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【創作寓話】居心地の良い喫茶店

あるところに居心地の良い喫茶店がありました。

地域の人に愛され、たまに県外から聞きつけたツウな方が来店されたりして、その店に集う人々の癒しとなり潤いとなっていました。

マスターの淹れるコーヒーはどれも美味しくて、「こんなコーヒーが飲みたいのですが…」と相談すれば、そのお客様に1番合う珈琲を提案してくれます。

いつも来てくださるお客様の好みも、誰に頼まれたわけでもなく把握しています。酸味控えめがお好きな方、苦味深煎りがお好きな方…、そうそういつもカフェオレをオーダーするあの方は、少し牛乳多めで、しかもぬるめがお好きだったな…

日替わりケーキも人気です。マスターが手作りするタルト7種類の中から1つ、またはハーフサイズのものを2つお選びいただけます。季節の果物を使った季節のフルーツタルトは、ケーキ好きのお客様がみんな楽しみにしているメニューです。

ここは古くからやっている喫茶店です。私のおじいちゃんは学生時代におばあちゃんとよく来てたんだよ、と話してくれたことがあります。

私は大人になって結婚し、この街を出ました。たまに子どもをつれて帰ってきます。その時にはよく寄っていて、マスターも「あの時の子あ大きくなったね」と嬉しそうに話しかけてくれたこともありました。

この店は相変わらず居心地が良いです。
いつもいるどこかのおじいちゃんは、今日も新聞を読んでいます。ママ友さんグループも秘密の隠れ家みたいにして、身を潜めて周りに迷惑がかからないようにする学生時代の時みたいなおしゃべりが止まりません。
勉強する学生さん、読書するお姉さん、ひたすらスマホに興じるおじさん、真面目な話で議論する若者たち、珈琲についてマスターに相談するマダム…

そのお店では、お客様はそれぞれ自由に過ごし、それぞれがそのお店との関係を深め、それぞれが決して邪魔することなく、かといって過度に仲良くすることもなく、居心地の良い空間を保っていました。いつもと変わらぬ風景です。


ある時、マスターのファンだという方が来店されました。

その人は喫茶店が大好きな人で、一度来たこのお店のマスターの作る珈琲のトリコになり、ドリンクからフード、ケーキ類を1日数種類飲食して、いつか全部制覇するのが夢だ言っていました。
その人は来店して以来、毎日来ては一日中ずっとそのお店に居続けました。

数日過ごした後全部制覇するという夢はあっさり達成され、2周目、3周目…もうありとあらゆる組み合わせでも全て飲食し尽くしました。

その人はお店に来ていたとあるお客様に話しかけ、仲良くなりました。
また数日後、今度は自分の友達を連れてきました。
さらに数日後、今度は別の友達を連れてきました。

その人はとにかく定休日以外は毎日一日中その喫茶店にいるようになり、そのお店の主(ヌシ)のようになりました。


数年ぶりに帰省した私は、あのお店に行ってみました。すると…なにやら以前と様子が違います。

いや、マスターはいつも通りです。お店の内装も一歳変わっていないし、コーヒーやケーキの味もそのまま。

ただ、変わったことといえば、そのお店のマスターの目の前には、あの人とあの人の友達が陣取っているということ。

ふと見ると、いつもあの時間に来ていたあのお客様が見当たりません。
体調が悪いのかな…少し心配です。
でも今日はたまたま来てないだけかな…。

でも気がつけば、あの方もあの方も…
どうしたんだろう。今日は何か街で行事があったのだろうか。

久しぶりに来たから状況がわかりません。

注文したものが目の前に運ばれてきました。

クリームが別添えの大好きなウィンナー珈琲。
今日のケーキはかぼちゃのタルトにしました。
相変わらず、美味しい。変わらない美味しさ。
ゆっくりしよう。ゆっくり味わって…前みたいにボーッとしy…

その時です!
マスターの前にいるあの主さんとそのお仲間さんたちがヒソヒソと話したかと思ったら、くすくすと笑いました。そのヒソヒソ話しはしばらく続き、「だよね?マスター!」「…ええ、そうですね、◯◯さん」「ハハハハ」と盛り上がっています。

