7羽「3カ国目・中国・China2」

悪夢の一夜が明け、19:50発の夜行列車で桂林へ。

一部屋六人。片側に上・中・下段と3つのベッドが並んでいる。ベッドというより、「人が寝ることを想定した荷物置き」といったほうがイメージしやすいかもしれません。

「硬臥」とチケットに書かれていた通り、ベッドはだいぶ硬かった。

僕以外はみな中国人の男性。車内でもおかまいなしに痰をはきまくる男たちの「カーッ、ペッ!」という音をきく度、なにかの間違いでこっちに飛んでくるんじゃないかと心配しているうち、いつの間にか眠りについた。人間疲れたらどんなストレスフルなことがあっても、意外と眠れるようです。

約11時間、朝6:50に桂林駅に到着。明け方でまだ閑散としている駅前に、ボールのかたちをした揚げ物を売っている屋台が目に入った。肌寒さと空腹とでなにも考えず買って歩き食いしてしまったのですが、これがまずかった。前々夜に引き続き、「ピザの呪い」はまだ解けていなかった。どうやら小麦を焼いたものとはすこぶる相性が悪いようだ。食べて5分もしないうちに、急激にお腹が痛くなってしまった。

まだ宿もみつけていなかったけれど、それどころじゃない。腹のうちを焼かれるような痛みにいやな汗をかきながら、トイレを探す。奇跡的に、100mくらい先にマクドナルドをみつけた。

「コーラ、Sサイズ。でも先にトイレ借りますね。」と店員さんに言うまでの道のりは果てしなく長く感じたものの、なんとか爆発するまえにトイレへ駆け込んだ。

女性の月に一度の「あれ」は「小規模の出産」だ。とどこかで聞いたことがある。「結局、男にはわからないのよ。」となじられるやつだが、しかしなじられるに値するほど、大変なことである。体内から血がでるというのは、身体と精神にどれだけの負担がかかるか。これを経験できない男というのは、所詮なじられても仕方がないのだ。我々にできることは可能な限りの想像力を駆使して気を使うことしかない。駆使し過ぎてうざったくなってもいけない。ちょうどいい塩梅でないといけない。高い所にお皿を戻そうとしている女性がいたら、お皿をすっと受け取って戻して差し上げ奉らないといけない。最後に「いつもありがとうね。」というのも忘れてはいけない。まちがっても「僕が脚立になるよ。」と言って四つん這いになってはいけない。そんなの心を読めない限り不可能だって?わからないやつだな、読めようが読めまいがやるしかないんだ我々は。もし間違えたらとにかく土下座、平謝り、そして部屋の隅っこで大人しく猫のトイレの掃除でもしながらご機嫌麗しくなるのを待つのみだ。女性は大変なんだ。なんたって体から血だとかなんとか色々出てしまうんだ。だから「コークのSサイズできました」なんてわざわざトイレにまで言いに来なくていいんだ。そんなんだから男はダメなんだ。国籍問わず男はやっぱりダメだ。全然わかってない。それもう飲んでくれちゃっていいから、空気読んでちょっと放っといてくれないか。

僕はいまケツから血がとまらないんだ。


自分の身にいまいったい何が起こっているのか?ということより、
「この血まみれの便器をどうしよう」
と心配してしまった僕は、まだ精神的にはもちこたえていた方なのかもしれない。
便器ってどこの国も白だよな?ここ桂林は中国のなかの「広西チワン族自治区」という地域らしいけど、実はイメージカラーが「赤」で便器ももともと「赤」ってことはないよな?と現実逃避的論理を展開したくなるほど、真っ赤に染まるマクドナルド桂林店の男性トイレ。

ペットボトルに水を汲んでは洗い流し、ティッシュでふきまくり必死で痕跡を消す姿は、なんだか衝動的な殺人犯のようにみえたかもしれない。ここが密室で本当によかった。刺した相手はどこかに消したが、血は消せなかった。という解釈もありえそうだと思うほど、大量の血が流れて流れて止まらなかった。揚げ物たったひとつでこんなことがあり得るんだろうか?それともそれ以前になにか変な病原菌にでもかかってしまったのだろうか?電子辞書に入ってた医学事典のわずかな情報で検索すると、「赤痢」とでてきた。

