カレン11

カレン・ザ・トランスポーター #23

前 回

 オッサンの体を黄金色の光が覆っていく。
 白銀の鎧が西陽を照り返す中でもはっきりとわかるくらいに。
 しかし、最初に村の入り口近くの林道で見たものとは明らかに光が弱い。

 そう、おそらくは調整されている。
 防御効果と引き換えにして可動性を高めたのだろう。

 と、なればこんなのと白兵戦をするなど狂気の沙汰でしかない。
 視線を外さぬようにじりじりと後ろに退がり距離を取る。

 「…『円滑な商取引と物流を推進・保護し、遍く人民の幸福を追求することをここに誓うものとする』
 「む...? ぬはははは!ドルエンの教義ではないか!よく勉強しておる!えらいッ!」
 「仕事柄、ね」
 「今なら新規入信者は寄進ポイントが2倍になるキャンペーン中だぞ!」
 「せっかくだけど遠慮しとく。自由なのが好きだしね。それに...」
 「それに?」
 「まぁいいわ。で、こんな悪銭しか産み出さないようなものをドルエンの使徒サマはどうお使いになるおつもりなの?」
 「貧しいものに分け与えれば貧富の差も解消、教団の評判は上昇、功労者である吾輩は司教への道が切り拓かれる、とまったくもって良いこと尽くめではあるまいか」

 「…馬鹿じゃないの?」
 「…ぬぬ?」
 「月30枚金貨を稼ぐひとと5枚しか稼げないひとがいて、5枚の人に月15枚与えるようにする。そりゃ喜ぶわよ。これでまともな生活ができるってね。でもね、紫陽花の月に15枚で喜んでた人は、向日葵の月にこう言うに決まってる。”あいつの半分しか貰えてない”ってね」
 「……」
 「30枚のほうはこう思う。”なんであいつがあんなに貰ってるんだ”って」
 「………」
 「そんでもってみんなが月100枚とか貰うころにはきっとパン1つ買うのに金貨1枚必要になってるでしょうね!」
 「………...」
 
 理解してもらえたのだろうか。
 「つまり...」
 「つまり?」
 「やってみなければわからぬということだな!ぬはははは!」
 
 しまった!バカだ!!

 間合いを詰めてのメイス横薙ぎをバックステップでかわす。
 更に踏み込んできてのシールドバッシュは盾を踏み台にしてバック宙回避。無防備な時間を最小にするため、垂れ下がった髪が地面につくほどの超低空。
 起き上がりついでに地面の小石を2個ほど拾い上げて投擲!
 ガッキーン!
 1つは大盾に弾かれる!
 盾を下ろすと同時に時間差の2つ目を投げる!
 バッコーン!
 袈裟に振り上げたメイスに弾き飛ばされる!

 3つ目!は当然持っていないので投げるふりだけ!
 メイスを振った腕が戻り切らないので盾をかざす。
 その間にまたバックステップで距離を取る。
 
 しかしオッサンはすぐさま大股で距離を詰めようと前進開始。
 その重そうな鎧と盾、しかも防護のオーラまで纏ってなんでそんな早く動けるんだ。
 きっと神官の皮を被ったゴリラだな。ゴリラプリーストだ。
 いや違う。頭部に毛髪のないゴリラなどいない。
 新種だ。ハゲゴリラだ。

 大上段からの振り下ろしを右にステップして避ける。
 盾で視界が少しでも遮られてるほうに。
 もちろんその盾が迫ってくるのでこれを蹴り飛ば...
 …引いた?

 同じ回避方法を取ろうとしたわたしのミスだ。
 蹴ろうと思っていた盾はすでにそこになく、足は空を蹴って体勢が崩れたところに盾が戻ってくる!
 もう片方の足は間に合わない!

 やばい。

ばちーーーーん!

 咄嗟に手足を折りたたんで最小面積で受けたものの、全身が震えるような振動の直後に、まるで重力を無視するかのように真後ろへと体が引っ張られていく!

 慌てて背後に薄い風の結界を張ろうとするも、この短時間、しかも痛みでろくな精神集中ができるはずもなく、ごくごくうっすいのをなんとか作って地面衝突のショックを緩和する。
 「痛ぅ...」
 背中も痛いし、何よりバッシュを受けた右半身の痺れがスゴい。
 
 だというのに、だというのにだ。
 息を整える暇もなく、がしゃんがしゃんと金属鎧の音が近づいてくる。
 おのれスタミナオバケハゲゴリラめ!

 大きく息を吸ってこちらも前方へ猛ダッシュ。
 再びの横薙ぎメイスを掻い潜ると、すれ違いざまに右ひざの裏側に踵を叩き込む!
 ここは人体の構造上、鎧で覆うわけにはいかない部分!
 
 ...なんだけども。
 私の足裏に伝わってきたのは、その、なんだ。
 岩を蹴ったときのような感触だ。
 どこまで硬いんだこの防護オーラ。
 
 オッサンはこちらに向き直りながら再びのシールドバッシュ狙い。
 蹴り飛ばして距離を取りたいところだが、またくいっと引かれては困る。
 両手を伸ばして盾の上部縁を掴み、セミの幼虫のように張りついたのち、揃えた両足で盾表面を蹴飛ばして後方にジャンプ!

 「ぬはははは!逃げてばかりではどうにもならんぞ!それともキャンペーンの魅力に屈して入信するか!」
 ぐぬぬ...笑顔を崩さぬその余裕がムカつく。
 だが。

 「だから遠慮するって言ってんでしょ。自由なのが好きなんだって。それに...」
 「それに?」

 泉を挟んで対峙し、静かに風の結界を周囲に練り上げていく。
 この作戦が通じるかどうかはわからない。
 この仕事を諦めたほうが賢明なのかもしれない。
 それでも、それでもだ。
 
 「泣いてる子供を見ちゃったんだよね」

【続く】
 



 




  

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