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【インタビュー】所有者の視点から見た文化財 vol.4 -国重要文化財 浄土宗大本山・くろ谷 金戒光明寺(京都市)

京都市左京区にある浄土宗の寺院、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)。京都では、「くろ谷さん」の呼び名で親しまれているお寺です。1175年、法然上人が43歳のときに比叡山を下り、お念仏の教えを広めるために、この場所に初めて草庵を結ばれました。幕末には京都守護職本陣が置かれ、会津藩主松平容保(まつだいらかたもり)が入り、治安の維持に当たりました。高台にあるこのお寺は城郭としても役目を果たす造りとなっており、かつては淀川や大阪城まで見渡せたということです。
広大な境内には、山門、阿弥陀堂、本堂、そして今も18もの塔頭寺院が立ちならびます。文化財としては、三重塔、木造千手観音立像(通称吉備観音)や絹本の山越阿弥陀図、地獄極楽図屏風などがあります。私たち植彌加藤造園も、法然上人800年御遠忌を記念して造営された紫雲の庭や、ご縁の道の作庭をさせていただきました。

地域の心の支えとなるとともに、春は桜、秋は紅葉の景色をもとめて沢山の方が訪れる観光スポットとしても有名な金戒光明寺。どのような日々を営まれているのか、橋本周現執事にお話をうかがいました。

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(金戒光明寺の金堂)

現在、金戒光明寺さまは、信仰の場であるお寺でありつつ、観光に来る方へ公開もされていますが、どのような経緯でこのような形になりましたか?

平成6~8年ごろ、京都市観光協会さんや、古文化保存協会さんのもとで、いわゆるメジャーな観光地ではなく、あまり知られていない名所を紹介していこう、という流れがあったと記憶しています。それで、お声がけいただいたのがきっかけです。

ただ、そのころは公開に対応する職員がおりませんでした。重要文化財などの宝物も、だれがどう説明したらよいのか、という工夫が必要でした。当時はそういうお寺は多かったと思います。普通であればそういうものは、お蔵に入っていて、一般に向けて展示するという発想がありませんでしたから。

一般公開をどう受けいれていくのか、を企画してくださる方の手引きなども参考にして、始めていきました。当初は、1週間限定などで期間を区切っての公開でした。

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私もそのころからお手伝いさせてもらってきましたが、展示するにあたっては「一体これは何か?」という解説がないと、わからないので、その準備から一歩一歩はじまりました。

公開することは、宝物について、改めて調査をはじめるきっかけともなりました。

また、本来お寺には法要など、それぞれの行事がありますので、一般公開と日程や場所の調整が必要になりました。ここはご本山ですので、主にはお寺関係の方しかお参りに来ませんでした。その際に、虎の襖絵などはご説明していたのですが、一般向けにどなたでもお越しいただける、という拝観ではありませんでした。

お寺としても、これからは、たくさんの人にお参りしていただくことが、良いだろうということで、公開の判断に至ったのだと思います。

お寺関係の方向けの拝観のルートが、そのまま一般の方向けのものに反映されていったのでしょうか?

基本的には、そうですね。そこへ宝物などの特別なものがプラスされていく形でした。

寺院団体参拝の場合は、お志をいただくのですが、一般の場合は有料拝観という形になりました。そこへガイドさんや添乗員さんなどがついてきますので、その方々へのレクチャーというお仕事も出てきました。
全部がお寺の者だけでは、無理ですので。

協力者の方も募りつつ、お進めになってきたのですね。

そうなんです。
また、公開するだけではいけませんので、広報活動もはじめました。それもノウハウがもともとないので、JTBさんや近畿日本ツーリストさんにご協力いただいたりしました。ただ、はじめのころは、なかなか全国に知れ渡っていかない、という感覚でした。

そのあと、「京の冬の旅」を3か月やったり、NHKの大河ドラマ「新選組!」の舞台となったりして、だんだんと知る人が増えていきました。
もともと新選組のファンの方は、お寺との関係をご存知でしたが、大河ドラマの影響で、一般の方にも金戒光明寺が本陣であったと知られるようになりました。テレビの力は大きいですね。

2010年秋に「そうだ 京都、行こう。」のポスタービジュアルにお寺の境内が取り上げられましたが、どのぐらい影響がありましたか?

