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【存在は痛みを伴う】脳は痛み(心の痛み)悩み)を通して対象の確かさを痛感する。

2021年9月に世界の株式等に信託投資を始めてすぐに急落を味わった。(まだまだ暴落の序の口かもしれないが。狼狽売りはせず、大半をまだ保有している。初心者ゆえのアホな握力に感謝。)

そして、2022年8月上旬に手前数カ月で底値から戻した金額を現金化して、
CFD取引(FXの指数バージョン)を試した。
結果、20倍のパウエルショックを噛み締めた。

ちょっと親には言いにくいくらいの損失である。
(経験としてはこれ以上ないほどに生々しく、上質だった)

こうして、齢24歳、大学院卒業と結婚を目前にして、
通貨・物価・株式市場・債券市場・先物取引は実体と化した。
社会への妄想や悪態を消去するのに悪くないタイミング。

これまでの23年間は心の中に【お金の味わい】がなかった。

幼少期からお年玉や小遣いはずっと貯金して来た。
使う当てがなかったから。
国に消費税(付加価値税であったと知ったのは最近の事)を払う(間接税なんてものは事実上ありえない)のが普通に意味不明で嫌だったし、
実物をお金で買うことは、生産労働者を金で買っているようで気が引けた。

しかし、ここ数年で経済の勉強して、
「労働者」なんてものはいないことがわかった。
拝金主義に感染した人が労働者と呼ばれており、
労働者とは人の【状態】にすぎないとわかって、
やっと、心おきなく"物"を"買える"ようになった。
彼らにとって、それが喜びならばそれを妨げる理由はない。

(ちなみに、「この世に病人も健常者もいない」と気付いたのは10年ほど前。現在は疾患も健康も生存も、実はもれなく【症状】だと思っている。)

思えば、無知を患っている赤ちゃんは、それを癒すために、全身の痛みや怪我を通して、全身の形と限界を知る。
彼らはなんでも口に入れて、結果的に雑菌への耐性と外界の様々な”物”を識別する能力を獲得する。あるいは、それに失敗すれば結果的に死ぬ。

私は、23歳にしてやっと、お金を口に入れたのだ。
なんと臆病なことか。
それはこれまでの人生で最も奇怪な味がした。そして、まだ結果的に生きている。

哲学・宗教・医学の複雑性なんてお金の足元にも及ばない。

これは、『敵わない』と思った。

お金は「僕」よりもよほど複雑である。

世界はまだまだ遠く広がっていた。

市場には、いくらでも挫折する機会が転がっている。

私はまだまだ社会の下僕だったんだ。

伸びしろが見つかってうれしい。

これ以前に『敵わないな』と思ったのは、高校生のとき。
恋に恋する乙女に告白されて数カ月付き合って、
他に好きな人ができたという理由でフラれた。

当時はかなりの衝撃だったが、今思えばとてもいい勉強になった。

今回の挫折も結果オーライになることを祈る。


ユートピア
ユートピア(Utopia)はモアの造語で、「どこにも無い場所」に「善き場所」という意味が加味された言葉で、古くは「理想郷」あるいは「無何有郷(むかうのさと)」などとも訳されている。



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