小説 園 第三話

大学受験に失敗して、当たり前のように浪人生となった。高校時代勉強が上手くいってなかったことに向き合っていなかった。それに加えて高校から始めた硬式テニスが全く上手くいかずにもがいていた。中学で培った学力と、サッカーで経験した成功体験が気付かないうちに僕のプライドの高さを上げていた。国立大学の大学院を卒業していた父は勉強が疎かになるくらいなら部活動を辞めさせてもいいのではないかと母に言っていた。しかし母はそうさせなかった。母は辞めるということよりも乗り越えた先に希望を持つ人だった。浪人し、予備校に通うための学費の足しにと母は地元のスーパーでお金を貯めた。僕が高校を卒業した日、母は泣きながら現金100万円を下ろしてきたと僕に言った。母は以前から職場でいじめに遭っていた。辞めたいのに僕のために辞められなかったと思うと胸が締め付けられた。僕は今日まで母のその顔を忘れる日はなかった。
父の影響で、当たり前に国立大学に進学するものだと思っていた現実は木っ端微塵に粉砕し、自分の身の丈を知った。しかし浪人させてもらうからには上を目指さないとあの母の涙を無駄にすることになる。僕は国立大学の農学部や理学部を目指した。生物の勉強がしたかったのだ。化学が専攻だった父は反対気味だったが、その反対を押し切り生物学が学べる大学を目指した。宅浪と呼ばれるいわゆる自宅浪人では上手くいかないだろうと、父は僕を県外の寮に住まわせ、有名な予備校に通わせた。通わせたと言ったら自分の意思がないようだが、僕にとって父は指針だった。父が言うならそうなのだろうと自然とそう思っていた。今思うと、あの頃、親以外に信頼できる大人などいなかっただけなのだと思う。子にとって大人というのは親でしかない時代があるということは少し残酷な現実なのかもしれない。
一年間死ぬ気で勉強した。勉強しかしてこなかったように思う。迎えたセンター試験。神様などどこにもいないと確信した瞬間だった。まるで上手くいかなかったのだ。プレッシャーの全てに負けたのだった。一年間が泡となって溶けていった。その夜、父から電話があって泣きながら謝った。父は落ち着きなさいと言ったが、父も息が乱れていたのが、電話越しで分かった。
僕はセンター試験の結果が影響されない私立の大学と、国立大学の僅かな二次試験の挽回にかけて、残りの受験生活を捧げた。その結果自分のやりたかった生物学が学べる私立の大学は合格し、国立大学の理学部にも合格した。
自分の身の丈では精一杯の結果だったように思う。ただ僕は自分のやりたかったことがより学べる私立の大学を選ぶ決断をした。このときも父はあまり納得していなかったように思う。今日まで僕の人生の岐路で父が頭を強く縦に振ったことはなかったように思う。

大学で生物学を学んだが、僕は大学院進学を選ばなかった。父は大学院まで行かないと一つの学問は完成しないと強く言っていた。そして就活を始めた。自分の存在やアイデンティティが分からずに、業界を絞らずに説明会などに足を運んだ。そもそも自分を必要としてくれる企業がいないのではないのだろうかという恐怖で、少しでも興味があれば手当たり次第の企業を受けるようになっていた。その結果、飲食業界、派遣の技術職、現場監督と異なる業界の3社から内定を頂いた。僕はどうしたらいいか判断に迷い、大学四年生の夏、連絡もせずに実家に帰った。このときも父を頼りにしたのだった。正確に言うとこのときもまだ父しか頼りがいなかった。
父は当たり前のように反対的は態度だった。
「うーん、この会社行って何するん」
「これがやりたかったことなんか?」
「大学で学んだことはこれに活かせるんか?」
予想通りの父の反応だった。ただどこかでお前がやりたいならそれでいいよと応援して欲しかった自分がいた。ただそれ以前に僕は何がやりたいのか分からなかった。そして、この家の息子であることを残念に思った。僕は両親が望んだ息子にはなれなかった。自分を支えているあらゆるネジが緩んで外れていくのが分かった。そして壊れていく音が体内に響いていた。
「この家やめる」
僕は確かにそう言って、玄関の扉まで走った。
「お父さん止めて!」
母がたまらず叫んで、父が僕の腕を掴んで、引き留めた。涙が止まらなかった。叫びがおさまらなかった。全てが消える勢いで僕は泣いた。父も泣いていた。僕たちはギリギリのところまで来ていたのだと後になって分かった。


僕はまた0からスタートすることを決意して、内定を頂いた企業をひとつずつ丁重に断った。その中でも飲食業界の企業は、大きな企業にも関わらず、直筆で僕に対する期待を書いてくれていたので少し心苦しかった。自分の大学の進路情報や企業の情報の掲載されたホームページの掲示板にホームセンターエデンの募集要項があった。僕は農学部の中の生物学が専攻だったので、少しはこの企業に貢献できるのかもしれない。僕はエデンの入社試験と、もう一つ別な企業を受けて、エデンだけが残った。僕の未来に残されたのはエデンだけだった。

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