Pay it forward

『どうぞのいす』(香山美子・柿本幸三・ひさかたチャイルド・1981)

柿本幸三さんの絵が本当に素晴らしい絵本で、なんて可愛い!以外の感想が出てこない。
100万部のベストセラーだから、印税は一億かあ!

あらすじは、
うさぎさんが作ったいすに「どうぞのいす」と立て札を添えて丘の上に置いた。ロバが来て重い背中の荷物(どんぐり)を椅子に置いて木陰で昼寝している間に、「どうぞ」と書かれたそのカゴのどんぐりを通りかかった熊が食べてしまう。「空にしてしまっては後の人にお気の毒」そういって熊は代わりに蜂蜜を置いて去る。そして次にやってきた動物は…

という風に、通りがかりの誰かが空にしては何かをカゴに入れ、次の動物が来て、の繰り返しでお話が続いていく。そして最後にはちょっとしたオチが。

香山美子さんの文章がいい。「どうぞならばえんりょなくいただきましょう」「からっぽにしてしまっては、あとのひとにおきのどく」
思わず頬が緩む。「どうぞ」なのだから、食べていいはずなのに、なぜか後の人へのちょっとした罪悪感。

そして椅子を作った張本人のうさぎさんは、結局、最後まで出てこないのも面白い。また、伏線の回収は一つだけというのもシンプルで、小さな子どもにも伝わる。
保育園や幼稚園などの劇にもピッタリ。

プーチンに、読んで差し上げたいな❤️

寓話的な説教臭いこともなく軽やかで楽しく、嫌味もない。
・誰か見知らぬ人のためにする
・自分にできるちょっとしたことをする
・例え評価する他人が周りにいなくても善行をする

そこが私の気に入っているところかもしれない。
見返りを求めない。
自己承認欲求アピールがない。
そして、性善説に基づいたストーリー。悪人が一人も出て来ない。

うさぎさんの作った「どうぞのいす」があまりにも可愛いので、私もホームセンターで木の切れ端をもらって、本を眺めつつ真似して作ったら、意外に良くできた。

Pay it forward
先に送る、次に渡そう、そんな意味合いだと思っている(が、もし違ったらごめんなさい)

留学先で先輩留学生に非常にお世話になったが、彼は「僕にお礼しなくていいから、もしその気持ちがあるなら、またその次に来た留学生にやってあげて」と言う。

会社の先輩にも、同じことを言われた。

今思えばそれがpay it forwardだったのかもしれない。

そうやって、優しさが無限に広がっていく。いいことだ。

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岸田文雄、茂木敏充、河野太郎、萩生田、高市、森、麻生、稲田朋美、安倍晋三、菅義偉、玉木雄一郎、松井一郎、橋下徹、その他たくさんいて書ききれないが、このボイメンたちの共通点は

人権意識の欠如
観想的能力(統治能力)の欠如
統治ビジョンの欠如
ガバナンスセンスの欠如
自己批判、反省の欠如

「欠如」ばかり続いてしまった。だけど、無いものばかりを指摘するのは芸がない。

彼らに「あるもの」を探そう。

最高法規の軽視
議会制民主主義の軽視
知性の軽視
法治主義の軽視
第三者機関の軽視

あら?「軽視」これもなんだか消極的ポジティブみたいな感じで彼らに失礼かしら。

明確に「ある」と言えることを探そうかな。

レイシズム
出世欲(内輪に限る)
自己承認欲求
人治主義
対米追従と軍国化への希望
自己神格化
視野狭窄

因みに、いろいろ挙げてはいるが、全てが密接に関連している。一言で言えば「思考が浅い」ということなんだろうか。なんで断言できるかといえば、私自身が思考が浅いからである。同族のことはよく理解できるものである。

🔸

何度も触れるが、権力者に優しさや国民への愛情などと言った情緒的なものは求めていない。
悪者かどうかは、ここでは関係ない。

私が望むことは、ただ、民とコミュニケーションを取り、法に従い政策を推敲し立法して行くこと、税金の公正な分配である。あと、できれば、少しでも知性を感じる人、思考の浅く無い人に、政治家になって欲しい気はする。

あまりにも、現在の面々が、知性とかけ離れて見えるものだから。学歴と倫理観と知性と連続した思考とは、別物である。自身の低学歴の僻みでもあるけれども。

ボーイズクラブの中では、多少、悪者であることは必須だろうから、そこは強かであってほしい。

因みに、三世四世の人たちには、莫大な資産と、幼いころから他人から一目置かれる経験の積み重ねと、多少の不都合をすべて金銭で解決して来たという苦労知らずという圧倒的なアドバンテージがあるため、話題も豊富で、心的余裕があり、金払いも付き合いも良いことから、マンツーマンで会えば(特に安倍晋三辺りは)相当「いい人」に感じることと思う。
私のようにグチグチ言ってないだろうし。だから、世に蔓延る「あの政治家は会えば意外にいい人だった」という言説は、統治能力の判断材料にはなり得ない。

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『どうぞのいす』を読んでいて、ふと思ったのは、

ああ、前述した人たちも、この、登場する動物(クマさんやリスさん)のように、せっせと「恩送り」をしているんだな。

と言うこと。

岸田文雄も、菅義偉も、せっせと恩送りに勤しんでいる。プーチンもネタニヤフも金正恩も、なんならバイデンもトランプもトリュドーもマクロン西側諸国のトップだって、みんなPay it forwardに余念がない。なんなら、ペイフォワードだけ異常なまでに固執し専念しているといっても、言い過ぎでは無い気がする。

ただ、その「恩送り」の「範囲が限定」されているだけ。
残念ながら、私のところまでは彼らの恩送りは届かない。

私のところ、どころではない。
利権が届く範囲内という、非常に狭苦しい範囲だ。頭の遥か上で、恩送りが成されているのを感じる。安倍晋三からプーチンへ、トランプへ。麻生太郎からヴェオリアへ。岸田文雄からバイデンへ。※独裁的な権力者は、あまり恩送りはしないように見える。

誰か阿呆が昔言った。「トリクルダウン」と。
経済的なトリクルダウンなぞ、ついぞなかった。彼らは経団連と恩送りをし合っていた。

世界的ボーイズクラブ内での、恩送りである。

『どうぞのいす』のように、目に見えない「誰か」を想像して親切を考え行動することに、見返りを決して求めず、自己承認欲求もない、そんな世界を愛おしく思うこの気持ちを「青臭い」と笑う?

だとしたら、

子どもたちに「想像力を育んでほしい」だなんて大人が偉そうに大上段の構えで絵本を作る。なんて無力なんだろうか。

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