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ゲリラ監査役青海苔のりこ #9 後編2

前回までのあらすじ
 ニチアサのネタバレをSNSで流すことにより、自身の番組へと視聴者を誘導する恐るべし計画を企てた日曜朝の報道番組『惨DAYな朝』に対し、さらに恐ろしいゲリラ監査役が監査を開始した!
 喝と言うことしか能のない番組のご意見番ハリーは暴力によって沈黙させられ、今また番組MCであるセキも暴力による監査を受けようとしていた!

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 「いやぁー、見事なもんだ」
 ゆっくりと拍手をしながら、セキがテーブルから立ち上がりのりこに歩み寄る。
 
 のりこの、そしてセキの視線が倒れたハリーに向けられることは無い。

 「だがこれだけでは何も変わらない。”惨DAYな朝”は私の番組、すなわち私そのものだ」
 セキはそう言ってテーブルに掌を着くと、背後の大型モニターを見上げる。
 モニター画面には可愛くデフォルメされた白いライオンの顔、青い背景。
 直後、画面が3×3に9分割され、スピーカーからは「あるあるあるあるあるある!!!」という大人数によるチャントが響き渡る。

 セキがゆっくりとのりこに向き直る。
 その体の中心線、まっすぐ縦に伸びたそれを境として、彼の体が左半身と右半身に分かたれていく。出血も一切無しにだ!
 21世紀になってもこの世はわからないことがたくさんある!

 わからないことはまだ続く!
 2つに分かれたセキのそれぞれの断面が虹色に輝くと、積乱雲めいて肉塊が盛り上がり、不足している半身をそれぞれ形成していったのである!

 かくして、あっという間に2人のセキが誕生した。
 いや、セキが2人になったというほうが表現としては正しいのかもしれない。
 だが事はそれだけに収まらない!

 2人のセキはつい先ほどと同じようにまた半身に別れていく。
 4つの半身はそれぞれの半身を生成し4人に!
 4人の半身が分かたれ8人に!
 8人が16人、16人が32人と倍々にその数を増やしていき、あっという間にセキ100人が会議室を埋め尽くした。

 「え?その増え方で100人ちょうどにはならないんじゃ?」
とおっしゃる読者は小学校の算数からやり直していただきたい。

 「ンッフフフ...貴女がいかに強かろうと100人には勝てないでしょう」
 そういった1/100のセキに対して、のりこは無言のまま、足元に倒れているパイプ椅子を蹴り飛ばした。
 
 ガゴン。
 金属と顎が衝突した音。同時にセキ87が白目を剥いてダウン。
 残り99。

 セキ87が床に倒れ伏す音が開戦のゴングとなった。
 のりこは新たなパイプ椅子を今度は真上に蹴り上げ、胸の高さでキャッチ、ホームランアーチストめいてフルスイング180°回転!

 真後ろから襲い掛かったセキ45のこめかみに金属接合部が直撃、膝から崩れ落ちる!残り98。
 
 しかし、包囲された状態で背後へ攻撃するということは、すなわちもう一方へ無防備な背を晒すということである。
 セキ55、セキ17がのりこの右腕を、セキ90、セキ77が左腕を抱え押さえ込もうとする!
 のりこは眉ひとつ動かさずそのまま逆上がり後方回転する。
 遠心力を味方につけたトゥーキックが後頭部に殴りかかろうとしていたセキ02の脳天に直撃!ノックアウト!残り97。

 恐るべきゲリラ監査役は回転の勢いを殺さず、その爪先は漕ぎ過ぎたブランコの如く円を描き、今度は真正面からパイプ椅子で殴りかかろうとしたセキ11の顎を蹴り上げる!脳内が「しばらくおまちください」の映像から砂嵐へ!そしてブラックアウト!本日の生命活動は終了しました!残り96。
 
 凄まじい連続回転に拘束が緩んだ隙をのりこは見逃さない。
 強引に両腕を引き抜きセキ55、セキ90の膝裏を順に蹴り抜いた!
 突如バランスを崩された両者は前方へ転倒!周囲の数十人のセキが巻き込まれて将棋倒しに!
 運悪く中心にいたセキ13が四方から圧迫され気絶!残り95。

 背後からセキ10が掴みかかる!
 だが一連の猛攻に怯んだのか、同時に襲い掛かるセキは皆無!
 振り向きざまの裏拳一閃に顎を打ちぬかれ、真横にすっ飛び壁に叩きつけられる!全身を強く打ち意識不明の重体!残り94。

 セキたちはのりこの背後の仲間とタイミングを合わせようとするが、なかなか彼らは立ち上がろうとしない!誰だって痛いのは嫌だ!