ものすごい影響がありました。
その年の秋だけで9万人の方がお越しになりました。

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(秋の境内の様子)

担当の方からも、キャンペーンの前に「とにかくたくさんの方が来ますよ。お受入れを、よろしくお願いいたします。」と言われました。
京都市観光協会さんやSKYガイドさんにお手伝いいただいて、受付を設営したり、最大限並ばずに見ていただける工夫をしました。

なんとか長くお待ちいただかずに拝観していただけましたが、観光バスの受け入れが大変でした。お寺の山門の前までは、大型バスは入ってこられませんから、300メートルほど南側に離れた丸太町通りに一時停車して、乗降してもらいました。そこには警備の方にいてもらって。拝観の方には歩いて南門まで来ていただきました。そうでないと近隣に大変な迷惑がかかりますので。

時々、「静かなくろ谷が好きなんです、私は」と言いに来る方もあります。なかなかご理解いただけずに、1時間ほどお話を聞くこともあります。
多様な方々のご意見を受け止めるのも、お寺の役目だと思っています。

とてもにぎわった「そうだ 京都、行こう。」キャンペーン中は、拝観ルートを設けたのですか?

そうです。
それまでは、拝観ルートは自由でしたが、この時は全館を一方通行にしました。お庭は地道でしたので、雨の日はハイヒールの方は埋まってしまいます。ですので、これを機に石畳風の道にしました。

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(石畳風に改修された庭園の園路)

一般の方の拝観の方法と、それまでの寺院団体参拝の方法では大きく違いますか?

はい、寺院参拝は、まず法要がメインで、そこからお寺のご説明をしていくと30分以上かかるのが通常です。ただ、寺院参拝はうちのお寺だけではなくて、浄土宗四箇本山(しかほんざん)といって、知恩院さん、百万遍知恩寺さん、清浄華院さんと、うちを合わせて4つを全部回って帰ります。なので時間の制限があります。だいたいここへ留まるのは1時間以内ぐらいです。タイトスケジュールなんです。
そして、秋の時期も、寺院参拝の場合は僧侶が付いてご案内します。一般の方は、ガイドさんからその場所々々でわかりやすい説明を聞いていただきます。

一般の方はお参りというよりも文化財を見に来る方、という傾向ですね。ですから拝観ルートもおのずから変わってきます。
団体さんの性質によって、すみわけをしながら、お受入れしています。

とはいえ、一般の方にも、信仰が芽生えるきっかけとしていただきたいと思っています。中には来てよかった、檀家になりたいという方も過去にはありました。

京都のひとでも、ここにこんなに大きなお寺があるとは知らない方もありますので、まずは来ていただくことがご縁の始まりだと考えています。
そして、一回かぎりではなく、何度も来ていただければと思います。

お寺の建物の中には大広間がたくさんありますが、これはどのように使っていたのですか?

年に数回あるお寺の行事のときにしか、使いません。その時には300人、400人集まりますので。
それ以外はだれもいない場所です。

一般の方向けには、そういう場所をお食事の場所などに提供することも少しづつ始めてきました。

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(特別一般公開時のライトアップの様子)

今後も、情勢が不安定な時代がたびたび訪れるかと思いますが、その中でお寺をどのような場所としてはぐくんでいきたいですか?

結婚や、出産などの人生の節目はこれからもなくならないものだと思います。そういう時に、心のよりどころとして思い出していただき、たびたび訪れたくなる場所としていきたいです。

また、来ていただけない時でも、3D映像などの技術を活かして、建築や宝物をご覧いただける取り組みも進めています。
ただ、本来は来ていただきたいですね。

YouTubeやFacebookなどのSNSを運営されていますが、どのような目的ですか?

