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【旅行記】微魔女の微ミョーな旅・20

3.ベトナムー2017年

 誘拐されて臓器売買?

 ツアー初日はホーチミンの市内観光。
 約束の時間にロビーで待っていると、昨日とは違う男性ツアーガイドが迎えに来てくれ、ノルウェー人の男性と若い白人のカップルと一緒に、旧大統領官邸や博物館、教会といった定番コースを回った後、川沿いのレストランでランチを食べた。カップルと同じテーブルに着いて簡単な自己紹介をすると、なんと二人共、私の住むサバーブの隣りに住んでいることがわかった。私がまだ現地通貨がなくドリンクを注文できずにいると、お隣さんのよしみで奢ってくれるという。こういう好意に軽く応えられないのは、やはり日本人だからなのだろうか。
 その後は穏やかな田園風景を見やりながら、郊外にあるベトコンの拠点、クチ・トンネル見学と、午前中からみっちりとベトナム戦争に向き合う一日だった。私たちがテレビで見知っていたベトナムとは違う、当時のベトナム人の痕跡を目の当たりにして、自分がベトナム戦争について、教科書とアメリカ映画以上のことはほとんと何も知らずに生きてきたことに気付いた。そしてその晩は当然のように、ベッドのなかでベトナム戦争関連サイトを読みまくり、興奮した勢いで細いクチ・トンネルの写真を夫に送ると、「アメリカが勝てなかった唯一の国」と、当時生まれたばかりだったくせに物知り顔で返信してきた。私は夫よりも無知だったわけか?
 2日目は田園風景を楽しみながら2時間のロングドライブで、水上マーケットと素朴な町並みのカイベーを目指し、メコンデルタでボートに乗って小さな村々を訪れるという、なんとものどかな一日になる……予定だった。
 朝8時の待ち合わせでロビーにいたが、30分過ぎても迎えが来ない。道路が混んでいるのだろうと思いつつも、ツアーガイドは時間が生命のような商売なので、遅れたとしてもせいぜい10~15分程度だろう。40分を過ぎるころにレセプションに頼んでツアー会社に電話を入れてもらうと、理由はわからないが、とにかく30分くらいで迎えに来るとの返事だった。
 そして、9九時半ごろになって、強面の男が携帯電話を片手にホテルに入って来た。私に画面を見せると、私の名前がばっちりあり迎えが来たことを合点する。
 「レッツゴー」
 強面について出ると、ホテルの前には一台のセダンが停まっている。
 「あれ? バンじゃないの? ほかの人達は?」
 「ドライブ、一緒、オッケー?」
 後部座席に座ってシートベルトを締めながら、市街は道路が混んでいるために大型車両は郊外で待っているということなのだと、勝手に解釈した。
 「これから、カイベーへ行くよ。オッケー?」
 「え? 街の外れで合流じゃないの?」
 「カイベー、オッケー?」
 ドライバーは英語がわからないないらしく、何を聞いても“オッケー?”しか言わない。助手席の後ろ、狭い車内で運転席の強面から最も遠い距離で身を縮めながら聞いてみる。
 「あなたの名前は何ていうの? なんで、私はこの車でカイベーへ行くの? ほかのツアー客はどこにいるの?」 
 荒い運転で飛ばす車のなかで聞いてみても、オッケーオッケーと頷くだけで、何の答えも返ってこない。納得はできないものの、携帯画面には私の名前があったので、ツアー会社の人であることは間違いなさそうだ。
 しかし……。車が市街を離れて行くに従って、どんどんと不安が募っていく。
 車はとうとう市街を抜けて道幅が広くなったところで、私の不安は不審にギアチェンジした。このまま高速にでも乗られたら、もう引き返せない。私、どこに連れて行かれるの?――カイベ―って言ってるじゃん。もしかして私、誘拐されたの?――いやいや、こんなおばさん価値ないって。一人問答をする。高速を走って国境まで連れて行かれて、売られてしまうのだろうか。
 「あのー、ガイドさんと話がしたいんだけど。あなたの携帯で会社に電話してくれる?」
 彼の携帯を指さしながら、電話を掛ける真似をしてみた。
 「電話? オッケー」
 あ、通じてくれた。でも、前を向いたまま、電話を掛ける素振りも貸してくれそうな素振りもない。今度はガイドブックの後ろにある、ベトナム語を並べてみる。
 「どこへ行きますか? 時間はどれくらいかかりますか? 電話を貸してください」
 「オッケー」
 いや、まったく通じていない。
 車は高速道路に入ったらしく、もの凄いスピードで走り続ける。私、売られちゃうの?奴隷だったら年齢関係なくない? 臓器売買でも年齢関係ないよね?
 ぞ、ぞ・う・き・ば・い・ば・い……?
 「ちょっとー、車止めてよ! 電話しなさいよ! さもなければ、私、車から飛び降りるわよ!」
 顔から身体から声から怒りをあらわにして、身振り手振りでドアを開けるまねをして見せた。 
 「オッケー、オッケー」
 強面は助手席に置きっぱなしの携帯を取り上げると、スピードダイヤルで電話をかけ始める。やればできるじゃんか! 
 相手が出たらしく、電話を私に渡してきた。
 「こんにちは。私はツアーガイドのベクターです」
 「あのさ、ちょっと状況を説明してよ。ほかのツアー客はどこにいるのよ。私はこれからどこへ連れて行かれるのよ。どういうわけなのよ!」
 ベクターによると、どうやら私は置いてきぼりにされたらしく、慌てて強面の運転する車を手配して迎えに来たらしい。先発組にはメコンデルタで追いつく予定だという。
 「この運転手、信用して大丈夫なんでしょうねっ?」
 「もちろん、こちらが手配した運転手だから大丈夫ですよ」
 電話を切って強面に返したら、またまた「オッケー?」と聞かれたので、今度こそ「オッケー」と答えると、ほっとしたような顔をしていた。私自身もほっとしたので、外の景色を眺める余裕が出てきた。感情に任せて怒鳴り散らしたお詫びに、メルボルンから持ってきたキャンディーをあげたら、嬉しそうにサンキューサンキューと繰り返していた。
 
