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メモランダム拾遺

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気づいたこと、調べたことのおぼえ書きなどです。
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鬼子母神の説話と図像

以前、「鬼子母神」のことを書きました。改心した鬼子母神に対し、柘榴は人肉の味がするから人が食べたくなったらそれを食べるようブッダ釈尊が教えたという、仏典にはないあの「俗説」。あの話の出どころを探ってみたわけですが、今のところまだわかりません。 仏典では「もし人が食べたくなったら」という万が一のことは想定されていないようですが、しかし、善神となとなって子どもを食べなくなった鬼子母神の「今後の食事問題」の対策は、仏典にも書かれています。 唐の義浄三蔵(635~713)訳『根本

『西遊記』と『般若心経』

先日、玄奘三蔵(602-664)が『般若心経』をとなえて砂漠の悪魔を退けたという話に触れました。日本の『今昔物語集』(1120年頃成立)といった説話集だけでなく、玄奘三蔵の弟子が師の遷化24年後に完成させた伝記『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』(688年完成)にもみられるエピソードです。 しかし、玄奘三蔵の西天取経物語に着想を得た小説『西遊記』では、『般若心経』(おもに『多心経』とか『心経』という名で出てきます)は妖怪に対してまったく通用しないのですよね。 このことは、かねて興味深い

チッカリングとエラール

先々週、清里の「萌木の村オルゴール博物館ホール・オブ・ホールズ」というところで、チッカリング&サンズ社(Chickering&Sons、アメリカ)の大きなグランドピアノ(9フィート)に触れることができました。 1926年製で、アンピコ社(American Piano Company)の自動演奏装置が取り付けられているという珍しいもの。いわゆるプレイヤーピアノ(自動ピアノ)です。「チッカリング・9フィート・アンピコ・グランドピアノ」と呼ぶそうで、アンピコ付きのチッカリングのグラ

悪魔の声と自分の声

待ち焦がれた映画『デューン 砂の惑星 PART2』を、まだ観られていません。気づけば公開から、はや半月。映画館で観ないと必ず後悔しますが、今日は「デューン」で思い出した、「砂漠」と「悪魔」と「音/声」の話のメモランダムを――。 マルコ・ポーロ(1254-1324)が『東方見聞録』で、次のようなことを述べています。 このほかにも、眠くなると白昼でも、自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえるとか、ほんとうは存在しないキャラバンが進む音が聞こえてくる、といった不思議な現象も記され

海岸線が沖に移動した黒島地区

昨年の9月と10月、福井や富山、そして今回甚大な被害を受けた能登・加賀を訪れたのでした。タイトル画像は、9月26日の午後に立ち寄った黒島地区(石川県門前町黒島町)の当時の様子です。雨の日でした。 海岸線から少し沖に消波ブロックが並んでいますが、今はあれらが海岸線より手前にあるといいます。少し写っている黒島漁港は、今は港の中に海水がないそうです。 旧天領・黒島地区は、かつて海運の関連で栄えた集落です。黒い瓦屋根と黒い壁板が美しい景観で知られ、「重要伝統的建造物群保存地区」に指

越前で訪れた猫ちゃんのお寺

昨年と今年と、機会があって福井県越前市にある曹洞宗の萬象山御誕生寺を訪ねました。私にとっては今年最も心に残った場所の一つです。 御誕生寺は「猫寺」としても知られています。新聞などで何度も紹介されていました。猫ちゃんがたくさんいて、猫ちゃんの家もあって、御誕生寺専門僧堂の修行僧の方々がお世話されている。10月にうかがったとき、猫ちゃんは16匹いました。 平成時代に再興された伽藍の新しいお寺で、駅から近いとか、そういう便利な立地でもなければ、市街地にあるわけでもない。有名な文

新宿駅西口の窯変タイル

週に一度は通る新宿駅西口。素敵な窯変タイルのデザインが見られるが、西口広場は1966年の完成だからそろそろ60年になるのか。新宿駅は今や乗降客数が世界一だとか。改修を重ね、窯変タイルも少しずつ消えていくが、歩いて通るところにも、ところどころ残っている。西口は今、小田急百貨店がビル立替工事中。地下も随所で覆いがかけられ、工事が進んでいるようだ。窯変タイルを使ったデザイン、今のうちによく眺めておきたい。

