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王さまとたね 5/8

「しっかりつかまっておいで。落ちたら大変だよ!」
  たねは、とつぜんのことに、びっくりするやら、おそろしいやら、声もでません。目をつぶって、必死にさかなにしがみつくばかりです。
「目をあけてよ。島も、海も、みわたせるよ。」
  たねは、おそるおそる、目をあけました。
  いったいどれほど、のぼってきたというのでしょう。さっき、たねにはあんなにおおきかったお城が、たねと同じくらい、ちいさくなっています。みわたすとそこには、あおくすきとおった海が、ひろがっています。はしのほうまで、ぜんぶ、海です。太陽の光が、きらきら、きらきら、海の波にあたって、まぶしいほどです。真下のちいさな島のほかには、なにもありません。なんと、おおきな海でしょう。なんと、ちいさな島でしょう。そして、なんと、うつくしい風景でしょう。たねは、はじめてみる景色に、息をのんでみとれました。
「連れてくるのは、君がはじめてだ。さっき、おこらせてしまったみたいだから、おわびのしるしさ。どうだい。もうおこってないかい。もう、かなしくはないかい。」
「うん……。うん……。」
  たねは、うなずくばかり。さかなは、ゆったりと、空の高みをただよいながら、
「ぼくのおとうさんはね。」
と、静かに話しはじめました。
「ぼくのおとうさんは、あの海の向こうへ、ぼうけんに行っているんだ。おとうさんが島を出たのはずっとずっと前なんだけれど、ぜんぜん帰ってこない。どうしてだろう。ぼくは、ずっと、おとうさんをまちながら、考えた。『おとうさんは、まだ、ぼうけんを終えていないのかもしれない。それほど、海の向こうがわには、おおきな世界がひろがっているのかもしれない。』それからこうも考えた。『海の向こうがわの世界は、島にもどるのを忘れるほどに楽しくって、だからおとうさんは、なかなか帰ってこないのかもしれない。』」
「……。」
  たねは、なんとこたえたらいいのかわからずに、だまっていました。
「ぼくはね、だから、おとうさんをさがしに、旅に出ようと思っている。」
「えっ。」
  たねがおどろいて声を出したので、さかなはくすりとわらいました。
「ははっ。きみはびっくりするんだね。でもね、考えてもごらんよ。ぼくが飛べるのは、どうしてさ? この海を、こえるためなんじゃないのかい。」
「でも、こんなにひろい、おおきな海で、きみはひとりぼっち。迷ってもきっと、だれも助けてくれないよ。」
「だったらなおさらだろ。だって、きみが言うとおりなら、おとうさんはいま、ひとりぼっちで、迷っているのに、だれにも助けてもらえないんだよ。」
「あっ、そうか。でも……。」
「ふふふ。きみは考えすぎていけないね! おとうさんは元気さ。そんな心配はいらないくらい、つよいさかななんだから。」
「……。」
「ねえきみ、いままで、ぼくは、王さまやランプがさびしがるといやだから、ずっと決められないでいた。けれど、いまはきみがいる。あのふたりも、きみがいれば、さびしく思わずに待っていてくれるだろう。」
  風がつよくなってきました。たねは、さかなの鼻のあたまにしがみつきました。
「風が出てきたね。そろそろおりなくちゃ!」
と、さかなの明るい声。
「ほら、野原でランプがひかっている。あのじいさんは、ぼくらをみつけたようだ。」
  さかなは空からおりるとちゅうに、たねにささやきかけました。
「そうそう、旅の話は、まだひみつだよ。王さまもランプも、びっくりして止めようとするにちがいないんだ。それはうれしいけど、決めた心がにぶってしまう。ぼくはある日、手紙をのこして、ひょいと旅に出たいんだ。」

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。