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マチルダさんと不思議な森(落選作品)

ここは小さな森の中。

その森のどこかに、さらに小さな小さな広場がありました。

広場には、まるっと太った人間が1人で住んでいます。名前をマチルダと言いました。

マチルダさんの家は、マチルダさんに負けないくらいに、ふっくらとしています。   

その立ち構えは、マチルダさんが気に入っている真っ白な割烹着を、着ているかのようです。

家の真ん中には、これまたマチルダさんのメガネに似た緑色の窓があります。

屋根はキノコのカサみたいな形をし、赤いアスチルベのような色をしています。

森の動物たちは、ご自慢の家に毎日遊びに来ます。でも初めから、仲が良かったわけではありません。

マチルダさんがここに来てから書き留めている日記をそっと覗いて、どんな出逢いだったか、見てみましょう。 

全ての始まりは、マチルダさんが友だちとキャンプ場に来たことです。

その日の夜、中々寝られないマチルダさんは1人、テントを抜け出しました。

外はとても空気が良く、思いっきり深呼吸をして、空を見上げました。

都会では見られない満点の星空に、瓶いっぱいに詰められた、こはく糖を重ね合わせました。    

すると虫の声と腹の虫が音を合わせるように、グーグーグーと3つ鳴りました。

頬を少し赤らめ、ペロッと舌を出しました。

腹の虫に負けず、元気に歩いていると、月の光にひときわ明るく照らされた、木がひしめき合う小さな森が目の前に現れました。マチルダさんは夏の虫が自然と光に引き付けられるように、その輝きの方へ向かいました。

