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ゴシック・ロリィタ・ロックンロールエチケットVol.3〜サーカスと、地元にまつわるエトセトラ〜

祖母の介護保険の申請をやった。

「ハートページはありますか?あの、遠方に住んでいるので今いただけると助かるんですが」
「はて?ハートページとな」と言わんばかりの役所のおばさんにあーだこーだと説明をしたところ、職員の手作り感満載、市のマスコットキャラクターが印刷されたホチキス留めの「介護保険の手引き」を貰った。
どうやら地元はいわゆるタウンページ的な商法で成り立っているハートページを作れるほど大きくないということらしい。

お礼を言って夜行バス明けの相方を迎えに行く。

大荷物のモヒカンは眠そうな目をこすりながらコーヒーを飲んでいた。

実家に一度戻り、スタジオの時間までかなりあったので相方は一度仮眠を取ることにした。

私はガスストーブの前でじっと動かないでスマホをいじっていた。

初遠征、とはいえ実家。
でもまぁ嬉しいな。

スタジオの時間があったので相方を叩き起こして、梅田駅に向かって、神戸の大舞台に向けて結構集中して練習した。終わった後父と合流してホープ軒のちゃんぽんを奢ってもらう。父と相方は初対面だが「君腕すごいな!!!」という絡み方をするところは流石私の父といったところか。

明日しっかり頑張ってこいよ。とのことで良さめのバーで酒を奢ってもらう。
少なくともホテルのハイネケン二杯分はしっかり決めないとなと感じた。

そこから実家に戻り風呂から上がると孤独のグルメを見ながら父は相方にミニクーパーの極意を説いていた。

父は明日も仕事なためすぐに寝た。私と相方は録画していたトップランナーを見ながら酒を煽る。

ミックグリーン以外でミッシェル単位で公式でセッションしたのってもしかして武田真治だけではないのか。

「ねぇユート、やっぱモヒカンの横しっかり剃った方が良くないか」

「バリカンあんの?」

「バリカンはないけど髭剃りならあるよ」

「シェーバーあるしいけるかな...?髭剃りは俺もある」

その日は酔っていたこともあって、とりあえずは明日に備えて寝ることにした。

次の日の朝、朝食くらいは振舞ってやろうと目玉焼きを焼いたところ大失敗をぶちかました。

潰れた目玉焼きを黙って食う相方に申し訳なさを感じながら「いや何でこいつ実家普通に泊まってんねん」というツッコミが脳裏をよぎった。まぁ、家主(父)が許可したなら良い。

「なぁ、やっぱりモヒカン剃らん??もう1人モヒカン来るし、剃った方がいいよ。絶対。長さで負けるなら側面で勝負しようよ」

謎理論を展開し、モヒカンを剃るべく洗面所にビニールを敷く、30分くらいで終わるだろうと思っていたら思いの外髪の毛は硬く、これが1時間くらいかかった、急いで片付け、神戸へ向かう。まだ時間に余裕はある。いや、大好きな小籠包屋へ行く余裕は無くなった。

SEにしようと用意していたRCサクセションのBuleをおもむろに開くとそこには、マンボとラテンのリズムVol.2という全く関係ないCDが入っていた。実家で清志郎とエルビスの声を聞いた記憶はたくさんあるが、マンボとラテンのリズムを感じたことは多分ない。その証拠に私のフレーズにはラテン感は一切ない。

すまん、そこのCD棚から勝手に好きなの持っていってくれ。と相方に伝えてベースケースのチャックを閉める。

前夜祭とはいえ、憧れのサーカスに向かう。
生まれて育ったこの町から、先の震災から立ち上がった先人たちが用意してくれた舞台。

地元の駅でゴスロリとモヒカンは悪目立ちする、頼むから正直小学校の同級生には会いたくない。と言っても、私は成人式にも参加していなければそもそも私立中学校を受験して受かった癖にドロップアウトして父の転勤を機に千葉に移り住んだ人間だ。誰も気づくまい。

誰かとすれ違ってもタチの悪いチンドン屋だと思ってくれていればいいな。
売れてなくて金がないから遠征費を節約するために実家に世話になるロックスターとか、あまりかっこいいものではない。

電車を乗り継いでサーカスの舞台へ。

諸々の書類を書いて楽屋へ機材を置きに行く。
緊張する、私は緊張すると口数がやたら増える。相方に永遠に話しかけ続ける、ここ数日でつけ込まれたコテコテの関西弁で。

根を上げた相方は「ごめん俺スティック買ってくるわ」と言って楽屋から出ていってしまった。
取り残された関西おしゃべりマシーンN号こと私、赤花ハガレは口寂しくなりタバコに火をつけた。

その時対バンの赤いスーツのバンドが話しかけてくれた。気さくだ。
私がコテコテの関西弁で話し続けるせいでADDICTIONが拠点不明のバンドになってしまった。

軽く概要を話す、相方がミッシェルのコピバンイベントに毎年参加していることを伝えると、某ここでは知名度のあるロックバンドのドラムの話が出る。ここぞとばかりに乗っかる、拠点不明の得体の知れないバンドが、ちゃんと信用に足る人物の知り合いだという事を伝えておきたい。なお、私は彼とは一回くらいしか話したことがない。

そんなこんなでライブが始まる、我々のSEはRCサクセションの呆れてものも言えない。にした。これは我が家のCDラックのぐちゃぐちゃさに相方が思った正直な感想なのかもしれない。

