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『劇場版 春を謳う鯨』 / 小松 悠莉 presents 大村鈴香

【合わせて読みたい:これは大村鈴香という複雑なひとの心の奥に悠々と横たわる、訪れる者のない美しい湖、の水面を、みんなでひっそりと覗き込む連載小説、『春を謳う鯨』の、特別企画!劇場版の完成披露試写会で公開の特別映像、キャストインタビュー①小松悠莉さん(大村鈴香役)編です。←長すぎて全部タイトルに入らなかった!! ※わぁい、華やか〜♡なキャスト紹介はこちら、次は西村ちなつさん(ミナガワ役)編です】

(ハンディカム、普段着、古民家カフェで撮影されていて、チャプターでふわっと字幕が入ります→)

教養小説としての『春を謳う鯨』
『春を謳う鯨』は、言うまでもなく、すごく性的な物語なんですけど、どう性的かっていうと、これはこれですごく難しいところがありますよね。鍵と鍵穴って佐竹さんが言って、鈴香が、扉が開いたって答えるシーンがあるんですが、私は、それだ!って思いました。この物語は教養小説的な側面があるんだなって。
鈴香の設定年齢は、人格の面でも性の面でも女性的な円熟の始まる年齢です。複雑な年齢帯ですよね、自分は成長してきたという自信や余裕と、けれどもキャリアも恋愛も友達付き合いも、同じように進めていたら立ち行かなくなるという焦りとがあって。そこに、パートナー選びや産む選択が入ってきて、自分の心を覗き込むと動物的な部分や、合理的な選択に対するプレッシャー、今くらいの自分の年齢の女性に昔抱いていた感情、というように、素直に全部吐き出したりした日には大変です、もう、ぐちゃぐちゃになってきちゃう(笑)。
鈴香はそういうのを全部飲み込んで、黙々と、淡々と、でもずっと、ゆるやかな坂道を登りつづけてる人なんですよね。進むと、鈴香を取り巻く視界はちょっと高くなって、けど相変わらず目の前にはゆるい坂道がずっと続いていて、鈴香はまた登っていく。そんな作品だと思いました。瀧仲監督もそこにはすごくこだわってて、出来事があるたびに、前後で鈴香がどう変わるのか、意識してほしいと言われましたし、私自身も意識して演じました。
ふわふわしていて、定まらなくて、捉え所のない鈴香が、捉え所がないままなのになぜか…最後にはなんだか、吹っ切れたように見えるように、演技の上では場面ごとに表情を少しずつ変えるよう、工夫しました。

カタルシス
坂道って言ってすぐなんですけど(笑)鈴香は自分の心のごちゃごちゃぐちゃぐちゃに対して、びっくりするほどフラットで、生活している自分を切り離して「ふーん」って感じで生きてもいて。それってすごく、普通の人間には不思議に見えますよね。色んなことに対して普通の感覚があるのに、それがまるで対岸の火事みたいで、こっちの、何も起きていない岸に立って、対岸の火事を無表情に眺めているような、飄々としたところがある。鈴香らしさなんだろうな。ただ、そんな鈴香でもふと、あすこで焼けてるのは本当は自分なんだ、みたいな、傷ついている自分、悩んでいる自分に気づくというか、そういう、もういっぱいいっぱいに渾然一体になって本当はそこにある、素直だけど複雑な痛みが滲み出るときがあって、そんなとき鈴香より早くその痛みに気付いて、そっと支えてくれる人たちがいる。それがこの作品の隠れたカタルシスになってるんじゃないでしょうか。

