日記のメモ書き2022/09/11

 午前は被爆体験の朗読会に参加
声で聴くとまた情景の浮かび方が変わっていくような気がする
想像することへの集中ができる
地図や絵を見せながら朗読する、父・母・娘の語りをそれぞれ朗読する、自分の想いを説明し、その人の人柄を語ってから朗読する
それぞれの語りに、非体験者だからこその編集があるような気がする
語っている内容だけでなく、そこに書かれきれないものも勉強し、学び、朗読する
人前で朗読するまでのその活動自体が承継だと思う

最近の小学生は視覚優位になってて、集中力があまりなく、想像するのが難しい子も多いらしい。
そういうなかに、本との出会いを持ってほしいとも思うし
そういう子たちにぐっと聞いて想いを馳せてもらうには、と思う
親族との近さなんかも変わってきているから、身体を通っていきにくいのかもしれない


 午後はまた祖父母の家へ。おじいちゃんの話、今日はアルバムをめくりながらゆるゆると話す
家族のこと、知らないことも多い
4代前くらいの先祖、おじいちゃんのひいおばあさん・おじいさんの話もちらりと聞く

 おばあちゃんの生後間もないころの写真も出てきた。満州でとった写真、白いドア、満州の家の写真だという
自分でも見てわからないね、という顔つき
引き上げの時、先にお父さんはかえっていて顔も覚えていない、お父さんと呼んだこともなかったから、長く「お父さん」と呼びかける言葉が出なかったんだと
言いたいと思っても言えない
どう思ってたのか、ずっと気がかりなの、と話してくれる
戦後8月の末ごろには日本に帰ってきていた様子
満州ではロシア兵が乱暴していて、見るだけで怖かったらしい
家に押し入ってくるなど、そういう状態があった様子
まじっくり聴きたい

 ひいおじいちゃんの出征のときの国旗(寄せ書きがされている)も出してきて広げて話す
2度招集されていて、2度目は双葉山の高射砲の部隊にいたらしい。
被服ししょうのあたりまで、おばあさんと一緒に見送っていったらしい
双葉山にはいまも砲弾の台座があった石垣の跡がある
跡があるなら行ってみんにゃいけんねぇ、とおじいちゃん。父親のこと知りたいのだろうか。こんど一緒にいこうと思っている
おばあさんとふたりきりの生活。どんなふうに思いながらすごしていたのか。

 B29がすぐ近くを機関照射していった話を聞いた、
怖かったって感情を話してくれたのはこれだけのように思う
生きた心地がせんかったって
ふっとでてきたような感じだったのか、
9歳のころ、そういう子供時代をすごすこと

ぽつぽつといろんな話を聞うく
また聞く、見る、読む

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