ステージから見た景色はスカスカだったが、関西を拠点に活動する知り合いや父が来てくれた。MCなんかいいことを言おうとしたが飛んだ。なんだこいつ。って顔をされたし、MCはやらない方が良かった。

前日に募金を呼びかけるお達しが主催者からあったため、バカ真面目にも私はしっかりめにMCをやろうとした。失敗したし他はあまり誰もやってなかった。

私が黒猫チェルシーの渡辺大知だったらしあわせ運べるようにをしっかり弾き語りで披露しただろう。
それだけでいい、それだけで本当は全て伝わる。
残念ながら私はADDICTION の赤花ハガレだったのでMCは飛ばすし関西人のくせに気の利いたオチも用意していない。多分何も伝わっていない。悔しい。

最後の曲をやったらステージへ父が近付いてきた、良かったよ、とか感想を言うでもなく。
「あのモヒカンどこで剃ったん?」と

「うちの洗面所」

ハァ?という顔をして、

「じゃあ俺先帰って寝るから!ストーブの電源切って寝ろよ!!!!!!」
と言って去っていった。

LINEでいいだろ、この大きなライブハウスの舞台でやるやりとりではない。後も支えてるから早くはけたい。

ライブは滞りなく進み、主催者の方から呼び出された。

次の日の本祭のチケットをもらった。昔のビートルズのチケットみたいでかわいい。
コンビニのチケットは味気ない。利便性はないが、こういうチケットは集めたくなるしいいなと思った。

「今日はどうでした?」

少し考えた。「でも、前夜祭とは言え地元でライブして、親孝行できたなと思いました」

言ってから、多分、今求められている答えではないと思った。

たくさんのロックバンドと肩を並べて演奏出来たことが誇らしい、とか。遠征して演奏して、初めて私たちの音楽を聴く人もいて、でも反応良くて嬉しかった、とか。

色々あったと思う。

でも私にとっては、スカスカの会場でも、前夜祭でも、地元を出て自分のやりたい歪んだベースを引っ提げて帰ってきた初めての凱旋公演だった。

顔を上げた先に地元を守った父がニコニコ(ニヤニヤとも言う)しながら見守っていた。

思えば、母はバンド活動に反対していた。高校時代は三者面談の帰りや成績表が返ってきたタイミングなど、隙あれば所属していた軽音学部を辞めさせんと怒鳴り散らかす人だった。(当時は)

所属していた軽音部は珍しく顧問にやる気があり定期的に外部講師を呼んで講習会をしたり、校則違反者が部内から出ると丸一日話し合いをするような部活だった。

社会性皆無だった私にはこれが必要だと思った父は何とか怒鳴る母を宥め、転勤前には「絶対に部活は引退までやらせる」と約束させて地元へ帰った。

お父さんは今もバンドを続けている私を見て、立派なイベントのステージに立つ私を見てどう思ったのだろうか。

少しはあの時夫婦喧嘩をした甲斐があったと思ってくれたのだろうか。

父が思ったことは計り知れない。もしかしたら「洗面所詰まったらお前どう落とし前つけんねん」とか思っているのかもしれない。

まぁいいや、それでも地元に帰って演奏したことは赤花家にとってはただならぬことなのだ。一大イベントなのだ。

次はもっと大きな舞台に立ちたい、誰かが私のことを地元の誇りだと思ってくれるような人になりたい。

そう思った夜だった。

「アンタ自惚れてんじゃないわよ」

阪急電鉄の低くて硬い椅子に腰かけると隣で金髪姫カット、シュガーブーケの美少女が毛足の長いクッション部分を指でなぞりながら濃淡をつけて遊んでいた。

「会場がスカスカなのはアンタのせいよ、大した知名度もないくせに遠征なんかして、ライブハウスもアンタの相方もアンタの望郷なんて望んでないわよ、ボランティアでも何でもないんだから」

「でも、関西圏だと集客はなかなか...」

「じゃあわざわざ関西でライブなんてするな!ノルマもない上にチケットまでもらっておいてバーカウンターの売り上げに貢献するでもなく望郷感情に浸って!気持ち悪いんだよアンタは、自己中心的なのよ考え方が!」

「すみません」

「ライブはライブ、集客のないバンドはどこに行ってもカス。ましてやライブハウスも慈善事業じゃないのよ!集客できないならせめて吐くまで飲めよ!店の酒を!」

「何もいい返せない」

「タダでデカい舞台に立てるわけないじゃない!!集客力があって酒が売れるバンドがライブハウスじゃ1番偉いのよ!!!誰かが見つけてくれるかもしれない、とか甘ったれた事考えるな!!お前は泥啜っても人を呼べ!見せろ!!!!!そして酒を売れ!お前らは喉が渇いて酒が飲みたくなるような最高のライブをしろ!!!!泥啜って土下座しながらライブに来てください!って各方面に頭を下げて回れ!!!!!お前は頭を下げまくらないと同郷のスター門脇更紗には及ばねぇんだよ!!!!!!!!!!!まぁ転がっても無理だな!!!!!!!でもお前はロックンローラーなんだから転がれや!!!!!!!」

「ヒヒィ〜〜」

「わかったらすぐやれ!!!!!!後仲良くしたい対バンには動画撮って送ってやるなり最前で盛り上がるなどしろ!!!!!!!」

ヒェっ、と顔を挙げると視界に入るキラキラとしたシュガーブーケはなく、ちいかわの中吊り広告が揺れていた。

総武快速と新幹線と阪急電鉄を乗り継いでもサーカスはまだ、辿り着かない。


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