小説 園 第五話

エデン町田店はJR町田駅からバスで20分走らせたところにあった。通勤手段が車でないとどうして車じゃないんですかと驚かれる。持っていないからだと答えたいし、購入費も維持費もないからだと答えたいところであるが、本当の胸の内は、自分の過ちで、誰かの命を奪う可能性に多大な恐怖心があった。車のないつまらない男として生涯生きることと、人殺しの罪悪感とともに生涯生きることのどちらの恐怖心が重いのか、両者を天秤に掛けるとどうしても後者の方が重くなった。

「何歳なの?」
「どこに住んでるの?」
「どうやって来てるの?」

事務さんを含めたパートさん数人から尋問をくらう。前の伊勢原店はお店が大きく社員の人数が多かったが、ここ町田店は社員が5人しかいなかった。全員出勤日があるわけではないので、1日に3人程しか社員が出勤しないことになる。そのせいで、パートさん達は、新しく異動して来た社員が仕事ができる人なのか、信頼できる人なのか、それを見極めようとしている。信頼というのは、時間をかけて積み重ねるものなので、それに真正面から立ち向かっていくしかなかった。
異動の多いエデンという会社で、その店の色を決めるのは店長の様でそうではなかった。脈々と続いていくパートさん達が、お店の根幹となる存在だった。その中でもとりわけ事務というポジションはお店の核となる。事務さんが明るめのお店は、パートさんもワイワイとした雰囲気を持ち、全体が明るくなる。事務さんが厳しめのお店は、真面目な人が多く、規律を重んじた店になりやすい。もちろん店長もお店の方向を最終的に決める要素ではあるが、関係性が縦となるため、横を支配する事務さんが色んなものを握っていると僕は思っている。
そして、町田店の事務の川上さんは不思議な雰囲気を持っていた。真面目そうな見た目を裏切るほど声が高かった。「いや声高っ!」とツッコまずにいられるみんなをすごいと思った。これが慣れなのだろうか。この店の色をつけてるのが川上さんだとすると、それはなんだか可笑しかった。

「大野さんには、店内の園芸用品と外売り場の植物売場を見てもらいたいです」
「真辺さん!!ちょっと!」
佐々木店長が、緑のエプロンをしたグレーな頭髪のおじいさんを呼んだ。
「ああ!どうも大野さん、植物担当の真辺です。どうぞ宜しく」
真辺さんは見た目の割に足腰がしっかりしていて、腕も胸もがっちりしていた。そのズシズシとした歩き方には、人を圧倒する目には見えない力があった。
「園芸や植物のことなら真辺さんに聞いたらいいよ、なんでも知ってるから」

インテリア担当から園芸担当となった。理由は単純で、園芸担当の社員が異動したからだった。玉突きの異動により、前任の担当をそのまま引き継ぐことはどの店でも多いらしい。このとき、初めて大学で農学部にいた過去が現在と繋がったのかもしれないと思った。とは言うものの、僕が大学で本当に専攻していたことはDNAの塩基配列を分析するような生物学であったので、ちゃんと植物とじっくり向き合ったことはなかった。繋がっている様で、繋がってなくて、繋げようとしているのが、我ながら人間らしいと思った。

「植物はね、美しいですよ。それは見た目以上に」

真辺さんはそれだけ言って、歯をチラッと見せてはにかんだ。緑の中でグレーの頭が映えていて、空は吸い込まれそうなほどに青く、それに対して空が青いという当たり前の感想を持てたことがなぜか嬉しかった。

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