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物語る人々のための修辞法①黙説 4) 黙秘・嘘・暗号 1/2

※筆者勉強中につき、専門事象に昏い可能性があります。「ああ、これも『書き方』のパターンだなぁ」くらいの、やんわりしたお付き合いでどうぞ、お願いします…文例は、練習の意味もあり、全部自前です。皆さまもどうぞ実地訓練ください!

こんにちは! 語りえぬことを沈黙によって語ろうと試みること幾星霜、もはや、とにかく書かずに済ませたい疑惑さえあるかもしれません、違うんですよ怠惰ではないのです、言葉が壊してしまうものを壊さずに伝えたいのです、ええ、こんにちは世界です、こんにちは。

実は当シリーズ、リリースから時間が経ってからもなお、お読みくださるかたがちらほらあり、密かに心の支えにさせてもらってます…このような辺境の地に足をお運びいただきまして、誠に、誠に、ありがとうございます、ささやかながら、書き手さま読み手さまの心に文学の愉しみと悦びという、滋味溢れる栄養を届けられていれば、幸いです…。

まずは…前回から時間を置いてしまったため、あまりに簡単にすぎるにしても一応、簡単に復習しましょう、ね…本節において研究テーマにしております黙説法とは、すなわち語らずして暗に示す技法であり、その実装のポイントは:

a.沈黙があることを提示する
b.沈黙の内容を類推させる

という、2点セットでした。おお、ここは、わかりやすい。

で、前回に至るまで、特にb.について力を入れて類型化してきたわけでした。ええ。(バックナンバーはこちらから!)

…と、…以上をもって早々に復習としまして、(今回も濃ゆいので、すみません復習部はかなり、巻きます…)今回は、書かれざることを伝える修辞法としての黙説、の、個別技法的な面から少し、視野を大きく持ちまして、物語の真実が物語世界において公的には沈黙、または違う言説によって覆い隠されているという特殊な事象、「黙秘・嘘・暗号」について、記事を割いてゆこうと思う次第です。

前提から述べていきます。

自分とは別の人間であるはずの、登場人物の「内なる世界」が見える…これこそが小説の醍醐味であることに、異論はあまりないかと思います。別のシリーズ(人物造形のヒント)にも書きましたが、小説を読み進める読み手の目的の基本は、人の心の解明です。ある状況に置かれたときに、人間という存在がなにを考え、どう行動するかをドキドキハラハラと胸を高鳴らせながら読み進めるのが、読み手の大いなる楽しみのひとつなわけです。

そこでふと、考えてみてほしいのですが、ここ、この大いなる楽しみ、心の理解には、特に書き手が忘れがちな、しかしながら決定的な、限界線があるんですね。

現実の世界同様に物語世界にも絶対にあるはずの、物理的な制約です。なのに書き手は、無視しがち(あいたたた…)。

思い当たったでしょうか…そう、アトリエ開放記事のご愛読者さまには想像に難くないはずです、ありがとうございます…登場人物同士は「外の世界」でしか、交流できない。彼らは彼らの世界を彼らなりに生きているのであって、書き手が読み手に対して彼らの心の中をどんなに、縦横無尽に、詳らかにしてもです、彼ら自身がそれを共有することは、決してないわけですね。彼らはテレパスではありませんし、心を交換したりもできません。基本として、現実に私たちが苦心惨憺するのと同様、相手の気持ちになって考えるとか、相手の立場になって行動するとかは、苦手。

彼らは、完全には、解り合っていません。

ということで、この点をあえて強調する、意図的な隠匿・隠蔽という特徴的な構造を、黙説の観点から捉え直す、それが今回の「黙秘・嘘・暗号」となります。

進めていきましょう。「黙秘・嘘・暗号」は一括に、物語の公的場面において意図的に隠蔽されている事象の表現様式として捉えられますが、物語の外にいる読み手との関係から、次の1.と2.に場合分けできます:

1.読み手が真実を知らない「黙秘・嘘・暗号」

2.読み手が真実を知っている「黙秘・嘘・暗号」

そこで、読み手にとっての快感がどこにあるのか考えましょう:

