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ぼくらの100日モラトリアム(42/100)


65日前(8月22日・火)

昨日再配達を頼んだ自治体からの出産応援ギフト券が届く。カタログギフト形式のギフトで、50,000pt分を商品と交換できるものだ。
内容をペラペラ見ていくと、Amazonで買おうと思っていたくまさんのベビーバスを発見して小躍りする。
後は搾乳器とかオムツ用ゴミ箱とか、デカめの品で配送の手間を省くのが楽なのかな。というか、搾乳器ってネーミング凄いよな……医療的な正式用語なのだろうが、どうしたって字面の圧が強い。

バスケのW杯が俄にわかに熱を帯びており、私は比江島という選手について調べている。
選手選抜の段階でも、親善試合などでもヤフコメ欄に必ず彼のアンチのようなものが存在している。実際(と、言っても切り抜き)彼のプレーを見ていると、素人目に見えるスーパープレーを連発するタイプではなさそうだ。
八村が自身のキャリアを優先して欠場しているその枠、彼はその枠に滑り込んだだけのラッキープレイヤーなのか? それとも、年長者ということで選ばれた精神的支柱枠なのか? それも違って、技術を評価して選ばれたのか? 現状では、判断がつかない。

その時、ある時、必要以上にいきんだつもりはなかったが、尻に異常を感じる。妊婦はなりやすいというが、まさか、自分が。という絶望感に襲われる。認めたくない。


64日前(8月23日・水)

私のいびきが酷くて眠れなかった、と夫が不機嫌だ。
申し訳ないとは思うが、病院行ったら? と言われても、いびきの治療法なんて手術だし、今手術出来ないし、薬も飲めないのでどうしろと? と思う。夫は何かトラブルがあるとすぐ医者に行く文化圏の人なので、とりあえず様子見文化圏(なんなら親は病院嫌い)の私とはすこぶる相性が悪い。

そんないびきより何より、昨日からじくじくと痛みの引かない尻の方が重症だ。ネットで症状について調べると、それに一度なると手術をしない限り治らない、などと出てきて益々絶望する。
とりあえず医者に行くにも行かないにも、せめてもの対処として、清潔さを保つための大人のおしりふきと、妊婦も使えるステロイドの入っていない塗り薬を買う。

全日休みを取っていたのだけれど、私が家にいるとテレワークの夫が仕事に集中できないようなので、家の近くの喫茶店に移動。そこで、リフォーム先につける表札の選定と日記の編集作業をする。
体勢を変えるたびに尻が痛む。今日は横アリでリモしるLIVEを見るというのに、大丈夫なのか。 移動に片道一時間以上。ライブはスタンディングではなく着席制とのことだが、少なく見積もって二時間。耐えられるのか、私の尻。とはいえ、移動時間だけでも立ったままでいる、という選択はとれないくらいには体は重く、不安定である。

結局、新横浜までの移動は、当初から調べていた最も座れる区間が長そうなルートを選択。尻は痛いだけだが、下手に歩くルートなどをとって体調不良になったら本末転倒。
無事に同行者とも合流し、この日を無事に迎えられたことを称え合う。まあ尻が無事じゃない気がするけど、この際目を瞑ろう。

りもしるLIVEのチケットを見せると割引になります! という看板を出しているイタリアンで腹ごしらえ。入ろうと思っていたファミレスが満席で待ち人数も結構いたのでありがたい。
そこで経産婦の同行者に体や尻の異常を訴えると、当人や知り合いの見地からいろんな事象を教えて貰えて、焦っていたのが少し和らぐ。
結婚も妊娠も人より遅かったけれど、もっと早い内に妊娠出来たら体力的に楽だったのかもしれないけれど、こういう時、まわりの殆どの人は先輩なので、私は最新のTIPSを得ることができるのだった。ありがたい。

店を出たところで、同行者が「記念写真を撮ろう」と提案してくれた。経験上、妊娠中の写真は少ないから、ということで、割引になります!看板の前で写真を撮る。それから、横アリの前でも撮ってもらう。確かに、改まってこういう写真を撮ることはあまりない。
リモしるLIVEの感想は割愛するが、大層良いひと時を過ごせたということだけ記しておく。帰りも、尻の痛みに耐えながら帰宅。

夫は、今日実家に泊まるという。私のいびきがうるさいのと、明日私が在宅勤務だが、夫も在宅勤務をしたく、実家に残っている子供部屋で仕事をするため(うちは二人が満足に在宅勤務で共存できる環境はなく、夜のうちに移動しておけば朝ギリギリまで眠れるもんね)。
私はいつもはつけている空気清浄機を消して、酷いらしいいびきが録音されるか、ポケモンスリープで試そうと思う。


63日前(8月24日・木)

尻の痛みが引かないので、テレワークの合間に病院に電話をかけるもなしのつぶて。妊婦さんなので仕方ないですねー、市販薬で凌いでくださいねーとのこと。
助産師さんからすれば、沢山ある妊婦事象のひとつなのかもしれないが、私は私だけなんだよという気持ちに少しだけなる。

