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VRChatユーザー必見!?「お塩」のすべて

※見出し画像は塩事業センターより引用

 VRChatユーザーの中には、「お塩」が気になっている方もいるのではないでしょうか?

 本記事では、そんな「お塩」について、自分なりに詳しくまとめてみたいと思います!


お塩とは?

「塩」(しお)とは、一般的には、塩化ナトリウム($${\text{NaCl}}$$)という化学物質、もしくはそれを主な成分とした調味料を指します[1]。特に、「食塩」という場合は、99 %以上が塩化ナトリウムで占められるものを言います。塩化ナトリウム以外にも、似たような性質を示す物質はありますが、塩化ナトリウムが一番重要です。理由は後述します。

 塩化ナトリウムは、以下のように、ナトリウムイオン($${\text{Na}^+}$$)と塩化物イオン($${\text{Cl}^-}$$)がペアになった構造をしています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0
及び
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E7%B4%A0
の図を元に筆者が改変

塩を接種するとどうなるの?

 人間の舌には塩辛さを感じる部位があり、そこには塩味受容体と呼ばれる器官があります。なお、塩味受容体が特定されたのは 2020 年とわりと最近です[2]

 塩化ナトリウムがこの塩味受容体と結合することにより、人間は塩味を感じます。化学的に似た物質である、塩化カリウム($${\text{KCl}}$$)、塩化マグネシウム($${\text{MgCl}_2}$$)なども塩味を感じさせますが、苦味などの雑味を伴います。他にも、塩化物イオンの方を置換した亜硫酸ナトリウム($${\text{Na}_2\text{SO}_3}$$)は、ワインの酸化防止剤などに使われます。

 このような、陽イオン(主に金属イオン)と陰イオン(主に塩化物イオン)が結合した物質を、総称的に塩(えん)と言います。

塩を接種するとどんないいことがあるの?

 塩の最も大事な働き、それは栄養になることです。やっぱ塩味がないとシャキッとしない……という話ではなく、人間の体には、車のオイルのように、潤滑油となる化学物質が必要なのです。

 それが、先程から出てきているナトリウムイオンです。

 なぜ、この物質が重要かというと、ヒトを含むすべての生物は、このナトリウムイオンを使って細胞をコントロールしているからです。

 これを説明するには、ナトリウムポンプを説明する必要があります。ナトリウムポンプとは、細胞に見られる、以下のようなタンパク質を指します[3]

https://ja.wikipedia.org/wiki/Na%2B/K%2B-ATP%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BC

 これは、細胞にあるナトリウムイオンを細胞に排出します。正確にはカリウムイオンと連動していますが、わかりやすさのため、ナトリウムイオンのみに着目して話を進めます。

 こうして細胞は、細胞外にナトリウムイオンが偏在している状況を無理矢理作り出します。そのエネルギーは、砂糖の回でも説明した、おなじみ ATP が賄います。

 この濃度差により、細胞は一気にナトリウムイオンを細胞内に招き入れることが可能になります。通常、細胞内の電位は負に保たれていますが、何かの刺激をきっかけにナトリウムイオンの流入が始まると、細胞内の電位は一気に上昇します(脱分極)。これが隣の細胞の脱分極を促すため、電位の上昇は細胞間を波のように高速で伝わります[4]

https://www.vet.osakafu-u.ac.jp/phys/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/%E8%86%9C%E9%9B%BB%E4%BD%8D%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E7%9B%B4%E3%81%99/

 以上が、神経細胞や筋肉細胞が、命令を伝える仕組みです。

 つまり、ナトリウムイオン(とその偏り)がなければ、人間は神経を通じて命令を送ることも、筋肉を動かすこともできません。ナトリウムイオンは人間の生命に必要不可欠なのです。

塩はなぜおいしい?

