12羽「6カ国目・カンボジア・Cambodia1」
「カンボジアの国境は気をつけろよ。よくワイロ要求されるから。」
これはタイからカンボジアを通ってベトナムへやってきた日本人旅行者から、度々耳にしていたことだった。
ベトナムからカンボジアにいくバスが国境に着いたら、ドライバーが乗客からパスポートを回収する。希望者は25ドル払い、ドライバーに代わりに入国ビザをとってもらう。そしてバスの中で待ってるだけでいい、というシステムだ。30人くらいいる乗客の中でそれを断ったのは、僕とアラブ系の男性のふたりだけだった。
この男性は赤ちゃんを連れていて、その赤ちゃんの分は直接出向かないといけなかった。つまりは、自分のためという理由で断ったのは僕だけだった。
断った理由はふたつ。
ひとつは、自分で取りに行けば20ドルで済むこと。5ドルはドライバーの手数料分だ。1泊2ドルや3ドルの宿を泊り歩いている身としては、この5ドルは当然ケチるに値する金額だった。
ふたつめは、僕はワイロを要求されてみたかった。我が祖国では公務員からワイロを要求されるなどという経験は、一般市民である私は恐らく死ぬまでさせてもらえないだろうと思ったのと、いったいどの面下げてワイロを要求するのか、どれだけのはした金をせびってくるのか、口頭でストレートに「チップちょうだいよ。」なんて言ってくるのか、それともこっそり指と指をこすりあわせてパチパチってかわいくものないウィンクでもしてくるのか、そうしたらバカのふりして周りの人に「ねぇねぇこれってどういう意味ー?!」ってわざとらしく吹聴して困らせてみたいなぁとか、大体そんな理由だったと思う。ワイロを要求する税関職員もしょうもない人間だが、当時の私もどっこいどっこいの人間だった。
「いいよ、自分でいくから。」
といって断る僕を珍獣でもみるような目でみるドライバーに、以上の理由を説明するのがめんどうで、ただ「趣味なんだ。」と答えた。
結局ワイロなんて要求もされずに、ふつうに20ドル払わされただけで済んでしまった。
「20ドル?ほんとに?やすくない?」って念押ししたけどダメだった。
僕と税関職員のやりとりを横で聞いてたドライバーはおもしろいと思ったのか、高くない?って聞こうと思って安くない?って言っちゃう、金がない上に英語力もないかわいそうなやつだと思ったのか、はたしてその両方だったのかはよくわからないけれど、結果として僕は国境でジュースをおごってもらった。
他の乗客28人分のビザ発給を一緒に待ってる間、ジュースを飲みながら「いや実はワイロを請求されるかどうか確かめたくって」とドライバーに話した。すると彼が教えてくれた。
「それはタイからカンボジアにくる国境の話しだろうね。あっちではよくあるみたいだよ。いまの職員の何人かが結託して、小遣い稼ぎしてるみたい。」
「それってバレたらどうなるの?」
「バレたらバレたやつにワイロ渡せばいいだけだろ。」
「断られたら?」
「断らないくらいのいい金額渡すから誰も断らないさ。みんなそれほどバカじゃない。」
「それでも断られたら?」
「うーん。想像できないな。おまえここに100ドル落ちてたらそこの警察にもってくか?」
「いくよ。」 僕はウソをついた。
「ウソつけ!」
「ホントだよ。日本人はいくんだよ。いかなきゃ罪悪感が生まれて眠れなくなる洗脳教育が我が国では施されている。」
「マジかよ!もってくくらいならお前、新しいTシャツ買えよ。汚いぞ、それ。」
「これ2日前にホーチミンで買ったやつだよ。こういうデザインなんだよ。」
「マジかよ。。。」
僕はまたウソをついた。
国境を越えた先から、道路は舗装されたアスファルトではなくなった。
土埃がひどくて窓を開けて走ることができず、またバスの揺れも相当ひどいものになったけれど、意外と親切で素直なベトナム人のおっさんドライバーと話していたら、あっという間に首都プノンペンに着いた。
荷物をバスの荷台から降ろしてもらうとき、ドライバーはニコニコしながら指と指をこすりあわせてウィンクをした。中々ジョークのわかる、いいおっさんだ。
連絡先を書いたメモを渡して、彼も僕も満足して、さよならをした。
その後タイからカンボジアにきてがっつりワイロを要求されてがっかりしている日本人に会ったら、僕はいつもこう答えた。
ベトナム側では、ワイロの要求を要求したらジュースがでてくる。
これはウソじゃない。ですよね?
つづく
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