柘榴の味と人肉の味

※タイトル画像:『普賢十羅刹女像』(部分)、鎌倉時代・13世紀、絹本著色、1幅、縦112×横55cm、奈良国立博物館蔵、重要文化財、出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) 森雅秀先生(仏教美術、金沢大学教授)の『仏教の女神たち』(春秋社、2017)を読んでいます。仏教の「女神」や「女性のほとけ」とは何なのかと、かねて関心はあったのです。 森先生によれば、部派仏教の時代(釈尊入滅〔入滅年は大別して3説ありますが、紀元前380年頃とする

精霊馬と陰陽師

タイトル画像は、息子の初盆のときの写真である。つい先頃のことのように思えるけれども、もう何年も前のことだ。 キュウリとナスのこれは、わたしの実家ではつくる習わしがなかったが、こういうものがあるのは知っていたから、妻にききながら、このとき初めてつくってみたのだった。「向こう」で困らないようにと、棺にはあれだけいろんなものを入れてあげておきながら、一方では、息子は今も家に一緒にいるように思っていたから、彼がどこかから帰ってきて、またどこかへ帰っていくというようなことは、まるで受け

泉鏡花『眉かくしの霊』の奈良井宿「桔梗ヶ池」

きのう奈良井宿に立ち寄った。江戸・明治の時代まで時間を遡ったかのような錯覚に陥る。道路開発の対象とならなかったことからこの街並みが残った、と聞いたことがあったが、そういう偶然があったとしても、大変なご努力で守ってこられたのだろう。 奈良井宿は中山道六十九次、そのうち木曽十一宿の一。江戸時代に栄えたという。 木曽路というと、文学では島崎藤村『夜明け前』の舞台として有名で、奈良井もたびたび登場する。が、私にとって奈良井といえば、なんといっても、泉鏡花の怪異譚『眉かくしの霊』の舞

浅草寺の牛鬼伝説

今日、浅草へ行った。前に来たのは1年以上前だから、久しぶりといえば久しぶり。観光客がずいぶん増えて、活気が戻っている印象を受けた。昼メシは、神谷バーの2階、「レストランカミヤ」。入るのは何年かぶりだった。10年くらい前まで、仕事や私用で、ときどきここで飲み食いしていたのを思い出して懐かしくなった。 きのう、あるお城の「鬼門封じ」として建てられたお寺の話を投稿をしたが、こんな賑やかなまちである浅草にも、「牛鬼」の伝説があるのだった。記録によると、鎌倉時代の建長2年(1251)

炸醤麺をつくる

プロには及ばないが、私の手打ちジャージャー麺(炸醤麺、炸酱面)も、これはこれでまずまずの味だと思うし、家族に好評である。 考えてみれば、炸酱面は、手作りを最も手軽に楽しめる中国料理の一つかもしれない。甜面醤などの必須材料は近所のスーパーでだいたい揃うし、高価な中華食材は必要ない。黄酱は一般的なスーパーにはないようだから、私は日本の味噌で代用するが(そうしているレシピ本もある)とくに問題はなさそうだ。味噌の先祖は大陸から来たというし、日本の味噌はそこから独自に発展したわけだけ

大根の淡味と『剣客商売』

青首なら輪切りにする。煮えやすいよう、食べやすいよう、幅は3センチくらいにして、片方の切れ口に十文字の切れ込みを入れる。太い三浦などであれば、適当な大きさに切る。青首でも三浦でも、皮は厚めにむき、できれば面取りをする。 済んだら鍋に入れ、真昆布の出汁をひたひたに注ぎ、少量の生米を放り込んで煮る。 たれは米味噌に砂糖、酒、みりんを加え、焦がさず、煮詰めてつくる。 煮えたら大根を皿に取り、味噌だれをかけ、私はさらに粉山椒をふりかけて食べる。大根料理はだいたい山椒と相性がいいらし

湧水とお坊さん

今年夏に訪ねたあるお寺は、境内に水量豊富な湧水があって、誰でも飲めるようになっていた。その甘露味たるや、ことばでは表せないほどだが、その水には壮絶な由来伝説があった。 昔々、当地の井戸が枯れてしまい、皆困っていたところへあるお坊さんが来る。村人のために一肌脱ぐことを決意したお坊さんは、自分の血を使っての写経、長時間の坐禅や凄まじい断食、祈禱を続け、疲れ果て、無念の思いで金剛杖にすがったその時、その水が噴き出したのだという。 これを思い出して思い出したのが、以前、某県某所のあ