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サカイ男子

一頃やたらと「佐川男子」がもてはやされたけれど、所詮あれはスポットで物を移動させるだけの男子。「引越し」という、複雑な一大スペクタクルをハンドルする「サカイ男子」こそ真の男子だ!と、私は大きく声を上げたい。

一から説明します。私は最近引越しをしたのだが、一連のサカイ引越しセンターの振る舞いに「感服」を通り越し「むしろ、ドラマティック!」という感想を持ったのである。
「ベンキョウしまっせ~引越しのサカイ~……ってダサいだろ、ダサいだろ~」と思っていたことにひれ伏したい。ちっともダサくなかった。だからドラマティックだった。

サカイとの接触の一歩は、見積り訪問だ。ホームページに、現住所や氏名、見積り希望日等を記載し送信。するとなんとものの1分程で折り返し電話が来た。「サカイ引越しセンターでございます」と、高齢のおば様が、慇懃かつ平坦な語り口で迫って来る。おば様と見積り訪問日時を決めると、費用は幾らくらいかかるのか、段ボールはどれだけ必要かを見極める為に、サカイ営業男子が、引越し前に実際に部屋まで来て、見積りを立てるのだ。

見積りにやって来たのは、イメージ「執事」といった中年のおじさんだった。グレーの隙のないスーツ、くせっ毛をポマードで押し固め、お洒落眼鏡をかけている。「この部屋でっか!」と、揉み手の商人みたいな人がやって来ると身構えていたのに脱力だ。しかし、片付けようと引っ張り出した荷物と、元からの散らかりが同居し、大層散らかっている部屋に執事と二人きりというのは、とても息苦しい。執事はものすごく腰が低く、「では申し訳ございません、ちょっと座らせて頂きます」と、フローリングに前のめりに正座をすると、「この度はサカイ引越しセンターをご利用頂き、誠にありがとうごさいます」と、やおら米をくれた。

「サカイは米をくれる」この情報は友人から既に得ていた為、これか!といった感じだが、ひとつでも荷物を減らそうとしている者に対して米をくれるというのも考えたらすごいな。執事から恭しく米を受け取る。執事は、自分の膝の上で伝票に何やら色々書き込んで行く。「散らかっていて、すみません」と、つい、いたたまれず口にするも、軽く無視。「いえ、そんなことはありません」と否定しないところも執事のご配慮。

執事は部屋の四隅にささっと目を配ると、「大体こんなところでしょうかね」と見積り額を出して来る。
「うーん……」私は勿体ぶって、もうちょっと安くなりませんかね?と言ってみる。すると執事は、待ってましたとばかりに、「そうでございますね、ちょっと上司に確認します」と、その場で上司に生電話。上司、瞬殺で値下げを快諾。離婚会見での、松居一代の母親への電話と同じくらい、ほんとにかけたのか怪しい疑惑。どちらにせよ、これは膨大な引越しを手掛けているサカイ社内のベンキョウ確認プレイであるな、と確信する。「では、これこれこうで、これくらいにさせて頂きます」と、もう理解不能な程のスピードで電卓をはじき、かなりの値引きを提案してきた。私がちょっと考えていると、「あ、そうでございますね」と、さも今思い付いたように、更に違う角度からの割引を提案。双方合意すると、カバンの中から、ハンディ印刷機のようなものを取り出し、見積書を印刷。引越しマニュアル等々と共に手渡された。

「あの……段ボール、なるべく早く欲しいんですけど」前日にしか準備しないと確信しているくせに、私は執事に切り出してみる。執事は顔色ひとつ変えず「それではワタクシ、近くの営業所に取りに行って参りますので少しお待ち下さい」と言って去り、ものの十分程で山盛りの段ボールを抱えて戻って来た。早すぎません?これも、本当は営業車に積んであったのに、あえて営業所へ取りに行ったプレイでは?との疑惑。でも、実際に汗だくで段ボールを運ぶそのお姿に、「執事さんに、そんなもの運ばせてすいません!」と駆け寄りたくなるのだから、大したもの。