森を進むと、小さな広場がありました。

その広場の光景に、ハッと息を飲みました。

広場では動物たちが楽しそうに、踊ったり歌ったりしているのです。

マチルダさんは暴れる心臓をギュッと抑え、静かに見守っていました。

突然、腹の虫が意地悪く、グッグググーと音楽に合わせて鳴いたのです。

耳拍子を打っていたウサギの耳が止まり、ピクピクと動くやいなや、腹の虫が鳴る方に、サッと目をやりました。

マチルダさんと目が合うと、真っ白いウサギの顔が一気に青くなり、その場で何度も飛び跳ねました。

 他の動物たちは、ウサギが耳拍子だけでは物足りなくなったのかと、大いに盛り上がっています。

 隣にいたキツネは、ウサギが円の中に入れるように、そっと押しました。

 キツネは人間の言葉で言いました。

「端っこで騒いでないで、中に入りなよ」

 ウサギは、気持ちが高鳴り跳びはねているものだと、みんな勘違いしていることに気づきましたが、声が出ません。

口をパクパクとさせて、一生懸命に耳をマチルダさんの方へと、ピンと向けました。

「愉快な耳だ。耳も踊らにゃ、そんそん」

「そうだ、そうだ。同じ耳なら踊らにゃ、そんそん」

 歌い笑いながら動物たちは、ウサギの耳が指している方に目をやりました。

その瞬間、広場の歌や笑い声がピタリと止まりました。

動物たちは跳びはねたり、右往左往したり、茂みに隠れたり、池へ飛び込んだりして、広場はしっちゃかめっちゃかです。

 マチルダさんもその場でアワアワして、銅像のようにピタリと止まってしまいました。

 動物たちが、人間の自分がいることに気づき、自分よりも心が騒いでいることに気が付くと、キュッと胸が締め付けられるのを感じました。

 太い足を一歩動かし、広場の中へ入ると、スゥと深呼吸して大きな声を出しました。

「驚かせてごめんなさい」

 あまりに大きな声だったので、小さな森中に響き渡り、草木が揺らめき、池には波紋が広がりました。

 動物たちはその場でシュンと小さくなり、おずおずとマチルダさんを見ました。

牙の鋭いオオカミまで、ブルブルと震えています。

 マチルダさんはしまったと、思いました。

ガタガタ震える動物たちを見て、眉をㇵの字にしました。

 今度は肩の力を抜いて、優しい口調で話しかけてみました。

「えっと、私マチルダって言うの。そのぉ、お楽しみのところ、突然お邪魔しちゃって、ごめんなさい……。危害は加えないわ。仲間には加わりたいけど。なんちゃって」

 マチルダさんは少し、おどけてみせました。

 動物たちは隣の動物と、目を見合わせています。それから、マチルダさんから目を離さず、広場の中央に集まりました。

 たくさんの目で見つめられてマチルダさんは、ドギマギしました。

「こ、怖いことなんて、なんにもしないわ。約束するわ」

 するとイタチが甲高い声で、叫びました。

「人間なんて、信用なるものか。おれたちの皮をはいで、毛皮にしたりするんだろう」

 隣にいたリスが震えた小さな声で、言いました。

「こ、この森は、わ、私たち動物だけのもの」

 他の動物たちも次々にマチルダさんに対して、抗議の声を挙げ始めました。

「こんな森にまで、手を出すつもりか」

「人間を仲間に入れる?断固反対だね」

「私たちは平穏に暮らしたいの」

「ここはわしら、動物たちにとっての楽園じゃ。すまんがの、人との共存は望んでおらんのじゃ」

「他にも人を連れてくるに決まってらぁ」

 動物たちは、器用に2本足で歩きながら少しずつ、ジリジリとマチルダさんに詰めよってきます。

 マチルダさんは来てはいけない所へ来てしまったんだわと、口をへの字にしました。

「そうよね。こんなに平和で楽しそうな場所を、私が汚すわけにはいかないわ」

 マチルダさんは大きな身体をシュンとさせて、広場に背を向けると、そっとその場を後にしました。

