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夏の終わりのじゆうけんきゅう(2)

夏休みも残り四日ほどになって、小3のぼくは頭を悩ませていた。
自由研究が少しも進んでいなかったのだ。というより、その時点で何をするかも決まっていなかったのである。
「自由~」なのだから、研究ばかりでなく、実験や観察や、工作や絵画などでもいいわけだが、如何せんあと四日でそこそこカタチにする必要がある。
空き箱をいくつか適当にセロテープでくっつけて、画用紙で目鼻を作り、「未来ロボット」をこしらえるか、なんなら、頭の部分に細長い穴を開けて「未来ロボット型スーパーちょきんばこ」なんて感じででっちあげるか、と考えていた。
とはいえ、それも、小1ならともかく、という話である。駄目だ。
男子必須アイテムである件の「昆虫採集セット」は持ってはいたものの、謎の溶液を注射器で虫に注入したことはなかったし、そもそも生きた虫を殺すのは怖い。
それでも死んだ虫を虫ピンで箱に留めるくらいはできるから、
(上手い具合に綺麗な状態で死んでいるカマキリやバッタはいないかしら)と、ぼくはひとり原っぱをうろついていた。

そのときだった。

右腕の手首と肘のちょうど間くらいの位置に、火の付いたマッチ棒をぐりっと押し付けられたような激痛が走った。
葉っぱの裏に潜んでいた巨大なアシナガバチに刺されたのである。
ぼくは「痛たたたたたたたたっ」と走って家に帰りながらふと考えた。
「これやっ!」
蜂に刺された腕が腫れあがってから完治するまでの経過をつぶさに観察するのである。
小学生自らが自身の身体を実験台にした画期的な研究が開始された瞬間であった―――。何か賞でももらえるやもしらん!
さっそく下書きを始めた。

〈〇月〇日、〇時。 大きなアシナガバチに手を刺されてみた〉

なかなか良い。夏休み終わり間際にやっつけている感を消すために、日付は八月の中ほどに偽造しておく。

研究、の雰囲気を出すためにさらに具体的な数字と薬品名称を書き加えた方がカッコいいだろう。

〈あまりの痛さに123秒転げまわりました。 家に帰ってすぐオロナインを2分間ぬりました〉

といった感じで研究を始めたぼくは、模造紙を用意して、その後の四日間を
「アシナガバチにさされてからなおるまでのけんきゅう」
に費やしたのだった。

だが……。
患部の絵といっても、〇を描いて赤く塗りつぶすだけである。
最初は丼ばち、次にご飯茶碗。次に湯のみ茶碗、円の輪郭を小さくしていき、赤色も徐々に薄くしていく。 だけなのである。
治療といってもオロナインを2分間ぬりました、とばかりで変化がない。
果たして、ちょうど四日ほどで腫れもひき、それでもその夏のぼくの「夏休みの自由研究」は一応の完成をみたのである。

時系列はひょいとひとっ飛びするが、二学期が始まってすぐに先生やクラスのみんなの前で「アシナガバチにさされてからなおるまでのけんきゅう」を発表することになった。(みんなが自分の研究などを順番に発表する機会があったのだ)
自分でも苦笑いするしかないお粗末な研究かつ発表であった。
発表のあと、先生から
「研究とか実験というなら、アシナガバチとスズメバチとクマンバチに同時に刺されて、どれが一番痛かったか、とか。アシナガバチに3か所くらい刺されて、オロナインとおしっこと何もつけないのとどれが一番早く治るかを比べんとあかん」
とド正論をぶつけられて、思わず心の中で(なにいうとんねんっ!)と叫んだものの、一応、その夏の宿題として受理されたことに心底ほっとしながら
ぼくは笑顔で「はいっ」と応えたのだった。

話は、さらに怒涛の展開へ  つづく。



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