1.→コンクルージョンまたはサプライズ
隠匿状態を読み手が知っていれば「解明」、読み手が知らなければ「驚き」が快感になります。いずれも、頂点は《無知の知》の瞬間にあります。謎が解ける、思いもよらない真相が判明する、など…この瞬間まで、読み手には真実が隠されていなければなりません。

2.→イッチまたはスリル
言いたい気持ちや、バレるかもしれないハラハラを楽しむ形式です。真実の瞬間が引き延ばされることで発生する、ジリジリした状態、からの、露呈・告白または完全な隠匿というカタルシス。読み応えはこの二段階で形成され、カタルシスが来るまで読み手の姿勢は「待ち」優勢となります。

ところで、以上の「場合分け」は書き手にとって、非常に意味が大きい。というのも、1.では、書き手は読み手に真実を巧妙に隠す必要があり、2.では、書き手はその真実が巧妙に(あるいは粗雑に)隠されていることを示すだけでなく、それが明るみになる可能性を調整することで読み手の目線を終始、牽引する必要があるわけです。ですから、自分がどの路線に乗っているかを理解する、これが書き手の筆を整え、結果、読み応えという独特の流れを生じさせる。

そう、大体においてミステリでは、ね。

そこなんです。私たちはミステリを書こうとして「黙秘・嘘・暗号」について考えているわけではありません…オーセンティックな小説では無論、密室殺人が起こったり、怪盗が登場したりはしませんし、主人公が重犯罪者というのも若干、エキセントリックにすぎる。加えて、上にも言いました、オーセンティックな小説の目的は人間の心の解明なのであり、とある奇怪な事件の解決では必ずしもありません。なにより、これらに加え、これは黙説のコーナーですので…それらの謎の提示に対する解明には、技術上の制約がありますね、そう…「暗号の意味はこうだ」、「犯人はお前だ」を言わずに済ます、つまりミクロな技術的側面においても、ミステリとはひと味違う「黙秘・嘘・暗号」について、本節では考えていくべきだと思われてくるわけです。

はい。毎度の通り、前提を深めるうちに、より明るく論点が見えてきました。

非ミステリ、オーセンティックな小説では、このミステリ的展開方法を、どのように調理すればよいのでしょう? それに、答えを言わずに、答えを教える…はて…?

ということについて、追って以下、考えを進めましょう…。


1.読み手が真実を知らない「黙秘・嘘・暗号」

読みごたえがどこにあるのかを再度、確認して進めましょう:隠匿状態を読み手が知っていれば「解明」、読み手が知らなければ「驚き」が快感になります。いずれも、頂点は《無知の知》の瞬間にあります。

犯罪やトリックの必要ない、オーセンティックな小説にとっては、この解明や驚きの瞬間を身近で、よくある事象において展開させることが肝要になってきます。解明される内容も、読み手に、人間性についての気づきや驚きを与えるような真実に重きをおきましょう。かつ、ええ、実はここから先のところがやっと技術上のスパイスなわけですが、黙説…全てを言わず、しかし明らかに示す…を意識する。

さらに…はい! ここテストに出ますよ、メモしてね! 物語中に示された「黙秘・嘘・暗号」に対応する真実があるからといって、それが小説として示される真実と一致する必要はない。逆に言えば、オーセンティックな小説においてはこの後者の真実、小説として示すべき人間の、あるいは読みという体験の真実を意識せずして、「黙秘・嘘・暗号」は完全活用できない。この辺り、今まで見てきた小手先の黙説に比べると、書き手としてはヘビーな話題になってきます。(読み手さまはこの辺りを意識して読むと、その作品の味わいが深まります。お試しを。)ただ嘘をつかせて暴かせればいいわけじゃない。ただ隠しておいて、最後に見せればいいわけじゃないんです。したがって、技術上合格でも、文学的には不合格ということがありえます。書き手の力量が見え隠れする…ここは危険地帯なんですね。

準備が整ってきたようです。ではでは、黙秘、嘘、暗号、と、順に実装例を見ていきましょう(書き手の皆さんは、お手元に実践用の原稿用紙をぜひ、ご用意くださいね!):

