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『巡礼』

ざしゅ、ざしゅと落ち葉を踏む音。
はぁ、はぁと乱れる息。
少年の耳に届くのはそれだけだった。

夕陽が差し込む晩秋の森。
それぞれに荷を抱え、まっすぐに歩く人々の列。
少年の目に映るのはそれだけだった。

何百、いや何千人になるのだろうか。
少年は思い出す。
数えようとして諦めたことを。
全部で何人いるのか、それを知っている大人がいなかったことを。

歩く。ただひたすらに歩く。
ふと、全体の速度が緩んだ気がした。
「この先、橋を渡りますー!一列に並んでくださーい!」
黄色い帽子を被った男性が前方から小走りに駆けてきて人々に呼びかける。
両脚が落ち葉を豪快に掻き分けるさまはまるで除雪車だ。
皆慣れたもので、あっという間に綺麗な縦列ができあがった。

少年は思い出す。行き倒れた自分に声をかけてくれたあの女性のことを。
「とにかくみんなと一緒に歩いて」
「これ、どこに行くの?」
「わかんない。でも美味しいものがいっぱいあって、怖い目にもあわないところだって」

丸太をただ横倒しにしただけの粗末な橋を渡る。
さっきとは違う黄色帽子の男性が橋のすぐ横に立ち、子供や老人をサポートしている。
少年が橋に足をかけたとき、男性が腰に提げていたラジオがザザッ、ザザッとノイズを発した。

直後、ラジオから声が聞こえる。
「現在、■■総数は──■■20億を■■───」

こんな森の中だ。電波の届きも悪いのであろう。
内容は全く聞き取れず、少年は周囲の大人の表情が険しくなったことにも気付かなかった。

ざしゅ。ざしゅ。
はあ。はあ。

落ち葉を踏む音が鳴る間隔が長くなる。
荒れた息が聞こえる間隔が短くなる。

少年は思い出す。あの日、手を引いてくれたあの女性のことを。
「それでね、絶対に守ってほしいきまりがあるの」
「きまり?」
「そう。まず、赤い帽子を被った人の言うことは絶対聞くこと。」
「うん」
「それから───」

少年の前方、赤い帽子の男性が突然大声で叫んだ。
「伏せろッ!」

【続く】





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