には得点創出上の意味がないとして、差には意味があるだろうか。
単打はアウトとの間に0.861、スケールで割ると0.694の差がある。これはそのまま、単打を打った場合と凡退した場合の得点期待値の変動の幅を示している。同様に、本塁打と単打との間の差(2.065-0.861)÷1.24=0.971も本塁打と単打との得点期待値の変動の差に等しい。
つまり、wOBAは比率には意味がないが差には意味がある。冒頭に挙げたwRC+の算出式で、まずwOBAを用いて一打席あたり得点創出のリーグ平均との差を出し、その差が平均得点の何割に当たるのかを算出するという二段階の手続きを経るのはまさしくこの意味においてである。wOBAは、あるものと別のものとの差を測るための指標なのだ。

※ちなみに先に例として挙げたwOBA.400の打者と同.200の打者の得点創出力の比は、リーグ平均wOBA=.315、wOBAスケール=1.2、リーグ総得点/総打席=0.12として、
wOBA.400打者のwRC+={(.400-.315)/1.2÷0.12+1}×100=159
wOBA.200打者のwRC+={(.200-.315)/1.2÷0.12+1}×100=20
約8倍である。

3.wRC+の利点

近年は、テレビ、新聞、雑誌、ネット媒体等に従来の打率/出塁率/長打率以外の打撃レートスタッツが掲載されることも増えてきた(NPB公式サイトではいまだに旧来の三指標だけだが・・・)。
筆者は、OPSやwOBAのような一般読者・視聴者に馴染みがない指標を使うぐらいならむしろwRC+を使うべきだと考えるが、その利点として以下のものが挙げられる。

3-1.相対指標であること

wRC+は、その他の+(プラス)指標やー(マイナス)指標と同じく、リーグ平均を基準とした相対評価である。
得点環境(得点の入りやすさ。いわゆる「投高打低」や「打高投低」の程度)はリーグによって異なるし、同じリーグでも年々変動する。「三割打者は一流の証」と言われるが、リーグ内で三割打者が20人いるシーズンと、3人しかいないシーズンでは、同じ三割打者といえども価値はかなり違うはずだ。打率の相場は得点環境によって揺らぐが、絶対指標ではそこを踏まえた適切な評価はできない(これは打率だけでなくOPSもwOBAも同様)。リーグ平均を基準点とする相対指標にしてはじめて選手のリーグ内での力量(=傑出度)が正確に把握される。

3-2.得点創出力を正しく数値化していること

野球において打率や盗塁数や失策数などはそのまま勝敗に直結しているわけではない(さらに言えば、得点にも直結していない)が、得点は勝敗に直結しており、「この打者は平均と比べて○割多く得点を創出している」という説明には、なにより野球的説得力(?)がある。

ところで、wRC+と似た相対指標にOPS+がある。OPSは出塁率と長打率の和だが、そのプラス指標であるOPS+の計算式は以下の通り。

OPS+=(出塁率/リーグ出塁率+長打率/リーグ長打率-1)×100/パークファクター補正

出塁率と長打率の傑出度をそれぞれ別個に算出し、合計する(MLB公式サイトにある計算式は間違い)。仮に出塁率がリーグ平均の1割増し、長打率が2割増しなら、OPS+は130になる。
この指標は結果的にwRC+と似たような数値になるので代用品にはなるが、より正確に得点創出力に対応しているwRC+を用いる方が望ましい。OPS+130は「リーグ平均と比べて大体3割増しぐらいの得点創出力」というアバウトな言い方になるが、wRC+130なら「リーグ平均と比べて3割増しの得点創出力」とはっきり言える。
なお、wOBAをそのままリーグ平均wOBAで割った、いわば「wOBA+」は(このサイト以外で使われているのを見たことがないが)、前述したように何の意味も持たないナンセンスな数字である。

4.wRC+普及を妨げる大問題

wRC+普及にあたっての障害として、パークファクターの算出に手間が掛かることが挙げられるが、もう一つの問題はwRC+という名前の致命的なダサさである。
末尾の+(プラス)は100を標準とした傑出度であることを示す記号なので許容するとして、その前にあるwRCはそもそもレートスタッツではない。

※wRCは打者が創出した得点の総量であり、リーグ全選手のwRCを合計するとリーグ総得点に等しくなるが、これにwRCという名前を付けたことからして命名者のセンスを疑う。セイバーメトリクス指標には全体的にダメな名称が多い。

あえてレートスタッツの形にするならwRC/PA+であろうが、これも長ったらしくて分かりにくい。
一打席あたり得点創出量(つまりwRC/PA)を表す簡潔な名称が必要で、筆者にこれといったアイデアは無いが、「一打席あたり」なので末尾にA=Averageを付けるのが望ましいだろう。

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