 塩味には人を病みつきにさせる魔力があります。一般的な料理において、味の「濃さ」や、味を「整える」という場合、ほとんどは塩味の濃さや、それを調節することを指します。どれだけ味に鈍感な人でも、塩の多すぎ、少なすぎがわからないという人は少ないと思います。

 なぜ、人がそれだけ塩味に敏感かというと、砂糖と同様に、必須な栄養素を取り込むために進化してきたと考えるのが自然です。ただし、砂糖と比べると、塩味の選好性にはわりと種間差があります。

 ヤギなどの草食動物が、暇があれば塩を舐めるほど塩好きである一方、ネコなどのペットに塩分は厳禁です[5]。基本的に草食動物は、獲物の肉から塩分を補給することができないので、塩分を強く欲する傾向が高いです。

 ヒトは雑食ですが、塩味の選好性はとても強いです。ヒトは大量に汗をかく動物(動物全体でいえばかなり特殊です)なので、かなり塩を欲する側の動物だと考えられます[6]

人類に欠かせない塩

食料の保存

 塩の最も重要な用途は、人体のイオンバランスを整えることですが、他にも大切な用途があります。

 食料の保存です。

 人類の歴史は飢えとの戦い。特に、腐りやすい生鮮食品は、使い切れないと、貴重な資源の大きなロスになります。食品を保存したいという欲求は、狩猟時代の始めから多くの人が切望してきたはずです。

 そのような時に大活躍するのが塩、つまり塩漬けです。

 そもそも、「腐る」ことは、ヒトに都合の悪い微生物などが繁殖することにより起こります。塩は浸透圧による脱水作用を生じさせ、その結果、多くの生物が住むのに適さない環境を作ります。これによって、微生物などの繁殖が抑えられるため、食品の保存期間は飛躍的に伸びます。

 漬物、塩魚、ハムといった、伝統的な加工食品がどれもこれも塩辛いのは、美味しさを求めて発達した訳ではなく(結果としてはそういう側面もあありますが)、第一の目的として、保存のためにそうせざるを得なかったということがあります。

融雪剤

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9E%8D%E9%9B%AA%E5%89%A4

 また、現代の雪国の生活に欠かせないのが融雪剤です。これは、塩化カルシウムなどの粉末を散布することにより、凝固点降下を誘発し、雪を溶かすものです。

 塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどがよく使われますが、まさに塩そのものである塩化ナトリウムが使われることもあります。要は、水に溶けて凝固点降下を起こす物質であれば何でもいいのですが、必然的に塩(えん)になります。

 これも、広い意味での塩、つまり塩(えん)が人類に欠かせないものであることのひとつの証左です。

わりと地産地消

 砂糖が大航海時代以降の大規模農業の賜物であったのに対し、塩は人類史の早くからその歩みを共にしています。

 大塩は海水から比較的簡単に精製できます。また、日本では一般的ではありませんが、大陸内陸部では岩塩がそのまま採掘できます。肥料と労働力を大量投入する砂糖と比べて、塩は自然から採るもの、地産地消の傾向が強かったといえるでしょう。塩の各産地と各都市を結び道は「塩の道」として、重要な交易路となっていました[7]。給料を意味する「salary」の語源がラテン語の塩代(salarium)にあることは有名ですが、これも人類と塩の密接な結びつきを示しています。

 なお、現在はイオン交換膜法による大量生産が主流であり、ほとんどの需要をそれで賄っています[8]

塩は聖なるもの?

 塩は、体を整えるための成分ですが、エネルギーにはなりません。そして、他の食品が、腐る(=都合が悪い微生物の繁殖を助ける)ものである一方、塩はむしろ防腐作用を持ちます。これは、塩が他の食品と比べて大きく異なる点です。

 このことから、塩は清浄なもの、なにかを浄化するものと見なされることが多いです。身近な例だと、日本では、儀式などで盛り塩をして場を清める風習があります。また、相撲では力士が土俵に塩を巻きますが、これも同じ発想に基づくものです。

 日本以外の世界でも、旧約聖書では、ロトの妻が神に背いた罰として塩の柱にされるというくだりがあります。これもまた、塩がある種の神性を持つものとみなされてきた例と言えます。

現代病、塩分の過剰摂取

 今までの段落で、塩(塩化ナトリウム)が、生物の機能を保つのに必要不可欠であることを述べました。しかし、何事も過ぎたるは及ばざるが如しで、多すぎる塩分はむしろ人体に害を及ぼします。

 代表的なものは、塩分過剰摂取による高血圧です。ヒトの体は、一定以上のナトリウムイオンを取り込むと、濃度を一定に保つために腎臓により排尿を行いますが、それでも間に合わない場合は、水分を取り込むことにより濃度を調節します。この結果、血液の量が増加し、それを送り出すために血圧が増加します[9]