義実家にすきやきに誘われ、なぜこの尻が痛い時に……と思うも、お呼ばれすることにする。
だが義実家に着くなり、義母に「今日は夫と喧嘩してるの」と言われ、内心、なぜそんな時に呼んだしとなるが、うちの親もそういうことするタイプ(喧嘩自体はしたくてしてるわけではないのだろうが)だったわと思い、引いたりはしない。フォローも特にしないけれども。夫は私の生育環境に感謝すべきだと思う。

食後、夫の子供部屋でザ・ノンフィクションのシングルマザー回の録画を見る。
取り上げられていたのはカフェ経営とキャバ嬢で生計を立てている三十歳の女性だったが、今の三十歳が幼いのか、彼女が幼いのかよくわからない。
もちろんテレビ映えとして、特出したケースだけ取り沙汰されている可能性を考慮した上での疑問。

夫は今日も実家に泊まると言う。
そんなにいびきうるさいのかなぁ。私のこと嫌になったのかなぁ。他にも気に入らないところは沢山あると思うし。私は自己肯定感がすこぶる低いので、こんな時は、急に穴が空いたみたいにさみしくて不安になってしまう。

それを口に出さない分別が付いただけで、私の本質はあの頃から少しも成長していない気がする。その分別が必要なものなのかもわからないし。さみしいって言える方がいいのかもしれないし。
だけどその判断がマイナスになるのなら、じっと体を固くしてそれが過ぎ去るまで耐えるのを待ってしまう。

私が家に帰る時、義母に遅くなったから送っていきなさい! と言われた帰り道、ようやく尻トラブルについて夫に打ち明ける。笑わないで聞いてね、と前置きをしたがやっぱり笑われた。ちくしょう。

気を紛らわすように、比江島についての情報収集を継続する。


62日前(8月25日・金)

尻トラブルになってから初めての出勤。尻をかばいすぎて動きが不自然だと思われないだろうか、などと心配するも、(当たり前だが)杞憂な様子。
痛みも少し引いた……? と思うが、お風呂に入ったら石鹸染みて痛いし、慣れただけっぽい。

夫が、今年の4月に女児が生まれた友人とご飯に行く。お互い子を持つ立場になってから会うのは初めてなので、楽しみにして出かけたはずだったのだが、複雑な面持ちで帰ってきた。
なんでも「育児の話になると表情が無になってた……」とのこと。SNSでネタっぽく愚痴っていた姿とはかなり違っていたらしい。
友人が相当参ってそうだったので、彼の話したいことを聞いてやり、出産・育児TIPSや夫の聞きたいことはひとつも聞けずじまいになったようだ。この夫がここまで気を使うなんて、どれだけしんどそうだったんだご友人……。

夫と友人は仕事やその忙しさも全然違うし、話を聞く限り、友人妻と私の性格も全然違うし、もちろん環境だって全然違うのだけれど、うちは一体どうなってしまうのだろうか。
私は産後のホルモンバランス変化で夫を嫌いになり、夫はそんなガルガルしている私を見てうんざりして、家庭内に不和が蔓延ったりするだろうか。
まぁそれを確かめるために産む、みたいなところはある。社会学の基本はフィールドワークだから。とりあえずやってみるの精神。


61日前(8月26日・土)

検診(助産師との面談)に夫と行く。
いびきや尻のこと、制度的なことも含めて色々質問するつもりで用意していたのだが、なんだかうまく喋れず途中から夫が喋り出す。
妊娠してから、頭のネジが弛んでいる感覚的はあるが、今日は「おかしいな、普段私は仕事が出来ているのか?」というくらい、自分でも抜けているのがわかった。
夫は呆れ顔である。だけど君もこの状態になってみやがれというものだ。

妊婦用診察クーポンを家に忘れたので、一度家に取りに帰ることになったが、その間に雨に降られ、サンバリアを泣く泣く雨に晒して帰った。
クーポンを忘れさえしなければ、雨に降られることはなかったのに。愚か。

助産師に言われた「赤ちゃんと一緒に過ごしている意識を持って」というのが、感覚的にとても難しい。クーポン取りに帰る時、病院の受付終了時間が迫っていたので、少し早歩きしてしまったが、それも良くないのだろうか。
それでも、これまでよりは気を使っているのだけれど。

帰りにアイスが食べたくなり、コンビニに寄る。夫には何を買おうか迷ったけれど、夫が気に入りそうで私も美味しそうだと思うアイスがなかったこと、昨日の友人とのディナーからテンションが低い夫に、奮発してハーゲンダッツを与えてみることにする。私はサクレを買う。好きなので。
帰宅後、夫に「ハーゲンダッツ買ってきたよ」というと凄く喜んでいた。わかりやすくて元気出してくれて何より。