来られない方に対して、同時にお寺の行事をお伝えする目的が大きいです。先日も3月11日に震災についての法要を行いましたが、その際も同時に配信していました。

できる範囲内ですが、質問があればSNSを通じて答えています。
お寺の場合、SNSだけではなく、中には、一時間二時間にわたる人生相談のお電話もあります。そういうものにも答えていくのがおつとめですので、発信と受信のバランスを考えていく必要はあります。

SNSは言いたいことは言えますが、それだけがお寺ではありませんので。

一般に公開していて、一番うれしいことは何ですか?

私はよく一般の参拝の方に、独自で出口調査をしてるんです。

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帰られるときに「どうでした〜?」と聞くと、みなさん「心和みました、よかったです!」と言われます。そういうことを求めているんだとわかります。
ですから、心が和む、落ち着くという場を目指していこうと思います。沢山の方に来ていただきたいですが、混みすぎて人しか見えない、という場所にはならないようしたいです。

そして「次は娘を連れてきます」など、リピーターになっていただけるような言葉があると、なおうれしいです。

仏像や、絵画、そして建築と多くのカテゴリの文化財を保存管理されていますが、最も大変なことは何ですか?

資金的なことです。
三重塔も2018年の台風による被害で雨漏りがしまして、修理しましたが、少し直すだけで1000万円ぐらいはすぐにかかってしまいます。
建物の傷み具合から今後、4億円、5億円かかることは間違いなくあります。山門を直したときも2.5億円かかりました。

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(金戒光明寺の山門)

この積立をしなくてはいけません。
助成金もいただきますが、国の文化財は総額の50%、府の文化財は最大で1000万円までです。

また、文化財としての修理をするためには、一般的な修理よりも多くの費用が必要になります。博物館にお預けしているものも、傷んできたらお寺の費用を使って修理します。

一般公開の拝観料などは、ほとんどこの修理にあてています。

それから、お庭なんかが特にそうですが、一般の方に見ていただくときだけ急に綺麗に整えると言っても無理がありますので、常に整えておかないと、特別公開も実はできないのです。ですので、日日の管理費もかかってきます。

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(手入れされた庭園の様子)

基本的な保存をするための資金が、相当に必要になるのが現状です。

もし、小さなお寺に文化財指定された五重塔なんかがあったとしたら、とても大変だとおもいます。
どんなお寺でもたくさんの拝観があるわけではありませんから。そのようなところは全体のうちでもわずかだと思います。

文化財の場合は、いつか必ず次の修理はやってきますので。

新型コロナウィルス感染拡大による公開への影響はどの程度ありましたか?

ものすごいありました。
2020年11月の公開では、15分につき35名までの入場制限をしました。受付時にも2メートル離れて並んでいただきました。

ウェブで感染対策の研修を受けて、対策している施設としての認定も受けたうえで公開をしました。

また、宝物の展示の仕方も工夫をして、留まる場所がないようにしました。

2020年11月の拝観は、前年の半分になりました。
お寺の檀家さんは、団体でこられることもあり、年間300~400件ほどでしたが、去年はほぼゼロに近い状態でした。

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これからは、やめていいこと、やめてはいけないことがあると思います。
もともとお寺は最新のものを取り入れて、時代を乗り越えてきた場所です。
仏教自体がそうでしたし、仏像の技法にしてもそうです。最新に最新が加わって、つながれてきました。

れっきとした積み重ねがないと、本当の意味で新しいものは生まれないのです。「これが新しい」と言っても何に対して新しいのかが言えなければ意味がありません。

お寺としては信者さんを増やすことが使命ですから、それを成すためには、いろいろな方法を試していく必要があると思います。

私たちも、一般公開される施設を運営していますが、今日は大変勉強になるお話をうかがいました。ありがとうございました。


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