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トゥルーノース[舞台挨拶付き上映]

池袋HUMAXシネマズにて、映画「トゥルーノース」の舞台挨拶付き上映を観ました。
映画も監督の話も非常に印象的で、どこかに残すべきだと感じたのでここに書き留めます。

※以下の文章にはネタバレを含みます。
映画を観た際の楽しみを毀損するものではないと考えますが、まっさらな状態で映画を観たいという方はお気をつけください。

(↑じゃあ読むのやめるわ〜という人も、せっかくなので予告編だけでも見ていってください!)


…ではいきます。


上映後の舞台挨拶で、清水ハン栄治監督はこう教えてくれた。
「映画のラストで「希望はある」と天を指差すシーンがあるが、あれはスクリーンの外の、映画を観ているあなたを指差しています。
この映画を観る自由がある人々こそが、彼らにとっての希望なんです」


映画を観ながら私は4回泣いたが、この監督の話でまた泣いてしまった。
北朝鮮の強制収容所を描いたこの映画は、実際にその場所にいた人や脱北した人から監督自身が直接聞いた話をもとに作られている。

たとえばゾンビや怪獣が出てくる映画で、悪人が人間と怪獣を戦わせて高見の見物をして愉しむようなシーンがある。この映画のあるシーンで私はそれを思い出したが、でも「トゥルーノース」は実際の世界の話だ。

そしてたとえば、地獄のような世界の中で生きる兄妹の姿に「火垂るの墓」を思う人もいるかもしれない。ナチスやポル・ポト政権を描いた映画を思い浮かべる人もいるかもしれない。
でも「トゥルーノース」は過去の話じゃない。
日本のすぐ近くの国で、2021年現在も続いている地獄だ。

この地獄を終わらせる第一歩は、みんながこの事実を知ることにある。
と思って、私はこれを書いている。


この映画を観た7月9日の夜まで、私は強制収容所のことを何ひとつ知らなかった。

たとえば「家族が韓国のラジオをこっそり聴いていた」「暮らしに対する不満を口にした」というような疑惑で、ある日突然秘密警察に連行される。
本人だけじゃなく、家族や親戚まで連れていかれる。
子供でも老人でも関係ない。
裁判もないし、そもそも「これを侵せば連行される」というような法律やルール自体が存在しない。

強制収容所は刑務所ではなく、数万人が暮らす、超絶劣悪な環境の街。  

わずかな食糧(飼料を水で溶かしたようなもの?)が配給されるだけで、住民全員が飢餓状態にある。
子供も老人も、全員が朝から夜まで農場や炭鉱や工場で働かされる(報酬はない)。
監視員に媚びると食べ物をもらえたりするので、(嘘を含めた)密告が横行する。だから住民は連帯しにくい(古今東西、あらゆる犯罪組織とかに使われてるシステム…)。 

監視員は人々をためらいもなく殺す。
女性をレイプし、妊娠が発覚したら処刑する。
処刑は見せしめなので、小さい子供でも直視しないといけない。
もし自殺したら家族が処刑されるので、死を選ぶことすら許されない。

映画を観ていて「ちょっとひどく描きすぎじゃない…?」と思ったが、監督いわく「事実を描くとひどすぎて観るのが辛くなりすぎるので、かなりマイルドな表現にした」とのこと。
わざと粗めの3DCGにしたのも、生々しさを軽減するためだそう。

まじかよ…。

と思って、とりあえず↑のWikiを読んでみたけど、本当の本当の本当に地獄みたいなことが書かれている。(読むなら自己責任で…)

どうやらまじなんだろう。なんてことだ。


もちろんこの映画は「今現在行われている国家犯罪をたくさんの人に伝え、深刻な人権侵害を一日も早く終わらせたい」という想いで作られている。
でも、ただ悲惨なだけの告発映画じゃない。

私はこの映画を、人間の尊厳を描いた映画だと感じた。

映画中にたくさんの人が死んでいくが、その死には大きく2種類ある。
モノのようにぞんざいに扱われる死。
人としての敬意を払われ、悼まれる死。

強制収容所の中には祭壇も棺桶も墓も無いが、見送る人たちの送り方だけで、死の意味も、そして生の意味も大きく変わる。
地獄のような世界で、それでも人の命を慈しみ悼む場面は本当に美しく、上に書いたように何度も何度も泣いてしまった。


監督は、制作チームのいるインドネシアと日本を何度も行き来し、10年をかけてこの映画を作った。
その往来で、毎回クアラルンプールの空港を利用した。
2017年、その空港で金正男が暗殺された。
その事件を受けて、監督は何かあった時のために遺書を書いたという。

映画の冒頭はTEDのカンファレンスから始まる。
この場面を「TED風」ではなくリアルにしたいと思った清水監督は、この映画をTED公式レジデンシープロジェクトに応募しようと考えた。

上の動画は、その応募用に撮られた1分動画。
クアラルンプールの空港で、ミュージカル『エビータ』の替え歌で「北朝鮮よ、私を暗殺しないで〜♪」と歌う監督。
この動画で公式プロジェクトに選ばれ、予告冒頭のTEDシーンが実現できた、ということらしい。

そんな話を、監督は終始冗談を交えながら飄々と話されていた。


ちなみにこの映画、韓国では映画祭で上映されて大きな反響を呼び、特別優秀賞を受賞しているが、色々なリスクが懸念されて(それはそうだろうな…)一般上映への道はなかなか厳しい状況らしい。
人権問題を抱える中国やロシアでは、おそらく上映されないだろう。
つまり北朝鮮の周辺国でこの映画を普通に観られるのは、今のところ日本だけということになる。

「この映画を観る自由がある人々こそが、彼らにとっての希望なんです」

監督のこの言葉を思い出す。
どうか一人でも多くの人に、この映画が届いてほしい。

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