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#AKBDC FROM ANOTHER WORLD


  ───綺麗な青空だ。
 紫煙に曇っていたバー・メキシコの天井とは段違いだ。
 草は草でもヤニではなく青草の匂いが鼻をつく。
 オンボロの扇風機のものではない冷たい風が頬を撫でる。
 俺は「A・K」。家でパルプを書き、バーでコロナを飲み、ごくごくたまにトウモロコシなんかと戦って暮らしてきた。
 そんな俺がなんだってこんな草むらに寝転んでいるんだ。

 傍らに立つのは容姿端麗衆目美麗、長い耳が特徴的な美青年。
 俺の友人、エルフの王子だ。
 「目が覚めたようだな、友よ」
 俺の方を見やることなく、腰に両手を当てて周囲を注視している。

 お互い考えていることは言わずともわかる。
 友人だからとか付き合いが長いとか、そんなんじゃない。
 単純にして明快(pure&simple)だ。
 「「ここは...どこなんだ?」」

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 ───綺麗な青空だ。
 あの安宿のカビだらけ雨漏り天井とは大違い。

 センネンスギが厄介な花粉をまき散らす季節が終わり、ユメミズミレの花が辺り一面に広がって良い香りに包んでくれる。
 初夏の風はまだ冷たく、身も心もきれいに澄み渡るようだ。

 ───お仕事でなければ、ね。
 目的地のロネ高原まではあと15㎞ほど。20分もあれば着くだろう。
 街道の石畳を強く蹴り少しだけ足を速める。

 まったく、今回は「荷の受け取り」から始めなきゃならないなんて、ホント-に憂鬱ったらありゃしない!

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 ───わかっていることがいくつかある。
 
 まずここが、俺たちの知らない場所であること。
 執筆活動に疲れた俺をバーの誰かが心配して、薬か何かでチョイと眠らせて避暑地に連れてきた?

 いいや違う。
 ぱっと見は南アルプスだかカルイザワだかの高原に見えなくもない。
 だが決してここはそんな高級避暑地じゃあない。
 なんというか、こう、雰囲気がそう教えている。
 
 次にわかっていることは、俺たちは何も持っていないことだ。
 着ているものは革製の囚人服めいた上下で、足元は木製っぽいサンダルを履かされていた。
 当然所持品も何一つ持っちゃいない。
 財布も、スマホも、銃もない。
 
 ただまあ慌ててはいけない。
 こういったトラブルには慣れっこなのが俺たちだ。
 まずは周囲の探索から。
 少し小高いところに上がると、眼下に石畳の街道、そして行商らしき荷馬車が見える。
 ちょうどいい、言葉が通じるかどうかも含めて話を聞くとしよう。
 俺はなだらかな斜面を駆け下りていく。

 背後から何か叫びながら追ってくるのはエルフの王子。
 いつもより強めの語気で放たれたその言葉の意味を理解するには、少しばかり遅すぎた。

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 そろそろ目的地のはずなんだけど...
 周囲を注意深く確認するが「荷」はまだ発見できていない。

 旅人か冒険者、巡回の衛視でも見つければ目撃情報が得られるんじゃないかと丘を登り切った直後、視界に入ったのは1台の荷馬車。
 ナイスタイミング! ここらへんでそれらしきものを見なかったか話を...
 喜び勇んで丘を駆け下りようとした私は、当然の疑問に突き当たり足を止める。
 
  ”なんであの馬車、こんなところで止まってんの?”

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 「ストップ!ストップだA・K!何かがおかしい!」
 王子の声がようやく耳に届いた俺はその意図にすぐ気づいた。
 御者席でうなだれている男の胸に数本の吹き矢が刺さっていたからだ。

 「GSYAAAAAAAAAAAHHHH!!!」
 刹那、周囲の藪から人型の何かが10数匹飛び出してきた!

 茶褐色の肌に腰布だけといういで立ち。
 身の丈は1~1.5mほどだろうか、毛髪のない頭部には2本の短い角が生えており、洞窟のように穿たれた眼窩には緑色に光る眼、耳元まで裂けた口には鋭い歯が並んでいる。 
 その手には石斧、刃の欠けたダガー、木の枝を削っただけの棍棒など統一性のない武器。

ゴブリンだ!逃げるぞ!」
 王子の声が終わらないうちに俺の足はすでに動いていた。
 くそったれ。なんだってこんなことに。

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 私が異常に気付くと同時に、反対側の丘から馬車に駆け寄ってくる2つの人影。
 人間と...エルフだろうか。
 珍しい組み合わせだ。どこのエルフなんだろう。

 ───そんなことは今どうでもいい。
 もし私の予想が当たっていたならば、急がないとたぶん二重の意味でヤバいことになる。
 走りながら身を前に深く沈める。
 思いきり息を吸い込み、止める。
 大きく地を蹴って加速!
 