 慢性的な高血圧は脳梗塞な心筋梗塞等の重篤な症状を招きます。そのため、現代では減塩が叫ばれることが多いです。しかし、食塩は、味を調節する上でわかりやすいフックとなるので、ほとんどのスナック菓子や外食には、高い塩分が含まれています。そのため、現代の食生活では、無意識の内に塩分過剰摂取になりやすいです。砂糖と同じく、これも物質に溢れた現代であるがゆえの贅沢病の一種と言えるかもしれません。

現代文明の副作用、塩害

 前の段落では、塩分の取りすぎが現代人の健康に害を及ぼすことを書きました。実は、地球レベルでも塩分の取りすぎが起こっています。

 それが、塩害です。

 広義には、海水を取り込んだ後、水分だけが蒸発することにより、地表に高い塩分が残されてしまう現象全般を言いますが、ここでは、灌漑により引き起こされた人為的な塩害について話題を絞ります。

 農業には大量の水分が必要です。水分に乏しい土壌で農業を行う場合、川から水を引くなどしてその水分を賄う必要があります。このとき、海から混入した微量の塩分が入り込んでくることを避けられません。

 この塩分は蓄積し続けて、やがては土壌全体の塩分濃度を押し上げていきます。こうなると、植物の生育に悪影響が出て、やがては、作物の一切育たない、死んだ土地になってしまいます。日本は雨が多く、灌漑が必要な地域は少ないですし、多少の塩分が蓄積したところで、雨がその塩分を海に押し戻してくれるので、塩害は想像しづらいですが、その影響は恐ろしいものがあります。

 古代メソポタミアは塩害が滅亡の一因になったという説もあります。また、アラル海では、無理な灌漑によって大規模な塩害が進んでいます。東北地方全土に相当する広さを持っていた湖も、今ではその 9 割(!)が干上がっており、死の土地となっています。なお、世界の水需要の 7 割は農業用水なので[10]、農業も、工業に負けず劣らずなかなかの環境破壊力を持つことがわかります。

VRChat上での「お塩」

 ところで、VRChat 上でのパートナー関係(俗にお砂糖と呼ばれる)が解消することを「お塩」と称する事例がよくあるようです。これも、まあ、どう呼ぶかは本人やコミュニティの自由だと思いますが、人類に多大な貢献をしている塩が悪者にされて、なんだかかわいそうです。「破局」とかでいいんじゃないですかね……?

 塩化ナトリウムも、人間関係の終焉も、摂りすぎは避けたいものです。

参考文献

[1]日本塩工業会「基本的な塩の種類と特徴」、https://www.sio.or.jp/feature.html、2024年2月閲覧
[2]京都府立医科大学「舌で「おいしい」塩味を感じる仕組みが明らかに~味蕾において塩味を受容する細胞とその情報変換の分子メカニズムを解明~」、https://www.jst.go.jp/pr/announce/20200331/index.html、2024年2月閲覧
[3]東京大学「ナトリウムポンプのイオン選択性の解明」、https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00213.html、2024年2月閲覧
[4]塩と暮らしを結ぶ運動公式サイト「生命と塩 第4回 考える力の源 ナトリウムイオン」、2024年2月閲覧https://www.shiotokurashi.com/shioaji/essay/129989、2024年2月閲覧
[5]花王「猫に与えてはいけない食べ物」、https://www.kao.co.jp/nyantomo/cat/life/category02/01/、2024年2月閲覧
[6]花王「汗の基礎知識 - 何のために汗はあるのか?」、https://www.kao.co.jp/8x4/lab/article01/、2024年2月閲覧
[7]たばこと塩の博物館「採かんの発達/イオン交換膜法」、https://www.hakatanoshio.co.jp/salt/history/、2024年2月閲覧
[8]宮本 常一「塩の道」講談社学術文庫、1985年
[9]塩分と水分<血圧が高くなる仕組み>、https://fukushima-mimamori.jp/physical-examination/column/04.html、2024年2月閲覧
[10]三野 徹, 林田 直樹, 奥田 透「世界の水資源とわが国の農業用水」農業土木学会誌、2023年

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