体調が優れない。病院は割と家の近くなのに、行って帰って来ただけで満身創痍である。しかし良くない良くないと言ってばかりいてもしょうがないので、近くのスーパーに買い物に行き、シチューを作る。
朝サプリを飲むと、通勤中に調子が悪くなることがあるので、夜飲めばいいのでは? と思い実行する。夜なら体調悪くなっても寝るだけだし。

マンション退去の連絡をしたよ、と夫からの報告。毎日生きるだけで必死だし、仕事はアクティブな案件の対処に追われて畳む暇がなくて産休に入る実感もない。
だけど、確実に迫ってきている。


60日前(8月27日・日)

高性能ミキサーVitamix(バイタミックス)を買いに、デパートへ行く。疲労が酷いのか、出掛ける前洗濯機を回している間に軽く寝てしまう。普段は、特に昼間はゴロゴロしていても殆ど寝落ちはしないので、自分でもビックリする。

そしてバイタミックス購入後、立ったまま便利な使い方などを聞いている間にまた貧血のような感じになってしまい、タクシーで帰宅。せっかく久しぶりのデパートのために、気合い入れて化粧したのに……。
さらに、これにより毎週末行っている食材の買い出しに行けなくなり、冷蔵庫の中身がさみしい。

寝転がって回復を待つ間、どうにも腹の位置が落ち着かなくて眠れない。どっちを向いても苦しい。 昨日助産師に「赤ちゃんと行動しているということを忘れないでね」って言われたばっかりなのに。

やや回復した後、のそのそのと起き出して食事を取り、お気に入りのプレイリストを聴きながら日記の修正・アップロード作業。なんでカウントダウン日記なぞ書こうと思ったんだ。これからこんなに体調の良くない日が続くのなら、この世に無限に生み出されたバトロワパロのように、カウントダウンしきれず終わるんじゃないだろうか。
しかし、それは意気揚々と公開しだしたのに結構恥ずかしいし、是が非でも避けたい。義務感と羞恥心が体調不良を上回り、キーボードを打ち続ける。

しかし好きな音楽を口ずさみながら作業をする間に、少し体調が復調してくる。そういえば私そうだったな。好きな音楽聞いてると頭痛が治ったり、比喩ではなく栄養にできるタイプだったな。
分娩時に「音楽持ち込み可」とあるのは理にかなっているのかもしれない。しかし、医者とか助産師(分娩時って誰がいるの?)、その上オタクにまったく理解のない夫氏に立ち合いをさせようとしている状態で、ボカロを流す勇気も、推しのキャラソンの高笑いを響かせる勇気もない。

バスケW杯、日本対フィンランド戦で比江島が観せる。事実として日本が苦しかった時間帯、比江島がいなかったら負けていただろう。
だけど、だけどなんであんな緩いドライブでディフェンスが撒けるんだ、意味がわからない……。謎は深まる一方だ。


59日前(8月28日・月)

体調が良くない日が続いているせいか、メンタルも落ちている。
それと裏腹に、腹の子はボコボコと元気に蠢いているようだ。いずれ切り離される、私が育てた水槽でしか育たない元々私ではないものが今は私の中にいて、それは私には制御出来ないなんて。
いや元気でいてくれているようで嬉しいですよ。こんなにボコボコ動いてるのに胎動カウントは必要なのか? と疑問を抱いてしまい「毎日してくださいね〜」と言われたもののサボりまくっている。
私は食べちゃいけないものを徹底的に避けたりとか、基本的に真面目で心配性な妊婦だと思うけれども、胎動カウントだけはどうも食指が動かない。食指の問題じゃないのだろうが。

尻のための円座クッションをAmazonで買う。どうせ産後のために買う予定だったから、早まっただけだもん。似たような「プロ○○監修!」製品がいくつもあり、価格や性能が微妙に違うのでどれを買うかの選定にかなりの時間を費やす。
結局、すぐに来るやつ、カバーが好きな色のやつにする。

夫が「ウォーターサーバーが必要なのではないか」というので、サーバーについて調べる。
言われた時は「ミルクに使うお湯くらい沸かして冷ませよ」という気持ちがあったが、現在も浄水器から水を飲まない家(私は妊娠前は気にせず浄水器の水を飲んでた)には、あってもいいのかな〜という考えに至る。
2Lの水ケース買うと、買い物の大変さ増す……と常々思っていたし。まぁ大変なのは車出してケースを運ぶ夫なのだけど。

引き継ぎ、比江島という選手に思いを馳せる。
あの緩いドライブこそが、彼の武器だと人は言う。
そういえば、バレーボールの木村沙織、あの人も派手なジャンプサーブは打たずにゆるっとしたサーブを打つけれど、サービスエースをよく取っていた。もしかして、比江島はそういう「柔」のタイプの選手なのかもしれない。
ただ、その柔のタイプのプレイヤーが日本代表に必要なのか、それはまだわからない。

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