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カレン・ザ・トランスポーター

 「待てコラァァァァァァ!!!!」
 背後で野太い男の声がする。
 待てと言われておとなしく待っていたらこの世から鬼ごっこも徒競争も消えてなくなる。
 だから私は待たない。
 藪をかきわけ、倒木を乗り越え、小川を飛び越えて走る、走る。
 背後の声はどんどん小さくなってはいるが、まだ聞こえてくる。
 諦めの悪いことだ。
 大声を上げるだけエネルギーの無駄遣い。
 人間、それも山賊ごときがウッドエルフを相手に山林で追いかけっこするなど1万年早い。

 私はカレン・キューピッチ
 ウッドエルフの『運び屋』だ。
 部族の誰よりも足が速く、部族の誰よりも小柄…ちょっとだけ小柄、1/2...いや3/5くらい小柄だった私にとって、ありとあらゆるところを駆け抜け荷を届けるこの仕事は天職だったと言ってもいい。
 森の奥に引きこもって「ドワーフキモい」とか言いながら弓の手入れをしているだけがエルフではないのだ。
 
 「……待ち…やがれ…コラァァァァァァ...…」
 野蛮な声もすっかり小さくなった。
 依頼主から支給されたこの変な靴「すぱいく」とかいう奴のおかげで悪路もまったく問題は無い。
 何かのマジックアイテムなんだろうか、これ。
 やがて薄暗い森の中に光が差してくる。
 森を抜ければ目的地の山頂が見える。
 
 「止まれェェェゴラァァァァッ!!」
 視界前方に人間の男2名。奴らの別働隊だろう。
 革鎧にショートソード。洗ってなさそうな顔に汚いヒゲ。
 手入れを欠かさないだけまだドワーフどものほうがマシだ。
 
 このままだと挟み撃ちになる。
 そう思っているのはこいつらだけ。
 ”このままだから挟み撃ちにはならない”のだ。

 私はより強く地を蹴る。
 奴らは止まった相手を脅し上げて金品を喝取することはできても、止まらない相手に対してどうするかを知らない。
 精霊の言葉を紡ぎ周囲に風の結界を張る。
 更に加速。左右を深緑の壁が流れていく。
 「お、おい止まりやがれッ…!!」
 君らが衛視に追われたとき、そう言われて本当に止まるのならば私も考えてやろう。
 「止ま…」
 あと10m。
 前に突き出された刀身はもはや私を脅すためのものではなく、自身を守るためのものになっていた。
 あと3m。
 結界を切り離し跳躍する。
 頭上に跳んだ私を見失った次の瞬間、勢いがついたままの結界が彼らに衝突した!
 「「オウゴボフォォゥッ!」」
 汚い悲鳴を上げて真後ろに吹っ飛ぶ。
 オーガでさえ吹っ飛ぶ私の切り札だ。ただでは済むまい。
 
 跳躍したまま森を抜け開けた稜線に出る。   
 山頂まであと僅かだ。
 腰のポーチを開き荷が無事であることを確認する。
 《万病に効くけど20年に一度しか咲かない幻の花の苗》
 船を所有してるとある大富豪の一人娘が難病にかかったのでこれを植えてくる必要があるらしい。
 何故そんな面倒なことをする必要があるのだと聞いたところ「そういうイベントだから」なんだそうだ。
  
 …これ、本当に私の天職だったんだろうか。

【続く】      ⇒次回

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