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『オルジャスの白い馬』カザフスタンの平原で父を亡くした少年が謎の男と出会う

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父親を馬強盗に殺され母と二人の妹たちと一緒に村を出ていくことになったオルジャス少年。引っ越し直前に目の前に現れたのは母の知り合いを名乗る謎の男性。実は男こそオルジャスの父親だった。母親は男に身分を明かさないことを条件に引っ越しの手伝いをすることを許す。初めこそぎこちない雰囲気だった男とオルジャスは次第に打ち解けていく。その後、電話を借りるために途中で立ち寄った食堂でオルジャスは亡くなった父親の時計をしている見知らぬ男を目にする。ここから映画は急に西部劇のような展開となる。

日本人にとって舞台であるカザフスタンやこの国の映画に馴染みが無いこともあってか、公式サイトではストーリーのかなり肝心なところまで紹介している。それに加えて作品制作の経緯や撮影時の苦労なども含めて全体像がよく分かる内容だった。当然ながらこれを読めば映画の流れが予想できてしまうので若干面白みに欠けるだろう。

一番の注目ポイントは「森山未來、初の海外作品主演」の宣伝文句だ。そして卓越した身体能力や演技力が余すところなく発揮されていた。まず驚くのはこの映画が全編日本語字幕であること。つまり彼は劇中ずっとカザフ語を話しているのだ。独特な巻き舌や口をあまり動かさない発音を違和感なく話している(ように見える)。別のインタビュー記事ではカザフ語のセリフを耳で覚えたと語っていた。カザフスタンの平原を舞台に作品中どうしても避けられないのが乗馬シーン。自分の馬を早足で走らせながら馬の群れを追いかけたり、馬に乗ったままの銃撃シーンは遠くからの引きの映像だったので本人が演じているのかはわからない。しかし彼の身体能力なら実際に演じていてもおかしくはないだろう。

先に述べた公式サイトでは日本人監督とカザフスタン人監督の双方のコメントが寄せられている。日本側の監督、竹葉リサはカザフ映画の作風として「ストーリーを楽しむよりも、情感を優先する」傾向に言及している。この作風は本作にも十分見て取れる。劇中で緊張感高まる場面も何度か登場するが全体的に抑制された”情感”が漂っている。印象的なのオルジャスが夢を見ている時に流れる効果音だ。友達と覗いた水浴びするロシア娘、女の裸を壁に落書きしてみんなでトマトを投げて遊んだ思い出、母親と本当の父親が仲良くお茶を飲んでいる場面。オルジャスが夢に見るのはもう戻らない楽しい時間や、手に入れることのできなかった家族の風景だ。この夢を見ている時は映像にクリック音が鳴り響き、今見ているのが”夢”であることを観客に知らせる。オルジャスが目が覚めると容易ではない日常が待っている。絶望するでもなく楽観的になるわけでもなく、なすがままにされていくだけの表情には、思わず何を考えているのか想像したくなる”情感”がある。

この映画の最も美しいのはオルジャスと森山未來演じるカイラートが馬を休めて二人で会話するシーンだ。その日の前の晩にオルジャスの母とカイラートの会話を通して、カイラートはもともと絵を描くのが好きだったことが示される。そして翌日のカイラートとオルジャス会話で互いの共通点が「絵が得意」であることが明確になる。カイラートはオルジャスに絵を描いてくれるように頼む。オルジャスはそれに応えて木の壁に馬の絵を上手に描く。カイラートは目の前の少年が確かに自分の息子であることを実感し感慨深い気持ちになる。言葉には出さないが二人の間に確かな絆の存在を見て取れる。

後の展開では息子が実の父親を選ぶのか、母親はどのような選択をするのかなどの人間ドラマはない。オルジャスがその後どのような人生を歩んでいくのか知る由もない。救いのない現実を前に懸命に生きていくしかない家族の姿が想像される。ラストシーンの開け放したドアは物語を閉じるのではなくこれからも続いていくことを示しているかのようだった。

原題:The Horse Thieves. Roads of Time 監督:エルラン・ヌルムハンベトフ&竹葉リサ(2019年)


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