「GSYAAAAAAAAHHH!!!!」

 直後、馬車の周囲の藪からゴブリンが現れて2人を襲撃する。
 その数、およそ10数匹。
 見ろ、やっぱり罠だった。
 
 風を受けながら精霊に呼びかける。

 《”駆けっこの時間だよ”》
 
 私を中心に球状に風の結界が展開される。
 矢避けになると同時に、走る際に”空気が邪魔にならない”のがいいとこだ。
 この感覚、なかなかわかってもらえないんだけどね。
 2人組は私の方に向かって逃げてきている。
 ひとつだけ違和感が残ったが、その姿格好を見て私は自身の予想が完全に当たっていたことを確信した。

 【荷は善良なる管理者としての義務をもって扱うべし

 どこに書いてあったかは忘れたが、守らないとえらいことになることだけはギルドのみんながわかっている。

 私は2人組に大声で呼びかけた。
 「伏せてッ!」

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「ファーック!ゴブリンだと!?予想通りの答えをありがとよ!もひとつ聞きたいことがあるぞ王子!俺たちはなぜこんなトコでゴブリンに追われてるんだ!」
「ああやって獲物の馬車を放置しておけば更に人間が寄ってくるのを知っていたんだろうな。撒き餌という奴だ」
「そういうことは聞いてねぇ!」
「しかもここから抜け出すにはどちらに行くにせよ坂を上らないといけない。小鬼どもにしてはやけに知能が働いている。だが」
「だが?」
「女神様がきてくださったようだ」
「は?」
 王子は問い返す俺の頭を無理やりに地面に押し付けた!
 2人とも地面にうつ伏せになるように倒れ伏す! 
 
 次の瞬間。
 広義の声を上げようとした俺の真上を、ものすごい突風が通り過ぎて行った。
 風の中にゴブリンと同じくらいの背丈の少女が見えたような気もする。

 慌てて身を起こし振り返る。
 ゴブリンが追ってきているのだ。急いで逃げねば。

 しかし俺が目にしたのは、さっき一瞬見えた小さな少女が、まるで交通事故めいて10数匹のゴブリンを跳ね飛ばしている光景だった。

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「§Γη^-℄㏍? ∇ §ゞ∮-℄㏍?」
(全てを諦めるか?それとも命を諦めるか?)

 私の問いかけにゴブリンたちは一瞬だけ逡巡した後、気を失った仲間を抱えて丘の向こうに消えていった。

 十分距離が離れたのを確認し、後ろを振り返る。
 『聞きたいことが山ほどある』みたいな顔をして立っているのはさっきの2人組。
 こっちだって聞きたくて仕方がないことがあるんだが、まずはきちんと契約を成立させないといけない。

 「えーっと...どちらがA・Kさん?」
 私の問いにエルフでないほうの男性が『どうして俺の名前がわかるんだ』という顔で軽く手を挙げる。
 うんうん。私だってこんな質問をする羽目になろうとは思ってもいなかった。
 「えーっと...じゃあ、こちらの方は?」

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 あまりの急展開に俺は危機を救ってもらった礼を言うのも忘れていた。
 目の前に立っているのは女子小学生のような体型の少女。
 
 長い耳を見る限り、王子と同じエルフなのだろうか。
 白い肌にエメラルドの瞳、ブロンドの金髪は片方の目を隠すように横に流れている。
 体型こそ子供だが、よく使いこまれた様子の肘当てや膝当て、ポーチやシューズなどからは熟練の登山ガイドやボーイスカウトのような雰囲気すら感じさせた。
 
 「私はエルフの王子。彼の友人だ」
 王子が誰何の声に答える。

 少女は俺たち2人を何度も見比べて、何やらうんうんと唸っている。
 「えー...”ドッペル”は1人に対し1人だったんじゃ...」

 相手は子供、あまり混み入った説明をしないほうがよさそうだ。
 そんなことより...
 「で...アンタは?」

 俺の声に少女ははっと顔を上げる。
 「あぁ、ごめんなさい。私はカレン。カレン・キューピッチ。王都より運び屋ギルドの依頼を受けてここに」

 「運び屋ギルド?」
 一瞬眉をしかめた俺に、カレンと名乗った少女は答えた。

 「はい。A・Kさんを元の世界にお運びします」 



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 【CULLEN THE TRANSPORTER EXTRA STAGE 1話終わり 2話へ続く


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