『いざ鎌倉』
まだ肌寒い初夏。
朝靄の中を走るパトカーの車内。
鎌倉警察署刑事第1課、梶原時人は助手席で紫煙をくゆらす。
拝命して34、いや35年になるか。
大抵の事件は経験したと思ってきた。
目の前の信号がずっと赤信号のままであってほしい。
「カジさん、着きましたよ」
「...…。」
運転席からの声にあえて無視を決め込む。気が進まないことこの上ない。
「カジさん」
「わーってるよ」
運転席からの声にドアを開け重い腰を上げる。
──神奈川県鎌倉市、高徳院。
梶原は駐車場から周囲を見渡す。
境内はひっそりとしている。
野次馬ひとり見当たらない。
「まだどこにも漏れてねェんだな」
「まぁ、時間の問題でしょうけどね」
「すげぇ騒ぎになるんだろうなぁ、面倒くせぇ」
「ヤマがヤマですし、すぐに罰が当たるっすよこんなもん」
「こんなもんってお前なぁ」
仁王門を抜け、梶原の目に”現場”が映し出される。
「何だ、こりゃ...…」
次の言葉が出てこない。
報告を全く信じていなかったわけではない。
それでも、それは余りにも非現実的すぎる光景だった。
────首が落とされていた。
高徳院本尊、阿弥陀如来坐像。
いわゆる『鎌倉の大仏』。
その頭部、2mを超えるそれが無残に転がっていたのである。
巨木ほどの太さはあるであろうその首が
”まるで刃物で斬り落とされた”
かのような切り口を梶原に向けていた。
「何だ、こりゃ......」
まったく同じ句を紡ぎながら、梶原は『手口』を考える。
鎌倉大仏は青銅製である。
チェーンソーなどでここまで綺麗に切れるものではないし、何より音で誰かが気づくだろう。
水流カッター?レーザー?
いや、そんな機械をここまで誰にも気づかれずに運び込めるものだろうか。
考え込む彼の耳に声が届いた。
「梶原警部補!こちらです!」
我に返り、声の先に足を運ぶ。
大仏の背面。そこには文字が彫られていた。
『 九 郎 判 官 帰 参 』
【続く】
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