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王さまとたね 3/8

「ぼくは、たんすとかべのあいだに、かくれていたんだ。」
「どうしてかくれていたのさ。こんな天気のいい日に!」
と、ふしぎそうな目つきのさかなに、こうこたえます。
「ぼくは、たねのままでいたい。おひさまの光をあびたり、水にふれたりしたら、芽が出てしまうかもしれないだろう。だから、かくれていたんだ。」
「たねなのだから、成長してこそだろう。」
  ランプは、首をひねりました。
「そんなことないよ。ぼくは、たねのままでいたいんだ。」
  たねは、かすかに、ぶるっと、ふるえます。
「ぼくはじぶんが、なんのたねなのかを、知らないんだよ。でも、こんなにちいさくて、こんなにひょろひょろしてるだろ。だから、きっと雑草のたねだと思うんだよ。きれいな花も咲かせられないし、大きな木にだってならないはずだ。そんなことなら、たねのままでいようと、決心したんだ。太陽や水に気をつければ、ちょっとくらいは動けるし、なにより、雑草になってばかにされることもない。」
  これを聞いて王さまは、
「そんなことないよ。たねのまんまじゃ、もったいない。」
と、言いましたが、たねは、聞こうともしません。
「みんなはたねじゃないから、わからないんだ。くらいくらい土のなかで、ぼくはいったいどれくらいいればいいんだい。土のなかで、ぼくはひとりぼっち。もしかしたら、土から出れずに死んでしまうかもしれないじゃないか。」
  みんなは、それぞれに、たねをはげましました。
「きみがなんのたねなのかは、ものしりのわしにもわからんなあ。だがね、自分がなにに育つのか、わからないからといって、立ち止まるわけにはいかないんじゃよ。だれだって、おそれや、くるしみを、のりこえながら、よりおおきく育っていくんじゃからのう。たねのままでは、いつかひからびて死んでしまう。」
と、ランプ。
「ちいさいからってなんだい。育たなかったらきみは、いつまでたっても、よわよわしいたねのままじゃないか。」
と、さかな。
「ぼくらがそばにいるよ。お城の中庭ならどうだい。土のなかでもさびしくないように、ぼくらがまいにち、話しかけるよ。」
と、王さま。
  でも、たねは聞こうともせず、ぷるぷる、ふるふる、からだをふるわせるばかりです。
「ぼくは、はげまされたくて、話しかけたんじゃないよ。守ってもらいたいからでもない。ひとりきりではさびしいから、話しかけたんだ。きみたちなら、ぼくの気持ちをわかってくれると思ったのに。」
  たねはそう言って、おこってしまいました。
「だれかと話したいと思ったぼくが、ばかだった。」
  すると、その時です。
「あっ。」
  まどからはいってきた風に、たねが吹かれて、どこかへ飛んでいってしまったのです。ただでさえ、ちいさなたねです。いっしゅんのことだったので、たねがどこへとばされたのか、だれにもわかりません。
「大変だ。」
  王さまは、青くなりました。
「このへんにはぼくらしか、住んでいない。だから、ぼくらがみつけなくっちゃ、あの子は、また、ずっとひとりぼっちになってしまうよ。」
「でも、まどのそとは地面だし、そのうちに育って、ぼくらはかんたんにみつけられるんじゃないかな。」
と、さかなはのんきに言いましたが、王さまは首を横にふって、反対しました。
「だってたねは、成長したくないって、言っていたよ。だから、いまは地面から守ってあげなくっちゃ。それに、成長しても、しなくても、いいじゃないか。ぼくらはもう友だちなんだよ。もういちど会って、なかなおりしようよ。」
「ランプはどうなのさ。ぼくは、まてばいいとおもうんだけどなあ。」
  さかなはゆっくり、ランプのまわりをとんで、めぐりました。
「わしは、王さまにさんせいじゃ。たねが、自分でそうと決めるまでは、成長しないように守ってあげるのも、友のつとめだろうて。」
  みんなはお城のそとへ出て、たねをさがしました。

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。