「これでいい、これで」

 マチルダさんは自分に言い聞かせながら、キャンプ場に戻ることにしました。  

 小さな森だからすぐに抜けられると思いながら歩き進めましたが、いっこうに森から出られる気配がありません。

「おかしいわ。真っすぐ歩いて来たから、この道でいいはずなのに。星空に輝くベガを見ていれば、抜けられるはずよ」

 自分自身を鼓舞するかのように、力強くうなずいて歩みを続けました。

 1時間くらい経った頃でしょうか。道が少し、開けて来ました。

「ほらやっぱり!自分を信じるって大事ね」

 マチルダさんは意気揚々と、声を弾ませて言いました。

「さぁ、森を抜けられ……」

 言いかけてマチルダさんは、森の終わりに出しかけた足を止めました。

 マチルダさんの目に飛び込んで来たのは、ずっと前に背を向けたはずの、広場だったんですもの。

 マチルダさんは目を白黒させました。

 動物たちはまた、踊ったり歌ったりしています。再び水を差しては悪いと思ったマチルダさんは、足をそのまま180度くるりと向きを変えました。

 しかしここでまた、腹の虫が意地悪をしてきました。

向きを変える動きに合わせるかのようにグ~ゥと、ゆっくり、ひときわ大きく叫んだのです。

 マチルダさんはお腹を押さえましたが、今度は広場にいる動物たちに知れ渡るほどの大きさでした。

動物たちは音を聞きくと、一斉にマチルダさんの方を向きました。

マチルダさんを見るなり、動物たちは口々に言いました。

「帰ったんじゃなかったのか」

「帰るふりをして、ずっと茂みに隠れていたんだな」

「さっきは驚いて、見逃したがおれ様の牙で、その丸まるとしたお肉にかぶりつくぞ」

 オオカミがキッと牙をむき出しにして、攻めよってきました。

 マチルダさんは腰を抜かしてしまいました。その様子に動物たちは、指を指して笑っています。

「大きな身体をしているのに、とんだビビり屋さんだね」

 イタチが甲高い声で、からかうように言いました。

 マチルダさんはゆでたこのように、顔を赤らめました。頭からは湯気が出ているような気分です。

 マチルダさんはピシャリと顔を叩き、腰を抜かしてついたお尻を「よいしょ」と持ち上げると、勢いよく駆け出しました。

 森を抜け出さなきゃと、ドスドス音を立てて、一心不乱に走りました。

 また道が開けてきてゴールテープを切るかの勢いで、目をつむり両手を挙げて、マチルダさんは森を抜けました。

 走るのをやめ「はぁ」と、大きく深呼吸をすると目を開けました。マチルダさんは、声を挙げそうになりました。

 森を抜けたと思ったら、なんとまたあの広場に戻ってきたのです。

 先ほど、マチルダさんが真っすぐ走り去っていく様子を見届けていた動物たちは、これにはびっくり仰天です。

 マチルダさんは首をすくめて、舌をピョコッと出して言いました。

「どうしてなのか分からないのだけれど、真っすぐ走っても、この広場にたどり着いちゃうのよ」

 マチルダさんはフフフと、笑いました。

 動物たちは腕組みをし、頭をかしげてうなっています。

「ごめんなさいね。楽しい時間を台無しにしてしまって。もしよろしかったら、どなたか帰り方を教えていただけないかしら」

 動物たちは広場の中心に集まりました。何かを話し合っている様子です。

 しばらくしてオオカミがマチルダさんに近づき、言いました。

「さっきは脅して悪かったな。実はこの森、気づいているかもしれないが、少し変わった森なんだ」

「変わった森」

 マチルダさんは、心当たりをいくつか思い出しながら、繰り返しました。

「いつだったか何匹かで、森の終わりを探しに行ったことがあった。でもな、何時間さまよっても、森は続いている。さらに数時間が経ち、疲れたなぁと思っていたら、この広場に戻って来ていたらしいんだ」

