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全裸で接待

「⚪⚪産業様、お待ちしておりました。先方様はもうお見えです」着物姿の仲居さんに恭しく案内され、和個室の扉を開けると、全員、全裸の⚪⚪銀行の面々が微笑んで待ち構えていたとしたら……。

一から説明します。多くの日本企業では、5月~10月までを「クールビズ」期間と定めている。暑い時期のオフィスでの服装を、ネクタイ・ジャケットなしでOKとすることで、企業としては冷房代の削減が叶えられ、勤め人本人の快適さも得られる、という方策だ。

この「クールビズ」という「クール=涼しい」と、「ビズ=ビジネス」を組み合わせた、出来の悪い和製英語みたいな言葉がよくぞ定着したもんだと不思議に思うが、その一方で、どうしたって、定着しなかった言葉も脳裏に浮かんでしまう。そう、「省エネルック」……。キャー、言葉に出すだけで恥ずかしい。

1979年に、第二次オイルショックの影響を受けて大平内閣が提案したという、この省エネルック。個人的には、羽田孜元首相がやたらと固執していた姿をぼんやりと覚えている。サラリーマンが着る、所謂「スーツ」の袖を、暑いからって五分袖に切る、というクレイジーな発想。パリコレモデルが澄まして着用してランウェイを歩く姿を無理矢理に想像するならば、ジル・サンダーの新作か?素敵!とか思えなくもないかもしれないけど、とにかくダサすぎて全く定着せず。南国の首相なんかが、白色・麻素材の五分袖っぽいのを着ている分にはいいのだが、当時の日本のサラリーマンが着ていた「ネズミ色」もしくは「ドブネズミ色」のスーツの袖が五分って、本当にセンスなし。

「半端な袖でもスーツは着ているもんね。ちゃんとしているもんね」という発想をやめ、暑い時期はスーツとネクタイなし(つまり、シャツだけ)で面談や接待に臨んでも、お互い敬意を表していることにしよう、という日本中の合意=つまり、現在のクールビズへの流れが出来てほんと良かったです。

とはいえ、とはいえ、そこは義理堅い日本のサラリーマン。クールビズって言ったって、大事な社外の相手に会う時は、やはりノータイじゃ行けないよ、ということも多い。ということで、いつも通りにネクタイをきちんと締めて行き、オフィスに戻って来た時に、「あー、参った。今日、すげえ暑いぜぇ!」とか言って、ネクタイの結び目をグリグリ左右に動かしてから外す、という、サラリーマンのセクシー行動第一位の姿も度々見られる、という利点も。

そんなクールビスだが、先日、社内に通知された「クールビズのお知らせ」をよくよく読んでみて気付いた。「5月~10月は、ノー上着・ノーネクタイでの執務を可とする」――「ノージャケット」なら分かるのだが、「ノー上着」……。

そういえば、「上着」って何だっけ?と思い、改めて調べてみると、「下着の上に着る衣服」「上下が別々の服の、上の方の服」とある。やっぱね。ってことは、ノー上着=上半身は下着だけでの執務が可ということ?ワイシャツの下には、ダサいから下着はつけないっていう主義の男の人も多いから、そんな人は、上半身は裸で執務可ってこと?

こういう下らないことを考えだすと止まらない同僚同士で話し合ってみたところ、想像通り、話はどんどん脱線。「確かに、ノー上着っていう言い方もおかしいけど、じゃあノー下着は?そもそも、下着着用での執務って義務づけられてるの?」「それは季節関係なく、特に義務づけられてないでしょ。ノーパン不可なんて一回も言われたことないし」「本当にまずいのはノーズボンでしょ」「ノーズボンがもし許されちゃって、その人が元々ノーパン派だったら、丸出しってこと?その上、5月~10月はノー上着OKなんだよ。それって、全裸じゃん。何も着な過ぎ!クール過ぎ!」

しかも、その通知には、更に曖昧な記述が。「周囲に違和感を与えることのないよう、職場にふさわしい服装を心がけること」と。「じゃあさ、例えノーパン、ノーズボンで下半身がスースーしていたとしても、本人が、文字通り涼しく一点の曇りもない顔をしていて、そのあまりの堂々ぶりに、周囲が違和感を感じる隙がなければ、それはもう正しいクールビズってことだよね」「そういうことになるね」

「接待の案内を出す時に、『暑い時期ですので、お互い、ノーネクタイ、ノー上着、ノー下着、ノーズボン、ノーパンでよろしくお願いします』って連絡してみようか!」と私も調子に乗って提案してみたところ、「それ、いい!」と、無責任な同僚たちの賛同を得られた。

しかし、それが実現したら、冒頭の図である。全裸で接待……。あまたの企業の中で、今の気分としては、繊維業者を接待させて頂きたい(衣類着用の上で)。
いつも、おじさんたちのズボンを作ってくれて、パンツを作ってくれて、どうもありがとうございます。

これだけ書いてきてナンですが、どんなに暑くても、ピシッとしたスーツにネクタイをしている方が、どうしたって男の人は格好いいです。

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