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『花』にまつわる軌跡とキセキ

(2022/3/19 ビクターロック祭り2022)

悲しみで花が咲くものか。
このフレーズで踏んばれた時期があった。

あの頃を思い返すのは好きじゃない。なかったことにはできないけれど、可能な限り思い出したくない。幸い、思い出す暇もないほど今が楽しい。

人を信じきって生きてきた私が、一番そばにいる人を疑わなければならなかった。やさしい嘘ならいくらでも目をつむった。自分だけを守るための嘘だと気づくまでに10年かかった。それも含めて愛そうとした。そんなの自分よがりの奢りに過ぎない。何の役にも立たない己の無力さを知った。

音楽を聴く気持ちの余裕はなかった。断絶したというより、ゆとりがない。率先して聴く機会は減ったものの自然と耳に入ってくる音楽はあった。それがサンボマスターの『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』とORANGE RANGEの『花』だった。

ヨコタさんがアレンジするのが『花』だと分かったとき、耳を疑った。理解するまでに少し時間がかかった。ORANGE RANGEは何度かライブで拝見しているものの、幸か不幸か『花』を聴く機会はなかった。この曲を目の当たりにしたら、私の中のなにかが崩れ落ちる気がしてた。だからこそ「演らないでくれてありがとう」だった。

パパは精一杯生きてなかったね。
だから花にはなれないね。

当時、小学校1年生だった長男が言った。隠し通してたつもりが、何一つ隠せてなかった。家族ってなんだろう。父親と母親がそろってるから幸せなのか?そろってなければ不幸せなのか?まっとうに生きる機会を失うのか?決断を先延ばしにした私こそ、長男を傷つけたじゃないか。こんなこと言わせたら、感じさせたらいけない。長男だけではない、誰よりもパパっ子だった娘の号泣、役不足だろうが何がなんでも守ると決めた。次男坊に至っては恐らく記憶にもないだろう。それでも、父親の記憶を葬り去った私の責任は重い。

長男の言葉は今も鮮明に蘇る。本当に大切にするべきものは何か。家族という形にこだわるがあまり、あの頃の私には気づく術がなかった。もし、あの時『花』に出会えてなければ、私は決断できないまま、今を過ごしていたかもしれない。

その『花』をヨコタさんがアレンジする。
ずっとトラウマでもあったあの曲を、よりによって大好きな人が選曲した。ものすごく楽しみでありつつ、どこか割り切れない不安と背中合わせ。今まで感じたことのない緊張で全身をこわばらせながら、収録現場へ向かった。

ヨコタさんがピアノの前に座った。次は『花』だと感じた。普段キュウソではなかなか見られない姿だよね、と石毛さんが言った。ピンと空気が張った気がした。2テイク目の前に頭のフレーズを少しだけ弾いてた。普段のライブは常に本番で、フェスのリハであれ本気のリハ。あんな風に軽く練習するような姿は、なんだか新鮮だった。

大好きな旋律だった。つらくて出た涙じゃない。大好きで仕方がなくて、うれしくて仕方がなくて、ありがとうでいっぱいになって苦しかった。あったかくてやさしい音色が、ぐるんと全身を包み込んだ。大丈夫やでって、そっと背中を支えてくれた気がした。とてもとてもしあわせだった。

あの日
あの時
あの場所のキセキは
また新しい軌跡を生むだろう

『花』ORANGE RANGE

どうして「なにかが崩れ落ちる」と思ったんだろう。たぶんこのトラウマは一生背負ってく。だとしても、しっかりキセキで上書きされた。新しい軌跡そのものだった。こんな未来、誰が想像しただろう。経験しなく済むなら今からでもお願いしたい人生の底辺が、時を経て逆転優勝するとは。

”今”という現実の宝物
だから僕は精一杯生きて
花になろう

『花』ORANGE RANGE

過去を取り消すことはできなくても、"今"という現実が宝物になった。だから私も精一杯生きて、花になろうと思えた。

全曲演奏し終えた皆さんが両手を上げて「やったー!」と叫んだ。それまでずっと張りつめてた私の緊張も、ここで一気にとけた。急な脱力感に見舞われ、ステージ転換中の1時間、私は人目もはばからず椅子に座ったまま寝た。

「キリキリマイが聴きたいですー!演ってくださいー!」壇上の田邊さんが、ただのファンのようなセリフを放った。うわやった!大好きな曲だ、めっちゃ聴きたいー!収録も大詰め、突如として起こったこのやりとりから、あれよあれよと予想外の展開が出現した。出演者全員でのジャムセッションだ。みんなで演るなら、と演奏曲は『上海ハニー』に決まった。

HIROKIさんの声かけでゲストボーカル陣の皆さんがステージに降りてきた。それを座ったまま眺めるアレンジレンジの皆さん。あたかも我々の仕事はすべて終わりましたの如く。なに座ってんの!あなた達こそ今回の主役でしょ!に対して、もうこれ以上は動けません風の表情は、とにかく微笑ましかったし、この企画に対する情熱と、ただならぬ尽力をひしひしと感じた。

その後の大団円は放送の通り。さっきまでの緊張が嘘のように、全身がゆるみ、顔がゆるみ、リズムに合わせて自然に手を振り、カチャーシーを踊った。どうにもこうにも楽しかった。ここに居させてくれてありがとうと、何度も何度も思った。

本当の意味での実感は、観覧者の収録が終わり、外に出てから襲ってきた。収録中は現実味のない空間すぎて半信半疑だった。私たちの任務が終わっても、ヨコタさん達の収録はまだまだ続いた。さらにヨコタさんのツイートで、この収録が朝からだったことを知る。定時勤務のサラリーマンには考えがたい長丁場。そうでなくても連日の過密スケジュール。2階席から階下のフロアを観覧していたが、雲の上の人を眺めている気分だった。やっぱり私の憧れの人は、まぎれもなくスターだ。能ある鷹はナントカというけれど、膨大な音楽力は、まだまだ山ほど隠してるんだろう。またこんな機会があれば、遠慮なく聴かせてほしい。

「ヨコタさんてさ、ほんと優しいよね。何度もこっちに手を振ってくれる。」隣の人の声にハッとした。観覧席の端から端まで、くまなく手を振っていたのは、確かにヨコタさんだけだった。あの無邪気な笑顔に、今までどれだけの元気をもらっただろう。いくつになっても、キッズでいさせてくれてありがとうございます。うっかり、いつもそばにいてくれるような錯覚すら覚えるけれど、そう易々とは届かない絶妙な距離感がたまらなく好きです。どうかこれからもずっと私の憧れの人でいてください。

愛することで強くなること
信じることで乗り切れること

『花』ORANGE RANGE

愛するものに囲まれてる自分は、誰よりも強くいられる自信がある。あからさまに全てを信じることはできなくなった。でも今なら、信じることで色んなことを乗り切れる気がする。

そのセリフ、そのまんまお返しします。


最後に蛇足をひとつだけ。
3コブ付き中古欠陥住宅な私と、今を共に過ごしてくれる最愛の人に、この曲を捧げます。

無理に描く理想より
笑い合える今日の方が
ずっと幸せです。

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