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王さまとたね 7/8

  みんなはたねを、中庭にうめました。まいにち、おはようからおやすみまで、中庭ですごしました。雨の日も、風の日も、中庭ですごしました。たねの声も、けはいもしませんが、みんなはたねに聞こえるように、おおきな声で話すのでした。
  ランプは地下へ向かって本を読んで聞かせました。土のなかからはなにも聞こえません。
  王さまは土の中の様子をたずねました。たねは、うんとも、すんとも、言いません。
  さかなは天気を教えたり、歌をうたったりしました。ちっとも、たねのこたえはありません。
  それでも、みんなはまるでたねがまざっているみたいに、おしゃべりしました。
ある日は、みんなで中庭でキャンプをしました。
  ランプは、たねが土のなかで、地上めざして戦っている夢をみました。
  さかなは、たねがすっかり成長して、おおきな花を咲かせている夢をみました。
  王さまは? 王さまは、テントのなかで、みんなでたねをまっている夢をみました。起きているときそっくりの夢をみるなんて、王さまは、やっぱりちょっと変わっているみたいですね。
  みんなはまいにち、おはようからおやすみまで、雨の日も風の日も、中庭でたねを待ちました。どれくらい月日がすぎたでしょう。みんな、口には出さないけれど、心配になってきたころのこと。ある日ついに、たねのいる土のなかから、緑の芽が出てきました。
「おはよう、みんな!」
  たねの声です! 低く、おおきくなって、おとなびた声です。
「おはよう、たね!」
  みんなはおおよろこびで、たねのあいさつにこたえました。
「みんな、ありがとう。ぼくは土のなかで、みんなの話を、まいにち、聞いていたよ。さけんでも、さけんでも、声がとどかなかったのに、みんなはぼくをまってくれた。ありがとう。」
  みんなは緑の芽を囲んで、おどったり、歌ったりしました。みんなで声を合わせて歌えるなんて、なんとすばらしいことでしょう。声をかければ、声がかえってくるなんて、なんと、すばらしいことでしょう。
「ねえ、ぼくはみんなに、言わなけりゃならないことがある。」
  たねがふいに話を切り出したので、
「なんだい?」
と、王さまはたずねました。
「ぼくはもうそろそろ、みんなと話せなくなるだろう。」
「なんだって!」
と、ランプはがしゃんと体をゆすります。
「うん。それがね……だんだん、みんなの声が聞こえなくなってきているんだ。ぼくは育つにつれて、ほかの植物みたいに、だんまり、風にそよぐことになるだろう。」
  さかなは、芽の上を、ふわり、ゆらりとめぐって、
「どうしてだい? どうしてさ? ぼくたちはもうおしゃべりできなくなっちゃうってのかい。」
と、かなしげにいいました。
「そうじゃないよ。」
  たねの声は、静かで、おちついています。
「きみたちと、植物とは、ことばがちがうみたいなんだ。地中にいるときは、はっきりききとれたのに、土の上に出てきたら、きみたちの声がちいさく、とおくなってきた。おひさまがあたればあたるほど、とおくなる。」
「聞こえなくなったって、見えるんだから、同じだよ。ぼくたちは、いつもきみといっしょにいるよ。」
と、王さまは声をおおきくして言いました。たねは、みるみるちいさくなる声で、こう話しました。
「王さま。ぼくはね、代わりに、色んな声が聞こえる。その声はどんどん、おおきく、ちかくなってきたよ。風の声がする。はじめまして、って、言っている。お城の声がする。がんばったね、って、言っている。おひさまが、これからよろしくね、って、言っている。雲の声まで聞こえてくる。海の向こうでは雨がふっている、って、言っている。ねえ、ほかにもたくさん音がする。土を伝わって、王さまの胸のときめきが聞こえるよ。」
  みんなは耳をすまして、ちゅういぶかく聞きましたが、聞こえてくるのは、たねの声だけです。芽の上の宙に浮いている、さかなのうろこが、きらりと、にじ色にひかりました。
「ああ。そうか、そうだったのか。ほかの草花の声もしてきた。話しかけている。たねだった時には、ぜんぜん聞こえなかったのに。ぼくに、話しかけているよ。みんなみんな、きみを待っていたよ、って、わらいかけている。」
  中庭は、しんと、静まり返っています。
「ありがとう、王さま。ありがとう、さかな。ありがとう、ランプ。ぼくはぜんぜんさびしくない。ぼくはこれからどんどん育つだろう。ぼくは、みんなと一緒だ。みんながこの島のどこにいても、みんなを感じられる。ぼくはみんなといっしょに……。」
  声はどんどんちいさくなり、ついには聞きとれないほどになってしまいました。
「……さかな、……。」
  空とぶさかなは芽の真上で耳をそばだてました。
「雲が……きみのおとうさんは、まだぼうけんちゅうだって。ぼうけんしながら、きみへのおみやげを、さがしているんだって、雲は言っているよ……。」
  お城の中庭はこんどこそほんとうに、しずまりかえりました。もう、なにも聞こえませんでした。
「さいごに、なんて言ったんだい。」
と、しゃがんだままずいぶんたってから、王さまがさかなにききました。
「みんなによろしく、って。みんな、どうか元気で、って、言っていたよ!」
  さかなはひらりとまいあがり、すうっと、また芽の上におりてきました。
  みんなは、日が暮れるまで、芽のまわりを囲んで、だまっていました。

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。