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【#1】新社会人の頃は無知だった【30歳までの仕事と人生を振り返る】

こんにちは。菅野(@herocy01)です。

このnoteを書いているのは、無職になって早くも1ヵ月が経過した2020年8月上旬です。

個人事業主は2020年6月末日に廃業、7月1日から正真正銘の『無職』になりました。

ちなみに8月下旬に一般企業へ就職予定です。

就職したら平日は仕事、休日は卓球やら趣味やらで時間が取れなくなるな……と思い、時間がある無職のうちに、今までの仕事や人生を振り返ってみようと思い、このnoteを書き始めました。

2020年3月でちょうど30歳、4月には社会人9年目に突入した、ひとりの人の仕事とそれにまつわる人生を書き起こします。

その時、どのように感じて、考えて、決断して、行動したのか。

少しでも参考になったり、励ましになったり、何かの役に立つようなことがあったら嬉しいです。

※校正はほとんどしていないので文章は超が付く駄文です。自己満足文章ですし読みづらいかもしれませんがご容赦ください。

これまでやってきたこと

まず初めに、これまでの職歴をざっくりと紹介したいと思います。

この時点で「興味ないや」という方はどうぞ戻るボタンを押してご退出ください。

2012年4月 パイオニア株式会社 就職
2019年2月 退職
2019年4月 公益財団法人日本卓球協会事務局 入局
2019年12月 退職
2020年1月 個人事業主 開業
2020年6月 廃業
2020年8月 M社就職予定

2020年3月で30歳になりましたが、20代で2社+個人事業主を経験しました。

おそらくかなり特殊な、一般的ではない職歴かと思います。

計画性なんてものは(ありましたが結果的に計画通りに行ったことは)ほとんどなく、やりたいことをやってきたらこんな感じになりました。

今現在は無職ですが、後悔はありません(次の就職先も決まっていますし)。

少なくとも、ベストを尽くしてきたし、やりたいことをやってきたし、チャンスや運にも恵まれました。

「好きなことを仕事にする」

世間では羨ましがられるようなことも経験できました(結果的には離職してしまいましたが)。

そんな約8年間を振り返ってみたいと思います。

2011年(大学4年生)

仕事の話をする前に、まずは軽く学生時代の話から。

学生時代の就職活動はうまくいきませんでした。

大手家電メーカーを軸に機械設計職を受けていたのですが、結果的にパイオニア株式会社(以下、P社)とM社の2社しか内定をもらえませんでした。

就活真っただ中の3月には東日本大震災が発生。

自宅でWebテストを受験していましたが途中で放り出して避難しました(志望度が低い会社だったから不幸中の幸い)。

その後の第三次はみなさんご存じの通り。

就活では、説明会も試験も面接も、すべて吹っ飛びました。

GWが終わった5月中旬頃から、企業によっては採用活動が再開して、それに伴い次第に減っていく持ち駒たち。

7月下旬、持ち駒がゼロになったときに内定を得ていたのはP社とM社の2社だけ。

これ以上続けるのもしんどかったのでP社の内定を承諾しました。

ぶっちゃけ、この時のこの選択を後悔したことは何度もあります。

「なぜ納得いくまでなぜやらなかったのか」

後悔先に立たず。

8月にもなるとスーツが暑いからなんて理由で就活をおしまいにするのはやめましょう。

2012年4月~2013年1月(社会人1年目)

P社入社後は、携わりたかったホームエレクトロニクスの部門ではなく、カーエレクトロニクスの部門に配属、埼玉県川越市で約8年間過ごしました。

仕事内容としては、機械設計というハードウェアエンジニアとして、退職するまでカーナビゲーション・カーオーディオを設計していました。

仕事に真摯に取り組み、ときには月100時間の残業もこなし、飲み会の幹事も引き受けて、隙間時間には新規事業のワーキングを行い、ひとりで海外出張をして、トラブルが起きれば朝4時に出社して、就活生に会社説明のプレゼンをして、増税時にはカー用品店の店頭に立ち製品を売って、仕事とは関係ない卓球部を立ち上げて……。

プライベートでは、セミナーに参加して、交流会に参加して、ビジネスコンテストに参加して、ボランティアに参加して、本を読んで勉強して、ブログを運営して……。

自分の言うのもなんですが、サラリーマンをしていた約8年間はかなり頑張っていたと思います。

仕事の評価は最も高いランクを付けていもらっていました。

最終的には過労とストレスで心身を壊してしまうのですが……。

まぁその話はあとに置いておきましょう。

実は最初からこんなに頑張っていたわけではありません。

入社当初は、可もなく不可もなく、真摯に仕事に取り組み、プライベートもそれなりに遊び、時には1日中ゲームをしてグダグダ過ごすこともありましたし、ここまで頑張る気はありませんでした。

