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【小説】『規格外カルテット』9/10の中のc

 答え合わせ回:みる編。

(10回中9回目の中のc:約1700文字)


 気が付いたことなんだけど、ルミちゃんのこと考えてる間もほとんど、何にも気になってない。
 しかも気にならない、の感じに深さが違う。真っ白の毛皮着ている間は、頭の中バラッバラで、動けないからもう何だっていいやって感じだけど、こないだからはルミちゃんがどう思うかどんな顔してくれるかばっかり気になって、他の何もかも気にしていられないやって。
 あれ。そしたらこんな毛皮もういらないんじゃない? ってぼんやり気付きながら施設を出たその外は、夜で暗くて、作ってきたチョコレート入りの紙バッグ持ってルミちゃんの家に向かっていると、道沿いを明るく照らしていたカフェの窓の、その内側に座っている人が目の端に映った。
「み」
 自分史上ベストくらいに少ないステップで、横の歩道通りすぎて、駐車場に面した角にへばり付いてそっちの窓から中をのぞくと、逆サイド端ぎわの席に、顔見なくたって分かる今時どこで買えてるのか分からない、パフスリーブのワンピースと、両サイドにたらしたふわふわ茶色のみつあみが見える。
 大丈夫。知ってます。だってハチスカさんが担当になってから、施設の周りを用も済んだのに予約も入れてない日だってのに、ウロウロしちゃっていましたから。最初に見た時のビックリ度にくらべたら、このくらい。
 そしてあの二人ものすっごく目立ってるから。並んで歩いてる時はいつも。自分たちでは気が付いてないみたいだけど。
 片方が黒レザーのレーシングジャケットなのに、もう片方はレトロな小花柄ワンピースで、兄妹、ではなさそうですけどもしかして、カップルですか? 何がきっかけでどこに接点があったんですか? って行く先々で妙に人の好奇心をそそって、火であおるみたいになっちゃってるから。
 そして本日はバレンタインデー、ということは、何だかイヤな予感がします。
 窓から見えていた肩と、腕に沿って目を下ろしたテーブルには、「絶対にそれじゃないよ!」って飛び込んで行って教えたくなる、ぺらっぺらの包装紙が置かれていた。
 何っ……、考えてんのあの子ぉ? すみませんっ! すみませんハチスカさんっ! 妹は、ちょっと世間知らずというかっ、いやそもそもウチの一家がそろいもそろって、浮世から外れちゃってるっていうかっ!
 カラカラン、って音がして駐車場に面したドアが開いた。ここで慌てて動いちゃうとせっかく夜で見えにくいのに、余計に目立っちゃうから、自分はずっとここに置いてある、犬のオブジェみたいな気持ちでいる。エンジン音がして走り去ったのは真っ黒なバイクで、黒のレーシングジャケットが一人きりだ。
 これはもうついに、フラれちゃったかな? 泣き出したりしないかなあの子、とまた首を伸ばして中を見たら、本読みながらゆったりとポットサービスのお茶のんでる。どういうこと、ねぇどういうこと? もう乗り込んでって話聞き出しちゃってもいい?
 双子だからお互いに気持ちが分かるなんて言わないよ。
 だって、あの子は別の人間だよ。同じ日に、同じ家に生まれて、顔のパーツや髪の色はどこかしら似ているかもしれないけど、性別もちがうし、頭の中だって同じじゃない。同じだって思い込んだ方が周りはラクなのかも知れないけど、絶対に。
 だから、今スッと分かった気になったのは、何も心が通じたとかじゃなくて本当は、誰もが良く分かっているはずのことだからさ。

 チョコレートなんて付け足しでしょ?

 そう思ったら、足が勝手にルミちゃんちの方に走り出していた。だって、今日は会いに行かなきゃ。行くって決めてたけど少しでも早く。他の誰かの色んなことなんか放っといて。
 手作りじゃなくたって、高いお金払わなくたって、男からだって犬からだって、国がちがったって肌がちがったって宗教がちがったって、性別が、一緒のようでちがってたってちがってるようで一緒だったって、誰が誰を好きになったって本当は、本当を言えばぜんっぜん何っにも、かまわないんだって、ただ思い出させてくれる日だ。
 思い出して、それで、どれだけ心があったかくなったって、いくら頭ではっきり分かってたって、それをそのまま取り出して、相手に見せるなんて出来ないから。

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