見出し画像

【旅行記】微魔女の微ミョーな旅・32

6.ウズベキスタンー2019年 

 お別れの言葉は“ありがとう”

 夕飯はナルギズに連れられて、旅行会社が用意してくれたレストランへ向かった。民族舞踊を見ながらのホレムズ(ヒヴァのある地方)料理は、香草を練り込んだ麺が珍しい。思えば、こうしてみんなで夕飯を食べるのは初めてだ。私だけホテルが違うので、3人は一緒に出掛けていたのかと思っていたが、毎日ホテルに戻るとまったくの別行動で、朝食ですらほとんど別々だったらしい。意外な気もしたが、外国人同士はそんなものなのかもしれない。断わるのは気が引けるとか、一人だけ仲間外れになるから一緒に行くといった考え方は日本人だけなのかもしれない。
 
 さて、これから私たちは午後11時30分発のタシュケント行きの国内線に乗り、私とジュリーは数時間のトランジットで国際線に乗り換えて帰途につく。モリーは明日の午前便なのでホテルに一泊し、アミィは2日目のサマルカンドからの参加だったので、タシュケントで一日目の観光を消化して明日の夜便でロンドンに帰るそうだ。
 当初は、ヒヴァの北にあるウルゲンチの空港から発つ予定だったのが、前日のツアー会社からの連絡でアラル海のあるヌクスの空港に変更になっていた。“当初の予定通り”午後8時過ぎにレストランでナルギスに別れを告げ、ドライバーだけのバンに乗り込み、ヒヴァを後にした。
 当初の予定ならば、一時間程度で空港に着いているはず。ところが9時半を過ぎても車は止まる気配もなく、未舗装の凸凹道を走り続ける。最後部座席のモリーとアミィは爆睡していて、当初は乗り継ぎ便の空港の話や帰ってからの話で盛り上がっていたジュリーと私も、口数が少なくなっていった。
 「ねえ、もう空港に着いても良いころよね?」
 ジュリーが心配そうな顔をして言い出した。ウルゲンチの空港ならば、だ。ヒヴァからヌクスまでの距離がわからないので何とも言えないが、ウルゲンチより遠くにあることは確かだ。ガイドブックで確認しようにも、微魔女の目には地図の細かい文字はきつい。
 「ねえ、あとどのくらいかかるのかしら?」
 ジュリーがドライバーに尋ねてみたものの、彼は英語がわからないらしい。国内線なら30分から一時間前に空港に着けばいいので、そんなに心配することもないとジュリーに言った。と、
 ガツン!
 私の席のすぐ後ろ横に何かが当たった衝撃があり、後ろの二人も飛び起きた。ドライバーが車を停めて出て行く。
 どうやら、後部の車が追い越そうとして私たちのバンにぶつけたらしい。ウズベキスタンは幹線道路でさえ、タイヤがはまり込んでしまいそうな大きな穴がある。オフロードならば更にひどく、穴をよけるためにスピードが出せない前の車を追い越そうと反対車線に出たら、対向車がやってきて正面衝突しそうになるという場面はいくらでもある。
 ドライバー同士は闇夜のなかで話していて、戻ってくる様子がない。時間はすでに10時を過ぎ、ジュリーが不安そうに外を見ている。
 「飛行機に乗れなくなっちゃうわー」
 「国内線だから、30分前に着けば大丈夫」
 そう言ってはみたものの、だんだん不安になってきた。タシュケントに泊まるモリーとアミィは問題はないとして、私とジュリーはこの便を逃すと、恐らく朝まで次の便を待たなくてはならず、国際線への乗り継ぎもできなくなってしまう。
 20分くらいしてから、ドライバーが戻って来て再び車が走り出した。出発時刻の一時間前を切っている。前方に飛行場らしき光が見えるたびに一喜一憂しながら、闇夜のドライブが続く。皆、窓の外を睨んだままで重苦しい空気が車内を包んでいる。
 「ねえ、飛行機に乗り遅れたらどうなるのかしら? チケットの買い直し?」 
 ジュリーは以前、道路の渋滞にはまって飛行機に間に合わなかったことがあり、チケットを買い直したのだそうだ。それはジュリーの責任なので当然だが、今回は私たちにはまったく責任はないのだから、二人分の飛行機代、宿泊代、国際便の代金をすべてツアー会社が補償することになるはず。旅行保険もカバーするのではないか?
 11時を過ぎても車は止まる様子もなく、凸凹道でなかなか上がらないスピードに私もジュリーもいらいらし始めていた。ドライバー本人も何度も追い越しを掛けようとしては対向車が来て留まっているのが、後ろにいても良くわかる。
 「ねえ、どうしようー。もう15分前よー!」
 もう間に合わないかも。仮に10分前に空港に着いたとしても、車を下りてチェックインをして、荷物検査を受けたら10分では足りないと思う。しかし、小さい空港なら融通は効くかもしれないし、なにしろここは賄賂大国の旧ソビエト連邦領。S社の国際線航空運賃二人分の負担を考えれば、飛行機一機を遅らせる方が簡単かもしれない。
 いつの間に私の右手を握っていたジュリーの手に、私の左手を重ねた。
 11時半。
 あ、街の明かりが見えてきた。道路が広く妙に整備された街をバンはひた走る。空港の建物が見えてジュリーと大喜びしたものの、一方通行の迂回や信号でなかなか空港にたどり着けない。車を降りたらスーツケースを持って猛ダッシュするつもりで、荷物も全部バックパックに詰め込みスタンバイオーケー。
 11時40分に空港到着。ドライバーにチップを渡す間もなく、3人を気にかけている間もなく、とにかくターミナルにひた走る。空港で待ち受けていた職員に「タシュケント!」と大声を出しながらカウンターに走り込んでチェックインをし、まだ3人来ることを告げ、荷物検査まで来てようやくアミィと一緒になった。
 「間に合ったね」
 飛行機に向かって滑走路を歩きながら、笑みがこぼれた。
 機内に入って席に着き、ジュリーとモリ―の姿を確認するとすぐ、飛行機が動き出した。
  