残業もなるべくしないように仕事も適当に切り上げて、平日も同期と飲み会をしたり、休日は同期とフットサルをしたり、卓球の大会に出たり、普通のサラリーマンをしていたと思います。

でも社会人2年目の2013年に、変わらざるを得ない出来事がありました。

2013年2月~4月(社会人2年目)

それは(自分の中では)突然のことでした。

賞与カット&給与カット

「あれ?この会社の経営やばいの?倒産するの?」

もし就活生の方がいたら、内定先の経営状況は内定を承諾する前に確認しておきましょう。

P社は自分が内定をもらった時にはすでに経営が傾いており、大量のリストラや事業所の閉鎖を行った後だったのです。

学生時代の自分はバカだったので、経営状況なんてみじんも確認せずに入社して、自分がそれを経験するまでその実態に気が付いていませんでした。

「このままじゃやばい」

漠然とした不安がこみ上げてきました。

「なんとかしないと」

何をすればいいのかわかりませんでしたが、何かをしないとまずいということだけは直感で察しました。

ここからまるで別人のように、(本当にいろいろと)行動をし始めました。

以下にどんな行動をしたのか、具体的に書いていきたいと思います。

2013年5月~2018年1月(社会人3~6年目)

最初に行動の対象になったのは「お金」について。

原因が賞与カット&給与カットだったので当然といえば当然ですね。

知識もなければ貯金もほとんどなかったので、「とりあえず何かやらないと」という焦りだけがありました。

まず初めに手を付けたのが、会社で加入していた確定拠出年金の運用。

その頃は投資とかよくわからなかったので定期預金にしていましたが、何冊か本を買って投資について知識を仕入れて、確定拠出年金は手数料もかからなかったので勉強がてら運用してみることにしました(こちらはP社退職時には+5%くらいにはなっていたので運用は成功だったと思います)。

「手っ取り早く情報商材を購入して儲けよう!」と思い数万円の情報商材をいくつも購入したりもしました。

……えぇ……バカはすぐには治らないんですよ。

あとは「みんな仲良くアフィリエイトで儲けよう!」という感じの怪しい組織に新宿歌舞伎町のルノアールで会ったりもしました。

ひとりで行ったんですけど囲まれてなかなか怖かったです……。

FXをやったりもしました。50万円が一瞬でなくなりました。

久しぶりに会った友人にネットワークビジネスに誘われたこともありました(ちゃんと断りました)。

NISAを始めたりもしました。アクティブファンドを購入したり、とても高い手数料の投資信託を購入したりもしました。

勉強代をたくさん払ったおかげで今では一般的なお金と投資の知識は身に付きましたが、最初はもうひどいものでした。

お金の知識、大切です。

「人類最大の発明は複利である」 by アインシュタイン

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次に行動の対象になったのが「仕事」です。

よりガチに深く真剣にコミットするようになりました。

仮にも就職先は(当時)東証一部上場企業で大手電機メーカーのP社。

設計職ということもあり、「とりあえず目の前の仕事に本気で取り組んで、経験を積んでスキルを磨けば、この先もし転職するにしても困らないだろう」という考えがありました。

結果的に、目の前の仕事に本気でコミットしたおかげで自信が付き、今までのキャリアを捨てて「好きなことを仕事にする」決意もできましたし、その後、コロナ禍で求人倍率が下がる中、無職からの再就職も容易にできました。

機械設計職、いわゆるハードウェアエンジニアだったのでわかりやすいような売上どうこうということはありませんでしたが、少しでも良いものを安く作ろう、みんなの役に立とう、と努力をしました。

頼まれた仕事はすべて引き受け、社内資格も取得して、他部署のヘルプにも嫌な顔せずすっ飛んでいき、トラブルが起きたら早朝出社に深夜残業に休日出勤もこなして、増税前にはカー用品店の店頭に立って販売支援をしました。

この頃のひと月あたりの平均残業時間は○○時間でした。働き方改革や過労死が注目されている今日では完全にアウトですね(ご想像にお任せします)。

ちなみに社内の仕事評価は最上ランクを付けてもらっていました。

数値を追うこともあまり無く(実際はありましたが難易度は低かったです)、目の前の仕事に本気で取り組むだけだったので、効率的にできていたかは別として、わりと簡単ではありました。