鈴香というメッセージ
皆さん色々お考えはあると思うんですけど、私は劇場版を観てくださる人たちには、一人で生きてていいんだよっていうエールを感じて欲しいかな。一人じゃないよっていうのはたぶん、違って…役として鈴香がメッセージを持っているとすれば、「一人でもいい」だと思うんです。麗が、どうして自分のことを尋ねないのかと鈴香に尋ねる場面で、鈴香は「どんな人ですかって訊いて、こんな人ですって答えるような人の話、信じられる?」と言い返します。私にはこの台詞、鈴香を表しているように見えました。鈴香は恋人全員に嘘をついていて、それでも、というかそれによって、自分の生活がうまく回っていることに対する、なんていうか虚無感みたいなものを抱えていますよね。それは鈴香自身の恋人たちに対する視線にもたぶん反映されていて、鈴香は恋人たちを、愛し合う人たちが普通そうするような仕方では、信用していません。
鈴香といると不思議な気分になるって、どういう感じなのかなって…私、やっぱり鈴香がわかりにくい人だから、自分なりに考えたんですね。鈴香といる時って、鈴香も鈴香の恋人も、「誰か」である必要がないんですね。「私」と「あなた」、「あなた」と「私」であればいい。それって当たり前のようでいて、そういう関係ってなかなか、築けないんじゃないかな。
だって、そういう関係を築くためには、互いが互いにしっかり「他者」でないといけないでしょう。鈴香って、こんなに愛されているのに一人だし、でも翻って、そんなふうに一人だから、愛されてるという面があると思うんです。

鈴香の魅力
だから鈴香の魅力的って、引きつけて離さない魅力じゃないんですよね。タイトルに「鯨」が入っていますけど、気まぐれで波任せな存在がいま、交わらないはずの自分の近くに来て自分と戯れようとしている、そういう高揚感を感じさせる部分が鈴香にはあって、つい、普段なら「人間」には抱かないような感情を抱く。とても、崇高な、優しい感情です。
善良なんですね、鈴香って。悪い子なんですが(笑)騙したいとか裏切るのが好きとか、そういう悪への標榜がなくて、すごく、なんていうか善良で、悪意がない。善良な人のそれのようにというより、花のような善良さです。よく見せたいとか、いいことをしたいとかではなくて、ただ、悪意がない。そういう人って、存在自体が一種の供与になる人なんでしょうね。映画でも原作を踏襲して、佐竹さんが返報性の法則について印象的に語る場面がありますが、いるだけでいろんな物や気持ちが贈られる、それって、鈴香がそこにいることでしか生まれない、例えばさっき言ったみたいな、優しくて崇高な感情への、返礼なんだろうなって。
鈴香のパートナーはみんな、魅力的です。そんな、バラバラに魅力的な人たちがどうして鈴香を好きになるんだろう、というところに答えを出せたかどうか。それが私には、重要ですね。

役作り
鈴香は、性的なメッセージをはっきりと出していないタイプの、大人な色気があるんだろうなって思って、演技では細かいところに力を入れました。メイクさんも、映らないようなところまでセットにこだわってくれてます。私と全然違って(笑)寡黙な人なので、話を聞いている時の呼吸とか瞬きとか姿勢とか、指先とか…それ以外にも、瀧仲監督の勧めで、傾聴のレッスンを受けに行きましたね。行く前はピンとこなかったんですが、行ったあとカメラテストしてもらって、そっか鈴香は黙っているように見えて全然黙ってないんだ、なんて饒舌な人だろうって、あ、自画自賛じゃなくて鈴香の役割について理解が深まったって言いんたいんですよ(笑)!…なんて…しっとりと黙ることのできる人なんだろう、そりゃ好きになるよって、思いましたね…
あとは…そうだ、服を着てるシーンなんですが、実は下着にすごくセクシーな下着を着ていたりするんです(笑)。その下着みたいに、鈴香の秘密って、隠されてるというよりはただ、他の人に見せるものじゃないから、見えなくなってる感じがして…鈴香っぽさが出てるシーンはもしかしたら…もしかするかも(笑)
主演は…初めてで、すごく緊張しました。皆さんに親身に支えていただいて、私ももっと経験を積んで、早く、他の誰かをこんなふうに支えられるような俳優になりたいって、思いました。

はい。ありがとうございました。


次回、西村ちなつさん(ミナガワ)
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③柳居桔平さん(楢崎)
④崔真央人さん(佐竹)
⑤千住光太郎さん(麗)
⑥伊月陣さん(奏太)&成田穂乃さん(倉沢)
⑦瀧仲安嗣さん(監督)

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。