小説 園 第一話

あらすじ
ホームセンターで働く大野はやりがいはおろか、生きる希望さえ見出せなくなっていた。そんななか突然の異動となり、園芸担当となる。草花を育てることで、大野は何かを見出そうとしていた。

「大野さん、ごめん外線でVU管のお問い合わせなんだけど出れる?」
「えっと、、VU管って何ですか?」
「調べたら塩ビパイプって出てる」
「塩ビパイプか、分かりました。出てみます」
「ごめん!お願い!」

「お電話ありがとうございます。ホームセンターエデン伊勢原店大野です」
「あぁすみません、3メートルのVP管って取り扱いある?」
事務の田崎さんが聞き間違えたらしい。相手の声質で気質の荒い若い現場仕事の職人だと分かった。
「えっと、、VP管ですか?申し訳ございません、どんなものですか?」
「まじ?笑える。ホームセンターで働いてるのにそんなのも知らないの?」
「もっと詳しい人いない?詳しい人に聞けば分かるから」
何回も聞いた言葉だった。「そんなのも知らないの?」と「もっと詳しい人いないの?」。知らないものは知らないのだ。VP管、VU管、VVFケーブル、VFFケーブル、電動ドリルが壊れた、ストーブが壊れた、バラの育て方を教えてほしい。もううんざりだった。僕たちは全知全能の神様ではない。これだけ多種多様のモノを扱っておいて、全てを網羅することは不可能に近い。そして、もっと詳しい人いないの?という無意識にも冷徹な言葉は、僕の存在価値を否定して、小さなプライドを傷つけた。その言葉を聞く度に僕は決まって嘘をついた。
「すみません。あいにく私しかいなくて。少々お待ちくださいませ。只今お調べいたしますので」
手持ちのハンディ機器で商品を検索する。ヒットしない。ヒットしない場合でも取り扱いがあることはよくある。ただあまりに時間をかけてしまっているときはプレッシャーに負けて僕はまた嘘をつく。
「申し訳ございません。お取り扱いございません」
「ない?そんなわけないだろうがよ。もういいよ。他あたるよ」
電話が切れて、溜息をついた後に安心する。この人に会わないで済んだと思うと妙に安心するのだ。何かの圧力の気配を消し去った後に、一度スマートフォンの検索エンジンにVP管を入力する。出てきた画像を見て、なんだこれも塩ビパイプなんじゃないかとがっかりした。塩ビパイプですと言ってくれれば見つけられたかもしれないのにと思って、売り場に行くとしっかりとVU管の隣にVP管が陳列してあった。あの若い職人が自分が電話に出たせいでVP管に辿り着けなかったと思うと、可哀想でもあり、ざまあみろとも思った。そしてすぐ刹那に罪悪感に襲われて、これでよくお金を貰って働いていると言えるなと自分を憐れんだ。僕は給料泥棒なのかもしれない。そしてこのままだとこの先も一生給料泥棒なのかもしれない。

新入社員でホームセンターエデンに入社して2年目だった。入社して半年が経った頃に家具などを取り扱うインテリア担当に配属された。新入社員といっても、社員の扱いになるので、パートやアルバイトから見ると上の立場になる。できない社員は陰で「社員のくせに」と言われた。先輩社員、主任といったもっと上の立場の人間でさえ、パートさんに陰で色々言われている。縦社会には必然な出来事なのだろうと思ったが、自分が言われるのは避けたいと思った。
家具を取り扱ったインテリア担当はそこまで商品知識はいらなかった。カラーボックス、カラーラックなどは取り扱い説明書通りに組み立てるだけであるので、どうやって組み立てるかと聞かれれば、取り扱い説明書に書いてありますので、その通りにやってみて下さいと言う他ない。展示用の見本で、何度も家具を組み立てた。カラーボックスもカラーラックもテレビ台も、折り畳みベッドも。だからある程度の家具を組み立てたことがあるというのはただ説明書の手順に従っただけであるが、経験値として身に付いた知識なのかもしれない。そう思うとすぐさま、「そんなことも知らないの?」という言葉を思い出して、ただの経験であれだけ威張っていたことに腹ただしく思うのであった。

「大野さん、新生活企画の家具すごいたくさん導入で来てたよ」
「あの量大変だね、売り場立ち上げ、手伝うことあったら声かけて」
午後から出勤すると、すぐにパートの森さんから声がかかった。森さんはもう60歳近いのに元気なおばちゃんで優しかった。いつでも大変なときは手伝うよと声をかけてくれた。小さくって丸っこいフォルムにもじゃもじゃなパーマ頭を見て、僕はいつも安心していた。
毎年春の新生活シーズンになると、新生活に必要な家具の売場を大々的に立ち上げて、販売量を上げる。ただ市場はシーズンの一歩先を出ないといけないので、タイミング的にはお正月が終わると、新生活や新入学の売り場に変えていかなければならない。こうやって本部から一定数導入が送られてくることが多く、それから先は必要数発注をかける。この発注数とその発注したものをどのように売り場に陳列するかで、小売業の業績の数値は変わってくる。売れるものをお客さんの手元に届く分だけ準備することが基本となる。思ったより売れないとなると在庫を抱えることとなり、欠品してしまうと本当はもっと売上の数値が上がったかもしれないということになる。この加減が難しい。本来の期待値より上振れる為には、その売り方を工夫する必要がある。単純なこととなれば、売り場に陳列する在庫数を増やすことだ。お客さんが3個欲しかったのに、2個しか陳列できてなかったところを3個買えるように陳列すれば、販売数量が上がる。その他、手に取りやすい高さに陳列したり、見本を1つ展示で出すことで変わったりする。
商品や知識を問われるいわゆる接客は苦手だったが、こういった売場をつくって、自分の判断や工夫によって数値が上がったりすることは唯一のやりがいだった。




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