…お店の空気が、以前と違うことに気がつきました。

主さんのグループの中の1人が言いました。
「マスターこの間のあれ、ありがとうございました。SNSにも載せました。あとこの間のアレとあれも…。」「俺、マスターに会いたすぎて定休日にキッチンカーを出しているときも行ってるんだ!」「えー!ずるい、私も行きたいからそういう情報欠かさず教えてくださいよ」「大丈夫、そういうのマスター得意じゃないから、聞いたら僕が逐一情報をSNSにアップしますから」「やったー!」

(…え?定休日のキッチンカーにまで行ってるの?マスター少し気分転換したいんじゃ…?)

「ねえ!どうですか!?ここの珈琲。おいしいでしょう?マスター自慢の珈琲」

あまりに突然のことで、主さんが私に話しかけていることに気づきませんでした。
「聞いてます?無視しないでもらえます???」と主さん。

あ…私?私…なんだ。
私に話しかけているんだ。
ようやく理解できました「…あ、ハイ。そ…うですね」と答えるのに精一杯。

「なああんだ!もう。ノリ悪いなあ!!おいしいでしょう?ここはね、昔からこの街でやってる珈琲店なんですよ。お客さん、見かけませんね、初めていらっしゃいました?このお店のことならなんでも私たちに聞いてください」

驚きすぎて「…あ、ハイ」と返事するがやっとでした。

この店が昔からやっていて良い店だなんて…

そんなの、わたし知ってる。

あなたが来る前から
あなた達が来るずっと前から

知ってる!!!

叫びたくなりました。

このお店は前と何にも変わってない、味も、内装も、マスターも

ただ…居心地だけ、違う…

居心地のよかった、自分だけの居場所が無くなってしまったようで
悲しくて、コーヒーもケーキも味がなくなってしまったようでした。

元気をなくしたまま会計をしようとすると、「そんなに辛気臭くなるなら来なきゃいいのにー」と聞こえました。

…え?私に言ってる?

「そうだよね、ここは楽しみたい人だけ来たらいいのに」「本当それ」

ああ。もう…私、このお店に来ちゃダメなのか…

というより、来たくない。

あんなに大好きだった場所なのに
来たく…無い…

そうか。私がまた、居心地の良い喫茶店を探しさえすれば良いことなんだ
別の場所を、探して…探せば…

え?

…本当にそうなのかな

来たい人が来たい時に来て、話したい人は話し
静かにしたい人は静かにする
お互いの距離や感情を邪魔しない空間があったはずなのに、今はそれがなくて

私にとってかたちの無い故郷みたいな存在だったのに
その居場所が、なくなってしまった。

今日もマスターは変わらず美味しいコーヒーを淹れ、あのお店に集う人は今日も楽しく過ごすでしょう。

私は、私があのお店のことを消化できるようになるまで、私はあの穏やかで静かな楽しかった日々を懐かしんでいます。

懐かしんで、あの時は良かったと思いを馳せることくらい、自由にさせてほしい。
自分が消化できるまで。

それは、外野が決めることではないのです。
私の感情は私のもの。
あなたの感情はあなたのもの。
自分以外が自分の感情をコントロールしてはいけないのです。
たとえ自分であっても、自分の気持ちに蓋をして嘘をついてはいけない。

居心地の良かった喫茶店は、いまは別の誰かの居心地の良い喫茶店になりました。とさ。


っていう寓話です。

無意識に人を傷つけることがあるから、私は、
わたしは、気をつけようと、思いました。
そして自分が傷ついた、ということにも向き合おう
相手から攻撃された時に、自分の考えが間違ってるんだ、と必要以上に思わないようにしようとも思いました。

悪口と批評が棲み分けられる世界
そして何がなんでも全員と仲良くしなくちゃいけない「仲良し病」が撲滅する世界が訪れますように。
至るところに、居心地の良い「公共圏」が存在しますように。

註) ヘッダーの写真は実際にあるお店のものです。
大好きなお店で、この話に出てくるような感じではなく
いまでもとても居心地が良く、学生を中心に愛されているお店です。こうありたい。

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