 メコンデルタの町、ヴィンロンに到着すると、べクターがほかのツアー客をボートに誘導しているところだった。
 「いやあ、間に合ってよかった。冷房完備の乗用車で快適だったでしょ?」
 ふざけんなよ。
 急いでボートに乗り込むと、昨日のツアー客とは顔ぶれが違う。
 「ああ、良かったわ。一人足りないって話だったから、心配してたのよ」
 夫婦連れと思われる女性が安心したように話しかけてきた。もしかしたら、私が寝坊して集合に遅れたとかいう話になっているのだろうか? ビクターに詳細を聞くと、ツアーガイドが急遽変わり、私の名前はリストから漏れていたということらしい。
 ランチの時間に皆でテーブルを囲み、夫婦で参加の先ほどの女性ニーナはノルウェーから、女性の3人組のうち、2人はデンマークから、一人はイギリスから来ていることがわかった。
 「もう、聞いてよ……」
 私の寝坊のせいにされていると腹が立つので、今朝の話をすると、皆は興味深そうに聞いている。
 「一人参加は気を付けた方がいいわよ。忘れられやすいから」
 マンチェスターから来たアンは私とは逆ルートを辿っているらしく、ハノイからホーチミンに移動する日に、飛行場への送迎を忘れられて飛行機に乗れず、翌日の便でホーチミンに着いたものの、一日分のツアーには参加できなかったそうだ。
 「でね、文句言ったから、今日のランチはサービスなのよ」
 「それは良かったわね」
 「あなたはどこのツアー会社?」
 皆で旅程表を出して突き合わせてみると、同じロゴが入っていた。同じ会社のツアーではあるが、違う旅程のツアーの人たち同士が混ざっているらしい。
 「じゃあ、朝食と昼食はもともと代金に含まれてるはずよね」
 デンマーク人の一人が言ってアンの旅程を見ると、ピンポーン、その通り。
 「え、じゃあ、サービスでも何でもないってこと!? 何よそれ!」
 せっかく留飲を下げたところだったので、揺り戻しの怒りが大きかったらしく、迎えに来たべクターを捕まえると、訛りの強いコクニーで大いに文句を言っていた。私も午前中の田んぼ巡りとマーケット見学ができなかったことになるが、ニーナが言うには田んぼは通っただけ、マーケットもいわゆる田舎のマーケットでわざわざ行くほどのものでもなかったというので、べクターには何も言わずにいた。

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