 戦場において逡巡は死と同義だ。
 セキ60が視界からのりこが消えたことに気づいたとき、彼女はすでに身を深く沈めて彼の懐へと踏み込んでいた。
 沈んだ身を起こしながら、背中と肩を同時に胸板へ叩きつける!
 暗黒監査役奥義ボディチェック!
 背後の数十人を巻き込み大きく後方へ吹っ飛ぶセキ60!
 すべての肋骨粉砕!英語で言うとアバラバラバラ!残り93。

 「どけ...!!ちょっとアンタどきなさいよ!!」
 セキ60の下敷きになったセキ91が訴えるが、意識を失ったセキ60が反応することはなく、その体は自身と同じ重さとは思えない圧で動きを封じている。
 必死にもがくセキ91の眼前が、ふと暗くなった次の瞬間、のりこの足裏が顔面を踏み抜いていた。残り92。

 のりこは続けざま、近くでうつぶせに倒れているセキ79の後頭部を、あたかも流れ作業の如く、同じように踏みつぶした。
 わずかに痙攣した後、セキ79もまた動かなくなった。残り91。

 最初の将棋倒しから復活したセキ44が背後からつかみかかり羽交い絞めに移行!だがゲリラの辞書に動揺や狼狽、遠慮や慈悲といった文字はない。
 項垂れるように前方へ傾けた頭部を思いきり後方へ振り戻す!
 グヂャッっという音。
 恐ろしい後頭部頭突きが鼻っ柱を粉砕!針のような鋭い痛みが頭全体を突き抜け、セキ44は鼻血まみれでのたうち回る! 残り90。

 羽交い絞めの隙に正面から殴りかかろうと試みたセキ43がこれに躊躇したところを、返す刀でこちらの鼻筋へと今度は真正面からのヘッドバット!
 鼻血マンが1人から2人へ!倍増!残り89。

 セキ78が自身の身の丈もあろう長さの角材を駕篭屋めいて肩に担ぎ、のりこに殴りかか...れない!
 彼岸島で吸血鬼と戦った経験のある読者諸君であればご存じのように、木材というのは強力ではあるが重量がある。
 角材を振り回すというよりは角材に振り回されるようによろめくセキ78。
 「おい後ろ危ないぞ、気を付けろよ!」
 背後からの声に振り向くセキ78。
 肩に担がれた角材は時計の針のように半円を描く。
 遠心力のついた一撃が周囲にいたセキ76、セキ54、セキ、セキ、セキの頭部をたちまちのうちに薙ぎ倒す!
 残り84。

 「あーもー!スペードの5と8止めてんの誰だよ!」
 「誰だよ」
 「誰だよ」
 「だれも止めてねーのかよ!」
 「んなわけねーだろ!」
 UNOをしていたADたちは七並べを始めていた。
 実は七並べ、定石みたいなもんがあり、それを覚えてるとなかなか強い。

 「誰かが隙を作った際に別の誰かが襲い掛かればいい」
 セキはそう考えている。
 
 1人の分身である。当然残り84人全員がそう考えている。
 だから誰も隙を作る係になどなりたくはない。
 
 84人による包囲の輪は縮まるどころか徐々に広がりを見せていた。
 のりこは担いだ角材を正眼に構える。
 正面のセキたちは後ずさり距離を取ろうとするが、そのすぐ背後の同類たちは彼らを盾にしようと押し戻す。
 
 次の瞬間。
 のりこは角材を床に垂直に突き立てると、棒高跳び、いや、棒幅跳びとでもいうべきか、84人による包囲の輪を飛び越えたのだ!

 驚いたのは輪の外周、安全地帯にいたセキたちである。
 恐怖のあまり背を向けて輪の中心方向へ逃げ出すが、割を食ったのはその中心にいたセキたち。
 たちまちのうちに押しくらまんじゅうめいて密状態に!
 セキ21、セキ25、セキ33、セキ59、胸を強く押しつぶされ昏倒! 残り80!
 セキ16、セキ29、セキ78腹部に強い圧迫を受け悶絶! 残り77!
 セキ81、セキ92転倒し多数の自分に踏みつけられ気絶! 残り75!
 
