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【小説】『規格外カルテット』9/10の上

 さあどこまでついて来て頂けるかこの階層カオス。
 安心して下さい。上中下×abcの9分割は超えませんよ。

 未読の方はまずこちらから↓

(10回中9回目の上:約2400文字)


9 フェイクホワイトブラウニー


 何か、ちがいはあったか聞かれたけど、正直に言って分からない。ルミちゃんは初めてこうなった時からずっと、いつだって最高だから。
 そう、ってルミちゃんは流そうとしたみたいだけど、
「……こっちは全然ちがったんだけど」
 ってどうしても、口に出さずにいられないみたいに言ってきた。
「何が? どう?」
「言えないわよ。あんたは気付いてもいないのに」
「今まで、よくなかった? ムリ、させてた、の?」
「ちがうっ。そういうんじゃなーいっ」
 気持ちよくセックス出来てしばらくの間は、ルミちゃんが、いつもキレイだけどそれよりもかわいらしくなってくれる感じで、ちょっとうれしい。

 少しでも高そうに見える、コートとかクツとか、家具なんかは、家にあった物ぜーんぶ、売り払って、
 これだけ? ってちょっとガッカリしたけどそれでも、アウトレットでひと通りの動きやすいスポーツブランドはそろえ切れた。海ぞいにあるショッピングモールまでは、ルミちゃんが車を出してくれたんだけど。
 ヘアカット代も出してくれて、「おお。いい感じにさっぱりしたな」って、ほめてくれてからは、近くのごはん屋さんとかカフェとか、お買い物にもちょくちょく連れて行ってくれる。
「次は家だな。物件見付けたら勝手に出て行っちまえ」
「それはまだ時間がかかりそうだよ」
「2、3ヶ月くらいムダに家賃だけ、親父の口座から引かれてんだ。小気味良いじゃないか」
「それはさすがにルール違反なような」
「ルールも何も。あんたを追い出した時点でゲームになってない、ってか初めからゲームじゃないんだよ」
 ルミちゃんは、ビアンだけど、時々男っぽいしゃべり方にはなるけど男になりたいってわけじゃないから、体型には気を使っているし元から美人だけどメイクも上手だし、並んで歩いてたら付き合ってるみたいに、見えるんじゃないかな、だったらもう、付き合ってることにしちゃってもいいんじゃないかなって、思ってはいるんだけど軽い冗談みたいな感じには、口に出せないでいる。
 自分を何て呼んで、どんな話し方していったらいいのかは、まだちょっと、よく分からない。
 悩みながらしゃべるから、口数が少なくなってきた気はするけど、ずっとしゃべり続けていなくたってルミちゃんは、ここまでの流れを知っているから、
「何にも、起きないね」
 んー? って、それ以上何を話さなくてもかまわないみたいな、相づちをくれる。
 アウトレットを回り終えて入ったカフェの、テラス席から見えていたのは一面の海で、ちょうど夕日がしずんでいって空も海も、どんどん赤くなっていく時間帯で、ああ一日が終わるんだな、って思ったら、このところ何にも起きないなって。
「歩いてるとこ指さされて、クスクス笑われたり、ニヤつかれたり、キモいって聞こえた方にわざわざにっこり手をふってあげて、キャーでもギャーでも、イヤーでも、何かしら叫ばれながら逃げられる、みたいな」
 ああ、ってルミちゃんは、おかしそうに笑ってくれていた。
「だろうね」
「自分でわざわざ選んでた、ってことかなぁ」
 まちがえないで欲しいのは、自分でも、まちがえないでいたいのは、自分で心からそう思って、口にしたわけじゃないってこと。
「甘えとか、怠けとか、そういった愚かな気持ちを捨て切れなくて、自分でわざわざフツウじゃないやり方を、選んでいるんだ、お前は自らそうしたものを選んでしまう、ダメな人間なんだって、怒られたり呆れられたりしてきたからまだちょっと、自信無いや」
 見えている方の空が赤くて、ただキレイなだけじゃなくて、背中の方はどんどん暗くなっているんだなって、見えていなくても感じ取りながらのキレイさで、こんな中だったら暗いとこも、少しは見せてもいいのかなって、そう思えたからつい口にしただけで。
「ねぇルミちゃんは、どう思う? そういうのって、その通りなのかなって」
「思わないよ」
「本当?」
 ってふり向いて見たルミちゃんも、
「ああ。こっちだって選んじゃいないからね」
 赤い方の空に目を向けたまま、でも泣いていた。
「選びようがないんだ。こっちには、それしかないんだよ。そういうの、知らないんだったら分からないで済まし切れたんだったら、せめてこっちの側もフツウだって、思っといてくれないかな」
 目にするまで気付かなかったくらい、音も立てずに涙を落としているルミちゃんも、やわらかい赤に色付いてキレイだったけどもちろん、ただキレイなだけじゃなくて。
「勝手に、見下してくれんなよ」
「ルミちゃん」
 ごめんね、って言いたかったけど、それを言ったらルミちゃんを、余計に泣かせてしまいそうな気がしたから、テーブルの下で並んでいたヒザに手のひらをのせた。
「大好きだよ」
「それ」
 うつむいて顔はそらされたけど、キレイな指の先は向けられた。
「え?」
「ものすっごく、増えた。普段から。5倍10倍じゃきかないくらい」
「あ」
「伝えてるようであんた、伝え切れてなかったんだよ今まで。だけど、それって何も、好き好んで選んじゃいないでしょ? そこを責めてやるのは酷、って言うか、筋が通らないと思わない?」
 言われて内側の差を感じ取って、わ、てどこか他人の話みたいにおどろいていた。
 本当だ。ものすっごく広がってる。取り出して見せられるようなものだったら、きっと、このカラダなんか突き破って、今見えている海の向こうまで全部包み込む。
「何私達、別れ話の真っ最中?」
 言われて「本当だ」ってつい、笑っちゃった。
 テラス席で二人して、海の方ばっかり向いたまま、音も立てずに泣いているんだから周りを歩いてく中で目に入っている人たちからは、きっとそんなふうにしか見えていない。だけど、本当なんだ。

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