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その次に行動の対象となったのが「経験」。

もしかしたら倒産するかもしれない会社の内側だけで通用するようなスキルや知識や経験だけを追い求めていてはまずいと思い、社内では体験・経験できないことを求めて、社外に目を向けるようになりました。

セミナーに行ったり、ワークショップに参加したり、異業種の人と会ったり、交流会に参加したり、ボランティアに参加したり、いろいろな経験をしました。

その中でも最も印象に残っていて、その後の人生に大きな影響を及ぼしたのは、サイバーエージェントが主催したイベントアントレプレナー・イノベーションキャンプ」(以下、アントレキャンプ)でした。

いわゆるビジコンといわれるもので、いちおう書類選考と面接があり、約10倍の倍率を抜けて、50人のメンバーのひとりに選ばれました。

約3ヵ月にわたり、5人1組のチームに分かれて、グロービスの講義をちょっとだけ受けたり、新規事業を考えたり、藤田晋社長の前でプレゼンしたりと、たいへん貴重な経験を積むことができました。

アントレキャンプに選ばれた50人の人たちは、みんな優秀で、クリエイティブで、おもしろくて、様々な体験経験をしていて、話を聞くだけでもとても新鮮な経験でした。

年上の方は言わずもがな、年下の方でもとても追いつけないような人たちばかりで、正直、自分があの場で1番不出来だった自信があります笑。

そんな中でも、チームリーダーに立候補して、(チームの中から脱落者も出てしまいましたが)最後までチームをまとめて、10チーム中7位の成績を収めることができました。

このひと通りの経験を通じて、それまで自分の中の重要な位置に存在していたナニカが砕け散って、新しいナニカがカタチ作られました。

ざっくりひと言でいえば「自信」。

具体的に言うならば「チャンスはそこら中に転がっている。行動した者の勝ち。才能の有無なんてほとんど関係なくて、結局のところ行動したかどうかが9割。自分より優れているように見えても、実際に勝負してみるまでわからない。自分の意思を大切にして周りの声を恐れない。自分の殻に籠らず世界に目を向けていろんな情報を仕入れる。おいしいお肉は正義。」

正直、いろいろなことを学びすぎて、すべてを言語化はできません。

ちなみに、アントレキャンプを境に「独立して働きたい」「起業したい」という意識が芽生えました。

そんな私がまずとった行動は、家にあった漫画とゲームをすべて売り払いました笑。

漫画は約800冊、ゲームはPS3、PS2、Xbox、PSP、PS Vita、これらすべてをオークションで処分しました。

自分はとても意志が弱いので、娯楽があるとすぐに飛びついてしまいます。

「娯楽なんかに浸ってたら成長できない!」「なら無くせばいいや!」ということで、娯楽系の思いつくものはすべて無くしました。

この頃は相当モチベーションが高かったです。おそらく2013年~2014年は人生の中でもっともモチベーションが高かった時期のひとつですね。

このアントレキャンプの影響もあり、2019年には「好きなことを仕事にする」ということで日本卓球協会に就職できましたし(離職しましたが)、2020年には個人事業主を開業することができました(廃業しましたが)。

【#1】のおわりに

個人的に思うことは、自身の人生に劇的な変化を引き起こすモノは、社外にある場合の方が多いです。

なぜかというと社内は自分に近いレベルの人の集まりだから。

自分を変えたければ、時間配分を変えるか、住む場所を変えるか、付き合う人を変えるか。

上で例に挙げた漫画とゲームの処分は時間配分を変えようとした結果ですね(後日談として、結局のところ漫画はkindleで購入するようになり、つい先日2000冊を突破しました。ゲームはスマホゲームを1つだけやっています)。

コンフォートゾーンから抜け出して成長したい人は、これらを意識して変えてみることをおすすめします。

自分自身を変えたかったらチャレンジングに行動するしかありません。

最初の一歩は踏み出す勇気が必要ですが、一歩踏み出してみると、案外なんてことないです。

「自分自身を変えよう!」と思うキッカケは人それぞれですが、私みたいに「人生やばいかも……!」みたいな状態になってからの強迫観念で行動するのはおすすめしません。

なにより精神的によろしくないし、その状態になるまで放置しておくのもまずいです。

自己実現の一環として、ちょっとずつ、少しでもいいので成長を意識して行動できればベストだと思います。

こんな感じで2013年以降はバリバリ頑張っていた私ですが、2018年2月に転機を迎えることになります。

そのお話は次のnoteで書きたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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