 一週間前より確実に温度が下がったタシュケントに到着すると、思いがけなくツアー会社のスタッフが出迎えてくれた。ここで市内へ行くモリーたちと国際線に乗り換える私たちは二手に分かれることになる。
 「残りの観光、楽しんでね」
 「気を付けてね。帰ったら写真送るね!」
 ツアーの人たちと別れるときは、なぜかいつも“同じ釜の飯を食う間柄”という言葉を思い出す。決して同じ釜から飯は食べてはいないのだが、たった一週間でも一緒に行動すれば情もわいてくる。
 「バイバイ、いろいろとありがとう!」
 そしてなぜか、いつも“さようなら”よりも“ありがとう”を言ってしまう。
 
 さて、ジュリーと二人で無事に国際線ターミナルに到着し出発案内表示を見ると、私の乗るエミレーツはすでにチェックインカウンターが開いていた。
 「じゃあ、私はカウンターに並ぶね」
 「え、私はどこかしら?」
 「え? 案内板に出てなかった?」
 キューバやモロッコに一人で行ってるんだよね? 飛行機、どうやって乗ったの? 案内表示の見方を教えると、ジュリーは見てくると言ってその場でお別れとなった。案内板を見て、空港係員と話しているジュリーの姿が遠くに見える。チェックインが終わって荷物検査に並んでいると、ジュリーが来て、自分が乗る便は違うターミナルなので、お別れを言いに来たと言う。
 「いろいろ、ありがとう。会えてよかったわ」
 「私もジュリーに会えて楽しかったよ。ありがとね。お元気で、気を付けてね」
 ハグをして、ほかのターミナルへ行くというジュリーの大きな後ろ姿を見送りながら“国際線と国内線のターミナルはひとつずつのはずで国際線の出国審査は一か所のはず……?”と疑問に思いながら、セキュリティーチェックを受け、出国手続きを終わらせた。待ち合いロビーで荷物の整理をしながら、免税店へ向かうと、さっき別れたばかりのジュリーが歩いてくる。
 「国際線の搭乗口はここだったのよー」  
 「ああ、やっぱりね」
 それから、現地通貨スムの残りを使い果たすために、免税店で買い物をし(この時点でもジュリーは0の数に圧倒されて、金額の見方がわかっていなかった)、搭乗時間までおしゃべりをしていた。旅行のこと、帰ってからのこと、仕事のこと……などなど。
 「あーあ、2日間シャワー浴びてなくて、今夜も飛行機のなかだから、通算3日もシャワーなしってことね。参っちゃうよ」
 「夕飯の前にホテルで浴びればよかったのに」
 3日間シャワー無しは、私にとっての誤算だった。
 「モリーのコート見せてもらった? よく振り回されたわよね」
 「途中からは自由行動にしてもらったけどね。ユダヤ人だからお金持ちなんじゃない?」
 「私、モリ―に怒鳴られたのよ。子どもを叱るみたいに。失礼よ」
 ああ、そういうアクシデントがあったわけだ。 
 ここで初めて話してくれたのだが、ジュリーは高校を卒業してから長いこと美容関係の仕事をしていて、50歳を超えてから大学に入って社会福祉の学位を取ったのだそうだ。それからは、ボランティアで刑務所へ行ったり、施設へ行ったりして、社会的に弱い立場にある人たちの相談にのっているという。50歳を過ぎてから大学へ行くなんて尊敬してしまう。
 「トシを取ってからの方が、本当に勉強したいことってわかるものよね」
 微魔女の本当に勉強したいこと……か。
 
 私の乗る飛行機の搭乗アナウンスが入った。
 「じゃ、行くから。ごめん、シャワー浴びてないけど……」
 そう言いながらハグをしようとしたら、
 「いやあね、臭いわよー」
 と鼻をつまみながら、お茶目に笑って力いっぱいハグが返ってきた。
 「いつか、またどこかで会えるといいね」
 「次の旅行先が決まったら一応誘ってね」
 「うん。ジュリーに会えてよかったよ。元気でね」
 そして、私のお別れの言葉は、ここでもやっぱり“ありがとう”だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?