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泉鏡花『眉かくしの霊』の奈良井宿「桔梗ヶ池」

きのう奈良井宿ならいじゅくに立ち寄った。江戸・明治の時代まで時間を遡ったかのような錯覚に陥る。道路開発の対象とならなかったことからこの街並みが残った、と聞いたことがあったが、そういう偶然があったとしても、大変なご努力で守ってこられたのだろう。

奈良井宿(2022年10月29日)

奈良井宿は中山道六十九次なかせんどうろくじゅうきゅうつぎ、そのうち木曽十一宿きそじゅういっしゅくの一。江戸時代に栄えたという。
木曽路というと、文学では島崎藤村『夜明け前』の舞台として有名で、奈良井もたびたび登場する。が、私にとって奈良井といえば、なんといっても、泉鏡花の怪異譚『まゆかくしのれい』の舞台である。

それは、語り手の友人である境賛吉さかいさんきちという画家が木曽路を旅していて、ここ奈良井の老舗旅館で幽霊を見る話。
泉鏡花独特の、あの話し、語り、修辞レトリック写実リアリズム。『眉かくしの霊』に限らず、泉鏡花の文体というのは、ためいきの漏れるばかりの、永遠の憧れであった。

話は変わるが、『眉かくしの霊』では、奈良井の鎮守の、そのお社のうしろの森の奥に「桔梗ヶ池ききょうがいけ」という池あって、そこに「奥様」と皆が呼ぶ「魔」がいて、その存在が物語のなかで重要な意味を持っている。それは凄まじく美しく、また凄まじく恐ろしいもので、何人もの人が目にしてはいるが、何者かは最後まで明らかにならない。が、「おつや」はこれと見誤られて命を失うのである。
それはなぜか――、という問題はさておき、ここへ来てみてふと思ったのが、「桔梗ヶ池」は実在するのだろうかということ。

それで「鎮神社しずめじんじゃ」という鎮守があるから行ってみたが、「桔梗ヶ池」は、やはり架空のもののようだ。土地の方に聞いてみたところ、この宿場には六つの水源があるので、もしかしたらそういうものがほかにもあったか、小さな泉であるとか水たまりのようなものは、あったのかもしれない、とのことではあった。
しかし実在していたとしても、行ってみるのは、なんだか、ちょっと怖い。作り話とわかってはいても、『眉かくしの霊』、泉鏡花には、それくらいの力があるのである。

奈良井宿の鎮守『鎮神社』(しずめじんじゃ)(2022年10月29日)
鎮神社本殿の背後(2022年10月29日)
奈良井宿の水場の一つ。水源は山からの沢水(湧水)(2022年10月29日)
奈良井宿の水場の一つ。水源は山からの沢水(湧水)(2022年10月29日)
奈良井宿(2022年10月29日)
奈良井宿(2022年10月29日)
奈良井宿(2022年10月29日)
奈良井宿(2022年10月29日)
奈良井川(2022年10月29日)