そして、いよいよ引越し当日。朝一番の引越しだった為、0700に彼らはやって来た。0645くらいに電話が来て「すぐ近くまで来ています。担当の小杉源次郎(仮名)と申します!今日はどうぞ宜しくお願いします!」と挨拶も欠かさない。それにしても、「小杉源次郎」って。若い声だったけど、キラキラネームと対極のお名前で好感度大。源次郎たち、建物の前で時間を潰していたのだろう、0700ジャストにピンポンが。
もう次の瞬間からは、何かのショーが始まったのかと思ったね。源次郎率いる計3名のヤング男子たちが、クルクルと一秒も休まずに動く動く。前の晩、孤独に一人、永遠とも思われる段ボール詰めを繰り返していた身の上に、いきなり白馬の王子たちが複数名現れた感じ。なんか泣きそう。

源次郎はその中でも一番線が細かったけれども、さすがにその組の長だけあり、目端がきく。「壁にはきちんと養生致しますからね」と、青いプラスチックを貼って行く。真っ青な作業服、ボンタンズボンの源次郎が「養生」という言葉を使うことの萌え感。なんだか分かんないけど、これたまんねーなと萌えていると、源次郎は次から次に新テクを繰り出す。

「こちらはシューズボックスになってますんで、僕、全部靴をこちらにお入れしていいですか?」「こちら、クローゼットの中のお洋服をハンガーごと全部こちらでお運び出来ます。僕、やりますんで」と、サカイ自慢の引越しアイテムを駆使して、ものすごい速さで物を運んで行く。

ベッドについては解体して運ぶのだが、持参の工具からひょいひょいと何かをチョイスし、軽々と分解。わー格好いい。そして最大の見せ場は、冷蔵庫と洗濯機。傷がつかないようにすっぽりと青い布を被せると、呼吸を整え、ヨイショ!と持ち上げる。源次郎、すげえ……もう何も言えねえ……。挙げ句、洗濯機をどかした後の埃まみれの汚い箇所を、私が雑巾で拭こうとすると、源次郎は手でそれを制した。「何もしないで下さい。ここも僕、拭きますんで、やりますんで」と。源次郎は、床に這いつくばるようにして、掃除までしてくれた。源次郎って私の何なの?という感慨。
極めつけに「僕は今、グレーの靴下を履いていますが、新居では汚さないように黒に履き替えますので」とのこと。パンダ靴下の生着替え、萌える!

「では、新居の方でお待ちしていますんで」そんな源次郎も、旧居→新居への移動につき、私をサカイのトラックに乗せてはくれない。助手席はお預け。しばしのお別れの後、新居前で再び待ち合わせ。それからは黙々と新居に荷物を運び込む。「養生」から始まり、ベッド組み立て、洗濯機、冷蔵庫設置……と、これまたすごい速度で進んで行く。

すべてが終わると、源次郎はなおもこう言うのだ。「10分間サービスというのがございます。これから10分、お力になれることがあれば、何でも致します!」と。その時ちょうど、ブラジャーが擦れて乳首が痒かったので、「掻いてもらえますか?」と言いたかったけれど、カーテンと照明の取り付けをお願いした。

最後に、「すべての品物を運び込んだ証明」として、源次郎のトラックの荷台を確認してくれとのこと。「僕のトラックです!」どや顔の源次郎の視線の先には、輝くサカイのトラックが!「責任者・小杉源次郎」と毛筆体で書かれた札がかかっていて、まぶい。そうか、これがあなたの戦う仕事道具なのね!もう私の心はすっかり源次郎のものだ。

その晩私は、源次郎のFacebookページを探し出すという不気味な行動に出た。そこにいた源次郎は、昼間の源次郎とは別人だった。サンドイッチマンみたいな男子たちと酒場に繰り出しダブルピース!的な源次郎を見て、私はその世界観にガッカリしてしまった。源次郎は何も悪くない。昼間は爽やかに汗を流して働き、夜はサンドイッチマンたちとチンピラ飲みをする……源次郎、すごいリア充なんだと思う。萌え感情は一瞬にして消え去ったが、後日送られてくるはずのアンケートでは、私は源次郎を絶賛する所存。

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