これには参ってしまった。なんて災難だ。ここまでくるとマジに呪いに思えてくる。本当に赤痢だとしたら、これはもう日本に帰らなければならないんじゃないか?失礼だが、チワン族の医学で治せるとは到底思えない。ぬるくなったコーラを一口も飲めず、机に突っ伏しながら本気でそう思った。そうは言っても、コーラを飲めても飲めなくても、いつまでもここで死んでいるわけにはいかない。とにかく一刻もはやくベッドで横になり、体を休めなければならない。帰るかどうかは、休んでも治らなかったそのときに考えよう。

すこしだけ痛みが治まってきたのを見計らい、足早にマクドナルドを出た。いまは節約なんてしてる場合じゃない、と「地球の歩き方 広西・アモイ・桂林」に載ってるなかで一番近く且つちゃんとしてそうなホテル「陰山酒店」へ向かった。

しかしやはり僕は間違いなく呪われていた。もう比喩とか被害妄想とかそんなんじゃない。ありえないことに、「陰山酒店」もつぶれていた。

いったいなんなんだ。僕が選ぶ宿は全部事前に神さまにつぶされてしまうのか?写真も実物も立派なホテルの玄関になぜ「KEEP OUT」の黄色と黒のテープが貼られてるんだ?ピザと間違えたことがそんなに癇に障ったのか?中国の神さまを侮辱しちゃったのか?ピザはお気に召さないのか?マクドナルドの出店は許可されてもピザハットはダメなのか?だれがもっともらしい理由を説明してくれ。

そんな絶望的な思考しかできず、いつまたケツに火がつく、じゃなくてケツから血が噴き出るかもわからない。とりあえずまたマクドナルドに戻って、態勢を立て直すしかない。そう思っていたとき、小さな中国人のおじさんが声をかけてきた。

「ホテル?ユーニードホテル?」

そう、ホテル。と返事しかけたところ、2日前の悪夢がよみがえってきた。こんな状態で前みたいなところに案内されたらどうしよう。これはダメだ、地球の歩き方も信じられないが客引きはもっと信用できない。

「ノー、ノーサンキュー」

とうつむきながら無愛想に返事するも、なんだかしつこく「カモンカモン」と言っている。

「だからノーサンキューだって!」と言いながら顔を上げると、おじさんはどこかを指さしてる。指の向こうをみたら、そこはホテルだった。なんと、「陰山酒店」のすぐとなりに、ちゃんと営業しているホテルがあった。僕はあまりにしんどすぎて、そんなことにも気づかなかった。身体から血が出ているときはこういうこともあるのだ。繰り返しいうが、男性諸君はたとえどんな理不尽なことを言われても、すべてまるごと受け入れなければならない。だから許せよおじさん、僕はいまあの日なんだ。

あまりに顔色がわるくみえたのでしょう、「とりあえず休んでけよ。」というつもりで声をかけてくれたようで、小さいフロントのロビーのソファに案内された。泊まってけ泊まってけと無理にすすめられることもなく、おじさんはそのまますっとフロントに戻っていった。どうやらおじさんはホテルのフロントスタッフのようだった。

この2日間、無愛想で怒ってばかりにみえた中国人のなかで、ようやくまともに話せそうな人に出会えた気がして、僕はすこし安心した。なかなか扱いがわかってるじゃないか。こういうことなんだよ!僕が求めている「空気読む」っていうことは!おじさんは小さいしハゲてるしシャツのボタンはなぜか上から3つ目まで外しているけど、実はこれでなかなか女にモテるのかもしれない。

すこしおじさんを信用した僕は、「ここいくらですか?」と聞いた。

「80元だよ。」

おっ!と僕は思った。なぜなら泊まろうとしていた「陰山酒店」はガイドブックに1泊100元と書いてあった。それよりは安いし、ここもなんだかちゃんとしてそうだし、なによりフロントで話している客が西洋人の旅行者だった。同じような旅行者がいることに安心したこともあり、とりあえずこの「奥森酒店」に3泊することに決めた。3日じっくり体を休めて、回復をはかろう。

しかし、この「奥森酒店」もなかなかの食わせ者だった。

僕は3泊することにしてお金も払った。でも結局2泊しかしなかった。
正確にいうと、2泊しかできなかった。

2日後、「奥森酒店」は崩壊した。

つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?