「君は、《ワーニャ》にヴァイオリンを習った。ニキ。君は、ヴァイオリンが弾ける」
『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』(29)

この部分は、長いお話の最後の方の一部。ですが、ひと目でお分かりかと思います、ここはミステリ物でいう「犯人はお前だ」の場面にあたり、登場人物に過去を与え、その過去から先、ここまでの登場人物の性格を全部、塗り直すターニングポイント。ずっと、秘密があるらしいまま、踏み込まれないで進んできた物語世界の土壌に、真実という水を差し、一気に世界を芽吹かせる局面の、表現になります。読み手に見えていた仁綺と、仁綺に見えていた物語世界が交わっていなかったことを、確定させる場面です。(個人的にお気に入りなのは、楽器の経験という日常的にありうる黙秘を、作品の舞台のひとつでもある非日常的な犯罪世界のど真ん中に配置することで、こんなに近いのにこんなに知らない、という身近で肉感的な余白が強調されている点。ちなみに、エピソードに犯罪的関係でなく音楽を持ってきたのも、限られた紙幅で《ワーニャ》と仁綺の過去の交流の深さ、仁綺の絶望感を表すための、工夫でもありました。)

一粒で、二度美味しい。お得感のある手法です。あの場面も、この場面も、全部本当だったんだけど、そこにはまだまだ奥行きがある、という持って行きかたですね。

ちょっとひと息、黙秘について、手法というより効果の話になりますが、人間ってよく嘘はつきますけど、「黙っておく」のは結構、難しいんですよね。だから実は、登場人物を黙秘させるだけで、その人物のエッジを立てることができたりします。

次のは、そのエッジの立てかたの例。これはこの黙説のシリーズ中、既に扱いましたが、もう一度、確認してみてください…仕組みは、ヴァイオリンの例と同じですが、こっちはちょっと楽しい感じ。

「伝えればよかったんだ。君が彼女のことをどんなに大切に思っているか」
サーシャのこのひと言に、ミゲルは眉を曇らせた。
「僕と彼女との関係について、君に話した覚えはないな」
サーシャは肩を竦めた。
「僕だって聞いた覚えはないが、尋ねなくても分かることは沢山ある。だいたい、丸わかりだってのにいちいち尋ねるのも、野暮だからね。年来の友人というのはそういうものだろ」
(物語る人々のための修辞法①黙説 2)黙説の類型

ミステリと違って事件の解決が必ずしも目標でないところが、オーセンティックな小説での展開法…でしたね。ここでは、ミステリ同様、黙秘-告白の構造はありますが、読み手が感じる解明の快感は、謎の解明によるものではありません。読み手が感じているのは、サーシャが小粋で情に篤い友人だとわかる、つまりミゲルが同じように感じているであろう(ちなみに、ここもコンニチワールドマジックポイント(普通感)です。唐突な「何か起こってるぞ、気をつけろ」…イベントモード…に入った読み手の不信感を、ミゲルのそれにきっちりと重ねることで、読み手の視線を意図的にコントロールします)明るく軽やかで優しい、ある普遍的な人間性への気づきなわけです。

なるほど。目的は、事件の解明ではない…これがやはり、大きなポイントになることがはっきりしてきました…楽しくなってきます。どんどん周辺を見ていきましょう。(「黙秘・嘘・暗号」をあなたの物語に取り入れたい? 是非! 私は読むのも大好きです!)

技術面では、黙秘自体を宣言させるという、ちょっと捻くれた手法もありますね:

「崖の淵に立つのが本人の意思だとしても、その背中を押せば、立派に殺人だ。僕は善良な人間だからね。君の立場が変わらない限り、僕の答えは変わらないよ。『僕は何も知らない』」
『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』(19)

だんだん、お分かりになってきたでしょうか…私は『楽園』執筆中、キャラクターに振り回され、世界観の重みに筆が折れかけるという、よくある、そして甲斐ある書き手ライフを送っていたわけですが、技術的な部分でも全編通じて七転八倒、四苦八苦してました、なぜならこのお話のテーマが「黙秘・嘘・暗号」でもあるから(そんな舞台裏を感じずに、皆さま、楽しくお読みになれていれば、嬉しいことこの上ないのですが)…そうですとも、だからこその本稿という、この味わい深さ…!