 恐るべきゲリラ監査役は着地後即座に角材を脇に抱えると、腰を大きく捻りピンボールの発射バーめいたフルスイングを繰り出した! 
 セキ5、セキ40、セキ72の脇腹に角材の鋭角部分が叩きつけられる!
 ウエストサイズが数センチ減るレベルで凹みが生じる!かんたんダイエット!残り72!

 振り終わりを狙って何人かが駆け寄ってくる。
 しかしピンボールの発射バーは元の場所に必ず戻るものだ。
 のりこが体勢を戻すと同時に、当然角材は逆方向へスイングされる。
 同じように鋭角部分が、今度はセキ41の側頭部を直撃する。
 真横に吹っ飛ばされたセキ41の胴体が、そのすぐ真横のセキ50に衝突、その衝撃で、そのすぐ真横のセキ70の胴体が真横にセキ96に....… 残り68!

 しかしのりこの疲労もまた少なからず蓄積している。
 なにせ数だけはやたら多い。

 そんなとき彼女のゲリラ視力が、セキの群れの奥にある何かを捉えた。
 円形の板。その表面はピザの切り分けめいた線で区切られ、何やら文字が書かれている。
 のりこは足元に倒れたセキ……番号はどうでもいいの胸ポケットからボールペンを抜き取ると、その円形板に向けて真っ直ぐに投擲した!

 ゴスッ。
 ボールペンは円形板に突き刺さる。 
 突き刺さった部分は赤色に塗られていた。
 そこには『パジェロ』と書かれている。

 ──直後。
 会議室の壁を突き破り、1台の乗用車が突っ込んできた。
 もちろん室内に68人もいるセキ軍団に影響がないわけがない。
 18人が跳ね飛ばされ、4人が轢き潰された。
 そう、円形板はかつてセキが司会を務めていた人気番組『トーキョー友達公園』の景品当てダーツで使われていたものだったのだ!
 ダーツが刺さった場所の景品が貰えるのは世の摂理! 
 だが車両に跳ねられてる状態ではそのような摂理も理解できまい!
 
 大混乱のセキたちに目をやることもなく、ゲリラの2投目!
 ダーツの矢めいた、というかダーツそのものなのだが、ボールペンは再びパジェロの枠へ!

 プップー!!
 クラクションと共に、今度は反対側の壁からパジェロ!
 1台目から距離を取っていたセキ集団を直撃!
 22人が跳ね飛ばされ、10人が轢かれた。

 間髪入れずに3度目の投擲。
 2度あることは3パジェロ。
 
 1台目の真後ろから出現した3台目パジェロがそのまま追突!
 押し出された1台目がセキたちを跳ねる!
 6人が宙を飛び、1人が下敷きに、そして2人が逃走を試みる。

 そのうち1人の動きが急に止まった。
 ゲリラが背後から襟首を掴んだのである。

 「なぜ私がオリジナル・セキだとわかったのかね!?」

 狼狽したセキが口を滑らせる。

 「あっ.....」

 そう、これは自供に他ならない。

 「すぐに始末をしてもう1人を追うつもりでしたが、これは手間が省けました。この1本が最後になるでしょう」

 のりこは2月のベーリング海のような冷たい声を発すると、襟首を捕まえ片手で持ち上げたままのセキの胸ポケットからボールペンを抜き取る。

 「ま、待ちたまえ。そうだ話し合いだ、話し合いをしよう!キミもあんな子供騙しの番組とその視聴者にそこまですることもないじゃないか。な?」

 セキの懇願を聞き入れることなく、冷酷無比なゲリラの右腕が大きく振り上げられ、整った指先から凄まじい速度で4本目のボールペンが放たれた。

 ゴスッ
  刺さった場所を確認したのりこは、少し悲しそうな表情になったように見えた。
 「たわし..…ですね」
 そう、ボールペンの真横には確かに『たわし』の文字。

 ぽすん。
 どこからか彼女の足元へと1個の亀の子たわしが落ちてきた。
 セキを無造作に投げ捨て、彼女はそれを拾い上げる。

 東京毎日放送、その日曜朝の看板番組を完膚なきまでに粉砕したこのゲリラ女はゆっくりと振り返り、最後の標的に向けて静かに告げた。
 たわしを持ったまま。

 「仕方ないですね。これを使うとしましょう」

 こうしてニチアサの平和は守られた。
 しかし、またネタバレを企んだり、飛翔体を発射してテロップで番組の邪魔をするような奴が現れたとき、ゲリラは来る。ゲリラなので。

 【終わり】
 
 

 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

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