「あら、いやだ。今の私と同じだわ」

 目を大きく見開いて、マチルダさんは言いました。

 オオカミは眉をひそめて続けました。

「ってことは、お前さんも抜け出せないってことか。ここに留まる他ないのか」

 他の動物たちは束になっていっせいに、毛を逆立てました。

 マチルダさんは空を見上げました。星たちはマチルダさんの気持ちに反して、キラキラと輝きを増しています。

 どうしたら帰れるのか、帰られないとしたらどう過ごして行くのか、ぼんやりとマチルダさんは考えました。

 動物たちには歓迎されていない様子ですし、マチルダさんはため息をつきました。

 マチルダさんはいったん、考えるのを止め、広場をまじまじと見渡しました。

 小さな池はエメラルドのように美しい色をし、輝いています。

池のそばにはマチルダさんの大きなお尻も収まるくらい、大きな切り株がありました。

 その切り株の横に、さっきまで動物たちが使っていた小さな楽器が、無造作に置いてあります。楽器を見て、マチルダさんは声を挙げました。

「まぁ、ステキで可愛い楽器だこと。こちらは手造りかしら。どれも上等な木で、できているのね」

 その言葉に、反応した動物がいました。

「私が造りました。落ちている木を削ったり、磨いたりして造ったのです。ここの木は、頑丈な木ばかり。弦は抜けた毛を使っています」

 早口でお調子よく話す声の主は、アライグマでした。

「まぁまぁ、アライグマは手先が器用って、聞いたことがあるのだけれど、本当なのね」

 アライグマは、ピンと背筋と髭を伸ばしました。

「このハープ私に貸してくれないかしら」

 マチルダさんの心は、踊るようでした。

 イタチが笑いながら言いました。

「そんなクリームがたっぷり入っているような手で、小さくて繊細なハープを弾けるかな」

 それを聞いた動物たちも、笑い転げました。

 小鳥がマチルダさんの周りを優雅に飛び回りながら、歌うように言いました。

「フフフ。弾けるのでしたら、弾いてごらんなさい。あのハープはねぇ、まだ誰も弾けてないのよ。それを、あなたが弾けるかしら」

 マチルダさんは動物たちの言葉なんて耳に入りませんと、いった様子です。

 ゆっくりとマチルダさんは楽器へ歩み寄り、子ウサギほどの小さなハープを手に持ちました。

 それからハープを立てて、自分はハープの高さに合うように、ドシンと横になりました。

 その様子はまるで巨人が、おままごとの楽器で遊んでいるかのようです。

 動物たちは、ますます笑い声を大きくしました。泣き笑いをしている動物もいます。

 マチルダさんは、ハープをじっと見つめて、うっとりとしています。

 片手をハープに添えました。もう片方の手はグゥを作ってから、人差し指だけチョンと伸ばし、ハープにそっと触れました。

 その瞬間、春風のような優しい音が、フワ~と鳴ったのです。

 笑い声は一瞬で止み、動物たちは目を、とろんとさせました。

 もう一度マチルダさんは、弦に触れました。

 再び優しい音色が、森中を包みこみました。

 マチルダさんは一つ咳払いをすると、歌を歌い始めました。

 身体に似合わずその歌声は、青空のように澄んでいて、伸びやかな歌声でした。

 歌声に合わせ、マチルダさんは太い指で、小さなハープを奏でていきます。

 動物たちは次々に、マチルダさんのように身体を横にして、地面に身を預けていきます。

 耳や鼻や髭をメロディーに合わせて、ゆっくりと動かしているものまでいます。

 マチルダさんが1曲歌い終わり、周りを見渡すと、マチルダさんを腹ばいになった動物たちが、取り囲んでいました。

 マチルダさんはフフフと、微笑みました。

「他の曲も、他の曲も弾いてくれ」

 誰かがとろけるような声で、言いました。

「おやすいごようだわ」

 マチルダさんは声を張り上げて言いました。今度は、軽快な音楽を弾き始めました。

 横になっていた動物たちは、思い思いに踊り始めました。

 マチルダさんの顔は、笑顔でクシャクシャになっています。

 その後も、動物たちのおかわりは絶えませんでした。

マチルダさんは歌ったり踊ったりする動物たちを見ながら、時間も忘れて、ハープを弾いたり一緒に歌ったりしました。

しばらくして、夜空の星々とは違う光が、森を照らし始めました。

気が付くと月と太陽とが、バトンタッチをしていました。

「あら、もう朝。あぁ楽しい夜だったわ」

その頃にはマチルダさんと動物たちは、すっかり打ち解けていました。

 マチルダさんは急に立ち上がりました。

「大変、みんな起きている時間だわ。テントに戻らなきゃ」

 戻れなかったことなど忘れて、大慌てでドスンドスンと広場を後にしました。

 動物たちはそんなマチルダさんの背中を、ふしめがちに見送りました。

 ドスンドスンという大きな音が、小さくなっていきました。

 それに合わせて動物たちは、自分たちの家へ帰るために、散り散りになり始めました。

 しばらくするとドスンドスンという足音が、また大きくなって来ました。

 音に合わせて大きな影が、揺れながら広場へ近づいてきます。

姿を現したのは、マチルダさんでした。

 明るい甲高い声で、イタチが言いました。

「あれれ、何か忘れもの?」

 マチルダさんはわざとらしく、大きく肩をあげました。

「この森から抜けられないこと忘れていたわ」

 マチルダさんは豪快にガハハハッと、笑いました。つられて、動物たちも笑いました。

 フクロウがしゃがれ声で言いました。

「前にこの森から出たものがいたからの、きっと帰り方はあるはずなんじゃが」

「確か風の便りで、父親の命がわずかばかりと聞いたネコさんだったような。つまり、本気で森を抜けたいと思えば帰れるかも」

 タヌキが威勢よく、言いました。

 頭をかきかき、マチルダさんが言いました。

「ここが気に入ってしまって、『ここにいたい』と、心の底では思ってしまうの」

「それは、困ったのぉ。ここに住む他ないかもしれんのぉ。わしは、まぁ構わないが……」

 フクロウはちらりと、みんなを見ました。

「抜けられないっていうんじゃ、しかたないよな。おれ様は人と慣れあうのは好きじゃないが、見放すのはもっと好きじゃない」

 オオカミが下を向き、鼻をこすりながら言うと、次々に他の動物たちも、目を合わせないようにしながら、しかたないなぁと、言いました。

 マチルダさんは、肩を弾ませて言いました。

「まぁ。私ここにいていいのね。嬉しいわ」

「ハープを時々弾いてくださらないかしら」

 小鳥が胸をツンと張りながら、言いました。

「ええ、もちろんよ。喜んで」

 マチルダさんは、小指を突き出しました。

 動物たちがしっぽを突き出すと、マチルダさんのお腹の虫がググ、グ~と水を差しました。

「マチルダさんのお腹の虫さん、鳴いてばかり。とても、食いしん坊さんなんだね」

 みんな笑い転げました。

 マチルダさんのワクワク、ドキドキする新しい毎日はこうして始まったようです。

 日常に疲れた時、どこからともなく、腹の虫とハープの音が聞こえてきたのであれば、きっとあなたも、この議森の入口に立っていることでしょう。

いえ、もしかしたらすでに、迷い込んでいるのかもしれませんね。

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