まあ…個人的な書き手ライフ回想はさておいて、淡々と前に進むスルー能力も大事。読み手が真実を知らない「嘘」は…うーん、嘘をついていた、という形での提示は比較的しやすいですよね。嘘をついている…という提示が、結構難しい。

「…いちいち、その調子で答え合わせをするの? それは、いまここで、しないといけない?」

困惑顔で尋ねた仁綺に、スグルは憤然と答えた。

「君は寮に入ったこともない」
『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』(28)

どうもこう、「あれは嘘だった」式になっちゃう。これはせめてもの抵抗として、一応、人物のやりとりの微妙な(絶妙な、だと嬉しい)ズレを楽しむ場面に描き、嘘の内容自体の扱いは軽くすることで、ミステリとは別の様相にしてみました。「嘘をついている」式は…

「あー…ちょっと、急な仕事…」
「嘘だね。洗濯籠のストッキングが、高い奴だった。詰めが甘いよ」
「それは…ちょっと、気合い入れようと思って…」

まあこんな感じで、で、展開としてはやっぱり若干、予想を裏切って、理由が浮気じゃないと、すごくいいですね。うん。転職活動とかね。

せっかくですから、もう一手、捻ってみましょう:

スグルはマグカップから口を離し、見つめ返す仁綺から目を逸らさずに、続けた。
「…君は、嘘をつくとき、唇を舐める。そんな馬鹿みたいな話が、君にとって嘘じゃないのはどうしてか、僕はいま、考えてるよ」
『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』(10)

こういうのは、現実にはよくある事象なんですが、小説で展開させるのは、難しいですね…私の場合、ここまでにスグルを「そういうことに気づいても黙ってそうな人」にしないといけなくて、これがまた私の懊悩を深めましたね…。(ここはすごくスグルっぽくて、好きな場面。ここでやっとスグルがスグルらしくなったかも…)

いいえ、だからこそ、挑戦しがいがあるとも言えます。神は細部に宿る! ここまでくると、心境としては伝統工芸品の職人に近いです。そうですとも、私は黙説職人です。きっと。

では、やっと…辿り着きました、1.のパターンの最後、読み手が真実を知らない「暗号」…。

これは…『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』の核心部分にかなり近いので紹介が躊躇われますが、たったいま告白したように、この作品のそもそものテーマが「黙秘・嘘・暗号」ですからね、ここで紹介しないでどこで紹介するというのでしょう、バレても読み応えが何故か変わらないのがコンニチワールドの売り、ええ、ネタバレ覚悟で、引用します:

「(…)幣原・《エヴゲニー》・恭二は、裏切者や逃亡者を『狩る』のが得意な、極秘の死刑執行人だった。『豚を挙げる』のが専門の《エヴゲニー》は、衛星情報強奪事件の時には大人しく、日本のために機密を取り戻したが、本当のところトロイの木馬よろしく、切り札になる二重スパイとして、ロシアから送り込まれてた」

「『とんかつ屋だった』のくだりも、私は大好き」
『砂漠、薔薇、硝子、楽園、 』(28)

そう、比喩は、嘘ではないんですね。さりげなく予告すると、シリーズ次回のお題は比喩を考えていますが、比喩は暗号という側面で、黙説との境界領域を持っています。

長くなってきました。なかなか味のある分野ですから仕方ない、1.の例が出揃ったここで、講を分けましょう。

ご紹介の1.の「黙秘・嘘・暗号」はどれも、「《無知の知》の瞬間」を演出する、とっても素敵な装置です。皆さまにおかれましてはここでご一服、今まで書いた物語、今まで読んだ物語のありとあらゆる「黙秘・嘘・暗号」を、味わい直してみてください。


お話を書くのが、大好きです。


次回、「黙秘・嘘・暗号」、こっちこそが真骨頂?! 2.読み手が真実を知っている「黙秘・嘘・暗号」、お楽しみに!


※【番宣】コンニチワールド全開!黙秘、嘘、暗号と言えば、このお話:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。